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カドミウムと別れ、水銀を探す。しかし、水銀の姿は家の中のどこにも見当たらなかった。
(もしかして出掛けちゃったのかな……)
そう思い玄関に向かう。ドアノブに手をかけようとして、ふとリビングのほうから水銀の声が聞こえてきたのに気づいた。
(あれ?いつの間にリビングに戻ってきたんだろう?)
不思議に思いながらリビングに入ろうとドアノブに手を伸ばした。
「カドミウム。王都から戻ってきたところ悪いが、すぐにでもあの人間を王都に連れて行ってやってくれ」
水銀の言葉に驚き、思わず扉を開ける手を止める。
「人間の話だと、王都に行けば元の世界に戻れるらしい。あいつはここにいていい人間じゃない」
「ですが、彼はここにいたがっているのでしょう?彼の気持ちを無視するのですか?」
カドミウムの穏やかな声がする。水銀が少し経ってから口を開いた。
「あいつ、ホスゲンに目をつけられてるんだ」
水銀の言葉に今度はカドミウムが少し黙った。
「……そうですか」
しばらく二人の間に沈黙が流れる。同じ危険物である水銀やカドミウムにとっても、ホスゲンは危ない化学物質なのかもしれない。
「ホスゲンはシアンタウンの治安維持のためなら手段を厭わない。あの人間がここにいたら殺されるのは時間の問題だ」
扉の隙間から見えた水銀は苦しそうに顔を歪めていた。
「ホスゲンのことだ。人間を楽に殺すはずがない。毒物漬けにしてじわじわと苦しめて殺すか、下手したら逃げられない状態にして被験体にでもするかもしれない」
水銀の言葉に俺はぞっとした。確かに彼女ならそれくらいやってもおかしくないかもしれない。
「……」
カドミウムは顎に手を添えて考え込んでいた。
「……あなたは、どうなんです?」
「何がだ?」
ふと、顔を上げたカドミウムに尋ねられ、水銀が怪訝そうな顔をする。
「あなたは、彼がここにいることには賛成なのですか?それとも反対なのですかな?」
「……」
カドミウムに真正面から見据えられた状態で尋ねられ、水銀が考え込んだ。どう答えるのかと俺はどきどきしながら水銀の答えを待つ。
「……あいつは、俺たちと一緒にこの街のことを良くしたいと言ってくれた。まさかそんなことを言われるなんて思っていなかった」
水銀は床を見つめながら淡々と言葉を紡ぐ。
「あいつがこの街にいるのはあまりにも危険すぎる。だが、俺は……」
そう言って水銀が珍しく言い淀む。眉間にしわを寄せ睨むように床を見ている水銀を見てカドミウムがかすかに笑みを作った。
「それなら、青酸様に彼を認めるよう頼んでみてはいかがでしょう」
カドミウムの言葉に俺は目を丸くする。
(青酸様?)
