さくらんぼの恋

碧 貴子

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第一章

3-4

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 固まってしまった二人を余所に、奥からは衣擦れの音と甘く密やかな吐息が漏れ聞こえている。幸いリディアーヌ達は木の陰に居るため互いの姿は見えないが、見えない分余計に想像が膨らんでしまう。
 逢引き中の奥の男女の様子に、リディアーヌは真っ赤になって硬直してしまった。
 それと同時に、アデーレに言われたことが唐突に思い出される。
 先程想像したアデーレとキスをしているエーベルトの映像がよみがえり、リディアーヌの胸が騒いだ。
 当のエーベルトはリディアーヌの手を掴んだまま、同じように真っ赤になって硬直している。
 目の前のエーベルトを見上げて、ふとあることに思い至り、リディアーヌの口の中に苦い味が広がった。

「……ねえ。ベルはキスしたことあるの?」
 口にした途端、更に苦い感情が込み上げてくる。
 きっと、エーベルトはしたことがあるだろう。
 リディアーヌはいつかの茶会で聞いた話を思い出していた。そこで聞いたのは、貴族男性のある慣習だ。

「なっ!? なんだ、いきなりっ!!」
 慌てふためくエーベルトに、リディアーヌは不快気に眉根を寄せた。

「……聞いたの」
「な、なにをだよっ!?」
「男の方は、ある年齢になると経験豊富な女性から手解きを受けるんだって。……だから、ベルは経験があるんでしょう?」
 言いながら、ますます不愉快な気分になってくる。
 エーベルトに手を掴まれているのが我慢ならなくなり、リディアーヌは思いきり手を振り払った。
 しかし何故かますます強く掴まれて、リディアーヌがキッとエーベルトを見据えると、顔は赤いままエーベルトが眉を顰めて見返してきた。

「どこでそんな話を聞いてくるんだよ!?」
「どこだっていいでしょう? それより、離してちょうだい」
「…………そういうリディこそ、あるのか?」
 押し殺した低い声で問われて、リディアーヌは不愉快な気分も相まってつい見栄を張った。

「さあね。だとしても、ベルには言うわけないじゃない」
 そう言って、ツンッとそっぽを向く。
 次の瞬間、掴まれた手をぐっと引き寄せられて、リディアーヌは驚いてエーベルトを見上げた。

「……あるのか?」
 目の前のエーベルトは、何故か怒気を纏わせてリディアーヌを見下している。
 夏雲を思わせる瞳が遠雷を伴って底光りする様に、リディアーヌは息を飲んだ。
 ------------こんなエーベルトは、知らない。

「……っ」
 更に引き寄せられて、思わず体を硬くする。
 零れ落ちそうな程目を見開いて見詰めるリディアーヌに、エーベルトがその顔を近づけてきた。
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