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第一章
4-3
しおりを挟むいつかの夜と同じく、垂れこめた雲のような瞳は撓められた怒りで光っている。
リディアーヌは反射的にその身を後ろに引こうとしたが、背中に腕を回され抱き寄せられて、ますますその顔が近づけられた。
「……負けたやつは、勝ったやつの言うことをきく決まりだろ?」
「なっ、でもっ、……っ!!」
次の瞬間、唇を塞がれて、リディアーヌは驚愕に目を見開いた。
固まったまま動かなくなってしまったリディアーヌに、エーベルトが閉じていた目を開けた。
途端に視界いっぱいにエーベルトの青灰色の瞳が広がる。
視界に広がる暗く雨を予感させるその瞳に、リディアーヌは何だか泣きたくなってきてしまった。
「……そんなに嫌か?」
「だって……」
所詮、リディアーヌは練習台なのだ。
言葉を詰まらせて瞳を揺らすと、エーベルトが一旦顔を離してリディアーヌを抱きしめてきた。
「……ごめん。……そんなに嫌だとは……」
「…………だって、練習って……」
口にした途端、リディアーヌは辛くてたまらなくなってしまった。
泣きたくないのに、瞳からポロポロと涙が零れてしまう。
そんなリディアーヌを、エーベルトがますます強く抱きしめてきた。
「……ごめん。……俺が悪かった」
「……」
「練習ってのは口実で、ただリディとしたかったんだ」
「…………そうなの?」
「ああ」
キュッと服の裾を掴むと、エーベルトの腕に力が込められる。
しばらくそのままでいるうちに、リディアーヌはだんだんと気持ちが落ち着いてきた。
泣き止んだリディアーヌを離して、エーベルトが申し訳なさそうに顔を拭ってくる。
大人しく拭われるに任せていたリディアーヌは、顔を上げてエーベルトを見つめた。
「……私と、したいの?」
「リディとしたい。……ていうか、リディ以外でしたいと思ったことはないよ」
バツが悪そうな顔で見つめてくるエーベルトを見ている内に、リディアーヌは先程までの胸の痛みが薄れていくのを感じていた。
「わかった。じゃあ、いいわ」
「え……?」
戸惑うエーベルトに、リディアーヌは頬を染めて視線を落とした。
「そこまで言うなら、付き合ってあげる」
「というと……?」
「練習、したいんでしょ?」
ちらりと目線を上げると、同じく頬を染めてエーベルトが頷いた。
改めて向かい合い、互いの瞳を覗き込む。
頬に手を添えられて、リディアーヌは胸が早鐘を打つのが分かった。
徐々に顔が近づけられ、そっと瞼を閉じる。
唇に甘く柔らかな感触を感じて、リディアーヌは思わずエーベルトの服を掴んだ。
感覚が研ぎ澄まされたような気がして、梢を渡る風の音や静かな湖面のさざ波の音がやけに大きく聞こえてくる。
唇を押し付けられたまま次第に呼吸が苦しくなってきたところで、ようやくエーベルトの顔が離れた。
「……なんか、照れるな……」
「……そうね……」
顔を赤くして、そのままお互い俯いてしまう。
その後は、この二人にしては珍しく無言のまま邸に戻り、その日は嫌味を言い合うこともなく帰っていくエーベルトをリディアーヌは見送ったのだった。
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