水銀が顔を上げ、カドミウムを見つめる。
「青酸様は実質シアンタウンを治める方にございます。いくら人間のことを嫌いな化学物質がいようと、ホスゲンであろうと青酸様が認めた人間ならば誰も手出しは出来ませぬ」
水銀が難しい顔をしたまま腕を組んだ。
「……あいつがそんな簡単に人間のことを認めるとは思えないな」
「ですが、やる価値はあるはずです。このままでは確かに彼の命が危ない。ここにいたいと言ってくれた彼のためにも、あなたのためにも青酸様に会いに行くのです」
カドミウムの穏やかではあるが力強い言葉に心を動かされたように水銀が組んでいた腕をおろした。
「……少し鉱山に行ってくる。カドミウム、留守を頼む」
そう言って玄関の方に歩き出す水銀を見てカドミウムが微笑んだ。
「行ってらっしゃいませ」
水銀が出ていったのを見計らってから、俺はリビングに入った。カドミウムが俺を見てかすかに笑みを浮かべる。
「水銀は鉱山に?」
そう尋ねると彼が頷いた。
「ええ。恐らく青酸様に会いに行ったのでしょう」
「青酸様は鉱山にいるのですか?」
カドミウムが再び頷く。
「ええ。鉱山の一番奥から地上に上がったところにおいでです。そこからシアンタウンのことを傍観しておられます」
カドミウムの言葉に
(青酸が治めている街だから、シアンタウンというのかな)と疑問に思う。この街を青酸の森が取り囲んでいるというのも何か関係があるのだろうか。
「その人に俺のことを認めてもらえれば、ここにいてもいいんですね」
「ええ」とまた彼が頷いた。
「今、水銀が青酸様にあなたを会わせる準備をしに行っています」
ちらりとカドミウムが窓の外を見た。わずかに傾いた太陽が見える。
「水銀が戻り次第青酸様に会うことになりますが……。もし、明日になってしまうときは、今日はここに泊まっていってくだされ」
「分かりました」
そう頷く俺を見て、彼が目を細めた。
「……水銀は、あなたが私たちに寄り添ってくれたことにたいそう喜んでおりました」
カドミウムの言葉に俺は瞬きをする。
「え?そうなんですか?そんな素振り一度も……」
そう言うと彼が微笑んだまま続けた。
「しかし、あなたがここにいるということはすなわち、あなたが化学物質の持つ危険性にさらされるということに等しい。それが気がかりで、水銀は素直にあなたにここにいて欲しいと言えなかったのですよ」
カドミウムの言葉に俺は微笑んだ。
「水銀は、優しいですね」
そう言うと目尻にしわを寄せ、カドミウムも笑みを作った。
「ええ、それはもう。ですから私は、彼についていくことにしたのですから」
(ついていく?)
彼の言葉が気になり、首をひねる。それに気づいたカドミウムが補足をしようと口を開いた。
「シアンタウンには色々な集団があるのです。ホスゲンが率いる治安維持部隊や、一酸化炭素が率いる研究所がその例です。全ての化学物質がそのどれかの集団に属しているのです。……私は初め、研究所で働くつもりでした」
そう言ってカドミウムが懐かしそうに天井を見上げた。
「しかし、研究所で働くということはすなわち、自分を用いて兵器を作るということと同義です。ですから、私はあまりそこで働きたくなかったのです」
そう言ってカドミウムが一度口を閉じ、再び開いた。
「あるとき、私は水銀が研究所で働くのを躊躇する化学物質たちを自分の家に住まわせているという話を聞きました。彼は自分が鉱山を運営することで得たお金を使って、そのような化学物質たちに住む場所を提供していたのですよ」
カドミウムの言葉に俺は感心する。
(じゃあ、黄リンたちは皆水銀のおかげで研究所で働かずに済んでいるのか)
硫酸も黄リンも、水銀に助けられているから彼が優しいことを知っており、彼を気遣うようなことを言っていたのだ。
謎が解けたことにすっきりした気持ちを覚えつつ、俺はカドミウムの続きの言葉を待つ。
「私はそんな彼に惹かれ、彼のために働くことを決めたのです。そして、水銀を髪から滴り落としてしまう彼の代わりに王都へ様子を見に行き、時々このように報告をしに帰ってくるようになったのです」
「……そうだったんですね」
水銀の新たな一面を見ることが出来て俺はさらに彼のことが好きになっていた。
「俺、優しい水銀に出会えて本当に良かったです」
そう言うとカドミウムが柔らかい笑みを作った。
「そう言ってもらえますと、私自身が水銀であるかのように嬉しく思いますな」
言葉の通り本当に嬉しそうに笑うカドミウムを見て、心がひだまりのように暖かくなるのを感じた。
