さくらんぼの恋

碧 貴子

文字の大きさ
上 下
31 / 123
第一章

7-5

しおりを挟む


 リディアーヌを抱えたまま歩くエーベルトは、一言もしゃべらずリディアーヌを見ようともしない。
 凍りつくような雰囲気のまま馬車に一緒に乗り込んだエーベルトを見遣って、リディアーヌはなんだか悲しくなってきてしまった。
 最近、心が通じ合っていたように感じていたのは自分だけだったのか。
 結局あのキスも、所詮は練習でしかないのだ。リディアーヌとしたいと言ってくれはしたが、どうせいつかは他の女性とキスをするのだ。
 そう思った途端込み上げる涙を、リディアーヌは瞬きをして必死に堪えた。

「……リディ」
「……」
「何で君は、そんなに俺を嫌うんだ?」
 それまでずっと、無言で窓の外を見ていたエーベルトが、切り込むような眼差しでリディアーヌを見据えてきた。

「そんなに俺に負けるのが悔しいのか?」

 聞かれて、リディアーヌは怒りで涙が引っ込んだ。
 まだ自分を馬鹿にし足りないのか。いったいどこまで虚仮にすれば気がすむのだ。

「そうじゃないわよっ!! あなたが私を馬鹿にするのが悔しいのよっ!!」
 カッとなって大声を出す。
 そんなリディアーヌに、エーベルトが静かに言葉を続けた。

「馬鹿になんかしてない」
「してるわっ!!」
「どうしてそう思うんだ」
「女だからって、私を対等に扱ってくれなくなった!!」
「それは……」
「私はそんなに頼りない!? あなたと一緒に居るにはそんなに力不足なのかしら!?」
「そんなことない!!」
「昔と違ってあなたは私と真剣勝負してくれないじゃないっ!!」

 ずっと胸に溜めていた思いを吐き出して、リディアーヌは流れる涙も構わずエーベルトを睨みつけた。

「肩を並べてずっと一緒にいられると思っていたのは、私だけなんでしょ!! もうっ、いいわよっ!!」

 ずっと寂しかったのだ。
 子供の頃のままずっと肩を並べて同じ方向を見、互いに助け合って一緒に居られると思っていたのだ。
 男であれば、と何度思ったかしれない。自分が女であることが、リディアーヌは悔しくて悔しくてたまらなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜

真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。 しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。 これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。 数年後に彼女が語る真実とは……? 前中後編の三部構成です。 ❇︎ざまぁはありません。 ❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...