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第一章
3-5
しおりを挟む「……目をつぶれよ」
「は? 何……」
「こういう時は目をつぶるものだろう?」
真顔でそう言うエーベルトの瞳には、まだ不穏な光が見える。
言われて反射でギュッと目をつぶると、次の瞬間、鼻にありえない衝撃が襲った。
突然の出来事に、リディアーヌの瞼の裏に火花が散った。
「……っっ!!」
「……ってぇ……」
目の前がちかちかする痛みに、鼻を押さえてうずくまる。
同じく鼻を押さえたエーベルトが、リディアーヌの前でうずくまった。
「……い、痛い……」
「ご、ごめん……」
しかし、このことが示す事実に、リディアーヌはなんだかホッとしていた。
これは間違いないだろう。
「……ベル。……あなた、初めてでしょう?」
「なっ!? そう言うリディはどうなんだよ!?」
真っ赤になって睨みつけてくるも、鼻を押さえたままでは全く迫力がない。
「うるさいわね。あるわけないでしょう!?」
痛みで涙を滲ませながら上目づかいに睨みつけると、エーベルトが放心したような顔になった。
いつもの見慣れたエーベルトに戻ったことに、リディアーヌは心底安心していた。
まあ、今はかなりの間抜け面だが。
しばらくそのままでいた後、無言で立ち上がったエーベルトがリディアーヌに手を差し出す。
素直にその手を取って立ち上がったリディアーヌは、今度は大人しく引かれるままに歩き出した。
「……ねえ」
「なんだよ」
「ベルはその手解きとやらは受けなかったの?」
「…………何か、嫌だったからな」
ムスッとして答えたエーベルトに、リディアーヌはなんだか胸が温かくなるのを感じていた。
「そう……。でも、何で?」
「だって、君だって嫌だろ? 好きでもない相手と、そんなことしたいか?」
リディアーヌの手を引いて、歩きながら呆れたようにそう言う。
やはり、エーベルトは自分の良く知るエーベルトのままだ。
その事実に心底安堵するとともに、リディアーヌの胸に一つの疑問が浮かんだ。
「……じゃあ、何でさっきは私にキスしようと思ったの?」
「…………わからん」
「ねえ、何で?」
「わかんないって言ってるだろ!? 何かあの時はしたいと思ったんだよ!」
顔を逸らせているが、エーベルトの首筋は真っ赤だ。
汗の滲んだエーベルトの手を握りながら、リディアーヌはむず痒いような喜びを感じていた。
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