(カドミウムは水銀のことが大好きなんだなあ……)
そう思いながら彼を見て微笑んでいると、リビングの扉がノックされた。振り返ると、硫化水素が扉の隙間からこちらを覗き込んでいた。
「あ、あの……。これから硫酸さんと一緒に硫酸湖に行くのですが……。人間さん、良かったら一緒に行きませんか?」
彼女の言葉に「硫酸湖?」と聞き返す。
「はい。人間さんは湖に入ることは出来ないのですが、とても綺麗なところなので、あなたにも見てもらえたらと思って……」
そう遠慮がちに言われて考え込んだ。硫酸湖はまだ見ていないところなので行ってみたいのは山々だが、今朝ホスゲンに連れ去られたことを考えると遠出をするのははばかられる。
(また俺に何かあったら水銀たちに迷惑かけちゃうしな……)
それに、青酸様がいる鉱山の方に余所者である俺が勝手に近づいてもいいものだろうか。
逡巡している俺を見て硫化水素が目を伏せた。
「や、やっぱり嫌ですよね。私と一緒なんて……」
そう言って引っこもうとする硫化水素を慌てて引き止める。
「いや、そんなことないよ!ただ……」
そう言って躊躇する俺を見て、カドミウムが口を開いた。
「では、私も一緒についていくことにしましょう」
驚いてカドミウムを見ると彼が微笑んだ。
「水銀の代わりにあなたのことをお守りしますので、ご心配なく」
そう言ってカドミウムが微笑む。俺は彼に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!……あ、そうだ」
俺は硫化水素の方に向き直る。
「黄リンも連れて行ってもいいかな?きっと、ずっと部屋にいて暇してると思うんだ」
そう言うと硫化水素が微笑み、「勿論です」と言った。
「ありがとう。じゃあ、黄リンを連れてくるね」
「では、各自準備ができたら玄関で落ち合いましょう」
カドミウムの言葉に俺と硫化水素が頷いた。
(もしかして出掛けちゃったのかな……)
そう思い玄関に向かう。ドアノブに手をかけようとして、ふとリビングのほうから水銀の声が聞こえてきたのに気づいた。
(あれ?いつの間にリビングに戻ってきたんだろう?)
不思議に思いながらリビングに入ろうとドアノブに手を伸ばした。
「カドミウム。王都から戻ってきたところ悪いが、すぐにでもあの人間を王都に連れて行ってやってくれ」
水銀の言葉に驚き、思わず扉を開ける手を止める。
「人間の話だと、王都に行けば元の世界に戻れるらしい。あいつはここにいていい人間じゃない」
「ですが、彼はここにいたがっているのでしょう?彼の気持ちを無視するのですか?」
カドミウムの穏やかな声がする。水銀が少し経ってから口を開いた。
「あいつ、ホスゲンに目をつけられてるんだ」
水銀の言葉に今度はカドミウムが少し黙った。
「……そうですか」
しばらく二人の間に沈黙が流れる。同じ危険物である水銀やカドミウムにとっても、ホスゲンは危ない化学物質なのかもしれない。
「ホスゲンはシアンタウンの治安維持のためなら手段を厭わない。あの人間がここにいたら殺されるのは時間の問題だ」
扉の隙間から見えた水銀は苦しそうに顔を歪めていた。
「ホスゲンのことだ。人間を楽に殺すはずがない。毒物漬けにしてじわじわと苦しめて殺すか、下手したら逃げられない状態にして被験体にでもするかもしれない」
水銀の言葉に俺はぞっとした。確かに彼女ならそれくらいやってもおかしくないかもしれない。
「……」
カドミウムは顎に手を添えて考え込んでいた。
「……あなたは、どうなんです?」
「何がだ?」
ふと、顔を上げたカドミウムに尋ねられ、水銀が怪訝そうな顔をする。
「あなたは、彼がここにいることには賛成なのですか?それとも反対なのですかな?」
「……」
カドミウムに真正面から見据えられた状態で尋ねられ、水銀が考え込んだ。どう答えるのかと俺はどきどきしながら水銀の答えを待つ。
「……あいつは、俺たちと一緒にこの街のことを良くしたいと言ってくれた。まさかそんなことを言われるなんて思っていなかった」
水銀は床を見つめながら淡々と言葉を紡ぐ。
「あいつがこの街にいるのはあまりにも危険すぎる。だが、俺は……」
そう言って水銀が珍しく言い淀む。眉間にしわを寄せ睨むように床を見ている水銀を見てカドミウムがかすかに笑みを作った。
「それなら、青酸様に彼を認めるよう頼んでみてはいかがでしょう」
カドミウムの言葉に俺は目を丸くする。
(青酸様?)
