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(よし、灯りも手に入ったことだし、早速研究所に行ってみることにするか)
わくわくしながら歩いて来た道を戻る。つきあたりの階段を降りると研究所の入口についた。
相変わらず階段の下は真っ暗だが今は灯りがあるからへっちゃらだ。
俺は蝋燭の灯りをつけると、あたりに誰もいないのを確認してから『立ち入り禁止』の看板をどかした。
(俺が入ったことがばれないよう戻しておくか)
看板を元の位置に戻し、入る前の状況を再現すると、ゆっくりと階段を降りていった。
研究所へと続く階段はかなり長いようで、下りても下りても一向にたどり着かなかった。変わらない景色に段々飽きてきたとき、やっと研究所と思われる場所についた。どの部屋にも明かりがついていないところを見ると残っている者はいないらしい。これなら誰かに見つかる心配はなさそうだ。
ドアノブをつかめば扉は簡単に開いた。中に入り、スイッチの場所を手探りで探し当てる。電気がつき、眩しさに目を細めながら俺は研究室内を見回した。
研究室にはところ狭しといろいろな機械が並べられていた。大学時代俺が毎日通い詰めていた研究室にあった精密機械が全て取り揃えられている。
(すごいな、こんなの取り揃えようとしたらお金がいくらあっても足りないぜ)
物理地方だから、機械などは物理の知識を生かして自分のところで何でも作れるのだろう。かなり高価なものもあり、一つ分けてほしいくらいだ、とそれを食い入るように眺める。
見たことのない機械もあり、興味深げにあちこちを眺めていると近くにあった実験台に目が止まった。そこには小さいサイズの実験器具がまとめて置いてあった。その中に真空放電管を見つけて俺は近づく。
いくつかある真空放電管の中に見覚えがあるものを見つけて俺は目をとめた。
(あれ?これ、俺が買ったものじゃないか?)
ジュールが預かっていると言っていたが、どうやらこの研究室に置いていたようだ。見つけたことだしこのままこっそり持っていってしまおうかとそっと手を伸ばしたとき
「あなた、看板の立ち入り禁止という文字が見えませんでしたか?」
と後ろから落ち着いた男の声がした。
ぎょっとして手を止め、振り返る。いつの間にか入口に背の高い男が立っていた。紺色の髪で青色の瞳をしたその男は、腕を組んで俺のことを冷ややかに見つめていた。
「あんた、いつの間に……」
全く気配を感じなかったため、声をかけられたときは心臓が跳ね上がるほど驚いたものだ。そんな俺を見ながら男が口を開く。
「つい先ほどです。もっと詳しく言えばあなたがその真空放電管を盗もうと手を伸ばしたときからです」
男の目がきらりと光る。俺の行動なんてお見通しみたいだ。罰が悪くなり俺は頭を掻く。
「これは元々俺のだから盗むわけじゃないけどな。……それにしても、あんたがいたことに全く気がつかなかったぜ。あんた、なんで俺がここにいることがわかったんだ?」
立ち入り禁止の看板はきちんと元に戻したはずだ。他の研究室も明かりはついておらず人がいる様子はなかったし、この研究室の明かりも階上にはもれていないはずだ。
男が怜悧な瞳で俺を見ながら続ける。
「鍵をかけに戻ってきたら、立ち入り禁止の看板が僅かにずれていたので妙に思ったんです」
(僅かにって……)
看板の位置は元の位置から一ミリくらいしか変わっていないはずだ。それなのにそのずれに気づくなんて、こいつは相当細かい性格をしているに違いない。男の神経質そうな顔を見てなるほどと俺は一人で納得した。
そいつは俺を上から下まで値踏みをするように眺めてから口を開いた。
「それにしても、まさかあなたがいるとは思いませんでした。ジュール様の言う『救世主』……。私にはまだ信じられませんが」
冷めた口調で男が言う。
「あんたは一体何なんだ?」
そう尋ねるとそいつが体をこちらに向けた。
「私の名前はコイルと申します。ここ、王立研究所の所長を務めております」
コイルの言葉に俺は彼の左耳に目をやる。確かに左耳にコイル型のイヤリングがついている。
「ふうん。理科の国の奴らも研究するんだな」
そう呟くように言うとコイルが頷いた。
「ええ。この国には理科の知識が溢れていますが、それを応用する術は生み出さなければ存在しません」
コイルが部屋内にある精密機械を見回して続ける。
「物理の知識を利用して物を作る研究をしている研究所がこの地方にはいくつもあります。そのうち、ボルト様により作られたものがこの研究所なのです」
彼の言葉になるほどと俺は頷く。王立研究所の所長を務めている彼は相当なエリートなのだろう。
(まあ、堅物で頭の良さそうな感じがいかにもって感じだな)
俺も不躾な視線を返す。コイルはそれを物ともしないように凛とした態度で立っていた。
「そういや、俺がジュールに盗られたこの真空放電管がなんでここにあるんだ?」
そう尋ねると彼が口を開く。
「私が人間の使っている実験器具に興味がありまして。ジュール様に頼んで貸していただいたのです」
コイルの言葉に俺は呆れる。
「貸していただいたって……それは元々俺のものだぞ。俺にちゃんと許可をとってくれよ」
「壊すようなことはしませんよ。それに、あなたはしばらくここにいるのでしょう。それなら、私が持っていても構わないではないですか」
ジュールと同じようなことを言われて俺はため息をついた。
そんな俺を見るコイルの瞳が険しくなった。
「それより、あなたが救世主であろうと、この研究所に勝手に立ち入っていい理由にはなりません。速やかに退出してください」
そう機械的に言われて俺は頬を掻いた。
「そんなに堅いこと言うなよ。俺も物理屋なんだ。研究所って言われると興味があるんだよ」
そういけしゃあしゃあと言う俺をコイルがキッと睨みつける。
「しつこいですよ。研究内容はあなたのような外から来た人間に見せるべきものではありません。それに、ここにはまだ人間が発明していない精密機械も多くあります。あなたに盗まれて持ち出されては困ります」
「おいおい、流石にそんなことはしねえよ……。大体、持ち出せるほど小さくないだろうし。俺はただ、この研究所を見学したいだけだよ」
そう言うが、コイルは譲らないようだった。早く出ていくよう無言で圧力をかけている。どうやっても彼が折れないことに気づいて、俺はため息をつくと口を開いた。
「分かったよ。出てけばいいんだろ、出てけば」
「ええ」とコイルが頷く。
俺はちらりと机に置いてある真空放電管を見た。
「この真空放電管、大事にしてくれよ」
「ええ、勿論です」とコイルが頷く。それを見届けてから俺はゆっくり階段の方に向かって歩き出した。コイルがその後をついてくる。
(くそ、俺がちゃんと研究所の外に出るまで見張ってるつもりだな)
俺はため息をつくと、無駄なあがきはやめて大人しく自室に戻ることにした。
わくわくしながら歩いて来た道を戻る。つきあたりの階段を降りると研究所の入口についた。
相変わらず階段の下は真っ暗だが今は灯りがあるからへっちゃらだ。
俺は蝋燭の灯りをつけると、あたりに誰もいないのを確認してから『立ち入り禁止』の看板をどかした。
(俺が入ったことがばれないよう戻しておくか)
看板を元の位置に戻し、入る前の状況を再現すると、ゆっくりと階段を降りていった。
研究所へと続く階段はかなり長いようで、下りても下りても一向にたどり着かなかった。変わらない景色に段々飽きてきたとき、やっと研究所と思われる場所についた。どの部屋にも明かりがついていないところを見ると残っている者はいないらしい。これなら誰かに見つかる心配はなさそうだ。
ドアノブをつかめば扉は簡単に開いた。中に入り、スイッチの場所を手探りで探し当てる。電気がつき、眩しさに目を細めながら俺は研究室内を見回した。
研究室にはところ狭しといろいろな機械が並べられていた。大学時代俺が毎日通い詰めていた研究室にあった精密機械が全て取り揃えられている。
(すごいな、こんなの取り揃えようとしたらお金がいくらあっても足りないぜ)
物理地方だから、機械などは物理の知識を生かして自分のところで何でも作れるのだろう。かなり高価なものもあり、一つ分けてほしいくらいだ、とそれを食い入るように眺める。
見たことのない機械もあり、興味深げにあちこちを眺めていると近くにあった実験台に目が止まった。そこには小さいサイズの実験器具がまとめて置いてあった。その中に真空放電管を見つけて俺は近づく。
いくつかある真空放電管の中に見覚えがあるものを見つけて俺は目をとめた。
(あれ?これ、俺が買ったものじゃないか?)
ジュールが預かっていると言っていたが、どうやらこの研究室に置いていたようだ。見つけたことだしこのままこっそり持っていってしまおうかとそっと手を伸ばしたとき
「あなた、看板の立ち入り禁止という文字が見えませんでしたか?」
と後ろから落ち着いた男の声がした。
ぎょっとして手を止め、振り返る。いつの間にか入口に背の高い男が立っていた。紺色の髪で青色の瞳をしたその男は、腕を組んで俺のことを冷ややかに見つめていた。
「あんた、いつの間に……」
全く気配を感じなかったため、声をかけられたときは心臓が跳ね上がるほど驚いたものだ。そんな俺を見ながら男が口を開く。
「つい先ほどです。もっと詳しく言えばあなたがその真空放電管を盗もうと手を伸ばしたときからです」
男の目がきらりと光る。俺の行動なんてお見通しみたいだ。罰が悪くなり俺は頭を掻く。
「これは元々俺のだから盗むわけじゃないけどな。……それにしても、あんたがいたことに全く気がつかなかったぜ。あんた、なんで俺がここにいることがわかったんだ?」
立ち入り禁止の看板はきちんと元に戻したはずだ。他の研究室も明かりはついておらず人がいる様子はなかったし、この研究室の明かりも階上にはもれていないはずだ。
男が怜悧な瞳で俺を見ながら続ける。
「鍵をかけに戻ってきたら、立ち入り禁止の看板が僅かにずれていたので妙に思ったんです」
(僅かにって……)
看板の位置は元の位置から一ミリくらいしか変わっていないはずだ。それなのにそのずれに気づくなんて、こいつは相当細かい性格をしているに違いない。男の神経質そうな顔を見てなるほどと俺は一人で納得した。
そいつは俺を上から下まで値踏みをするように眺めてから口を開いた。
「それにしても、まさかあなたがいるとは思いませんでした。ジュール様の言う『救世主』……。私にはまだ信じられませんが」
冷めた口調で男が言う。
「あんたは一体何なんだ?」
そう尋ねるとそいつが体をこちらに向けた。
「私の名前はコイルと申します。ここ、王立研究所の所長を務めております」
コイルの言葉に俺は彼の左耳に目をやる。確かに左耳にコイル型のイヤリングがついている。
「ふうん。理科の国の奴らも研究するんだな」
そう呟くように言うとコイルが頷いた。
「ええ。この国には理科の知識が溢れていますが、それを応用する術は生み出さなければ存在しません」
コイルが部屋内にある精密機械を見回して続ける。
「物理の知識を利用して物を作る研究をしている研究所がこの地方にはいくつもあります。そのうち、ボルト様により作られたものがこの研究所なのです」
彼の言葉になるほどと俺は頷く。王立研究所の所長を務めている彼は相当なエリートなのだろう。
(まあ、堅物で頭の良さそうな感じがいかにもって感じだな)
俺も不躾な視線を返す。コイルはそれを物ともしないように凛とした態度で立っていた。
「そういや、俺がジュールに盗られたこの真空放電管がなんでここにあるんだ?」
そう尋ねると彼が口を開く。
「私が人間の使っている実験器具に興味がありまして。ジュール様に頼んで貸していただいたのです」
コイルの言葉に俺は呆れる。
「貸していただいたって……それは元々俺のものだぞ。俺にちゃんと許可をとってくれよ」
「壊すようなことはしませんよ。それに、あなたはしばらくここにいるのでしょう。それなら、私が持っていても構わないではないですか」
ジュールと同じようなことを言われて俺はため息をついた。
そんな俺を見るコイルの瞳が険しくなった。
「それより、あなたが救世主であろうと、この研究所に勝手に立ち入っていい理由にはなりません。速やかに退出してください」
そう機械的に言われて俺は頬を掻いた。
「そんなに堅いこと言うなよ。俺も物理屋なんだ。研究所って言われると興味があるんだよ」
そういけしゃあしゃあと言う俺をコイルがキッと睨みつける。
「しつこいですよ。研究内容はあなたのような外から来た人間に見せるべきものではありません。それに、ここにはまだ人間が発明していない精密機械も多くあります。あなたに盗まれて持ち出されては困ります」
「おいおい、流石にそんなことはしねえよ……。大体、持ち出せるほど小さくないだろうし。俺はただ、この研究所を見学したいだけだよ」
そう言うが、コイルは譲らないようだった。早く出ていくよう無言で圧力をかけている。どうやっても彼が折れないことに気づいて、俺はため息をつくと口を開いた。
「分かったよ。出てけばいいんだろ、出てけば」
「ええ」とコイルが頷く。
俺はちらりと机に置いてある真空放電管を見た。
「この真空放電管、大事にしてくれよ」
「ええ、勿論です」とコイルが頷く。それを見届けてから俺はゆっくり階段の方に向かって歩き出した。コイルがその後をついてくる。
(くそ、俺がちゃんと研究所の外に出るまで見張ってるつもりだな)
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