水銀が顔を上げ、カドミウムを見つめる。
「青酸様は実質シアンタウンを治める方にございます。いくら人間のことを嫌いな化学物質がいようと、ホスゲンであろうと青酸様が認めた人間ならば誰も手出しは出来ませぬ」
水銀が難しい顔をしたまま腕を組んだ。
「……あいつがそんな簡単に人間のことを認めるとは思えないな」
「ですが、やる価値はあるはずです。このままでは確かに彼の命が危ない。ここにいたいと言ってくれた彼のためにも、あなたのためにも青酸様に会いに行くのです」
カドミウムの穏やかではあるが力強い言葉に心を動かされたように水銀が組んでいた腕をおろした。
「……少し鉱山に行ってくる。カドミウム、留守を頼む」
そう言って玄関の方に歩き出す水銀を見てカドミウムが微笑んだ。
「行ってらっしゃいませ」
水銀が出ていったのを見計らってから、俺はリビングに入った。カドミウムが俺を見てかすかに笑みを浮かべる。
「水銀は鉱山に?」
そう尋ねると彼が頷いた。
「ええ。恐らく青酸様に会いに行ったのでしょう」
「青酸様は鉱山にいるのですか?」
カドミウムが再び頷く。
「ええ。鉱山の一番奥から地上に上がったところにおいでです。そこからシアンタウンのことを傍観しておられます」
カドミウムの言葉に
(青酸が治めている街だから、シアンタウンというのかな)と疑問に思う。この街を青酸の森が取り囲んでいるというのも何か関係があるのだろうか。
「その人に俺のことを認めてもらえれば、ここにいてもいいんですね」
「ええ」とまた彼が頷いた。
「今、水銀が青酸様にあなたを会わせる準備をしに行っています」
ちらりとカドミウムが窓の外を見た。わずかに傾いた太陽が見える。
「水銀が戻り次第青酸様に会うことになりますが……。もし、明日になってしまうときは、今日はここに泊まっていってくだされ」
「分かりました」
そう頷く俺を見て、彼が目を細めた。
「……水銀は、あなたが私たちに寄り添ってくれたことにたいそう喜んでおりました」
カドミウムの言葉に俺は瞬きをする。
「え?そうなんですか?そんな素振り一度も……」
そう言うと彼が微笑んだまま続けた。
「しかし、あなたがここにいるということはすなわち、あなたが化学物質の持つ危険性にさらされるということに等しい。それが気がかりで、水銀は素直にあなたにここにいて欲しいと言えなかったのですよ」
カドミウムの言葉に俺は微笑んだ。
「水銀は、優しいですね」
そう言うと目尻にしわを寄せ、カドミウムも笑みを作った。
「ええ、それはもう。ですから私は、彼についていくことにしたのですから」
(ついていく?)
彼の言葉が気になり、首をひねる。それに気づいたカドミウムが補足をしようと口を開いた。
「シアンタウンには色々な集団があるのです。ホスゲンが率いる治安維持部隊や、一酸化炭素が率いる研究所がその例です。全ての化学物質がそのどれかの集団に属しているのです。……私は初め、研究所で働くつもりでした」
そう言ってカドミウムが懐かしそうに天井を見上げた。
「しかし、研究所で働くということはすなわち、自分を用いて兵器を作るということと同義です。ですから、私はあまりそこで働きたくなかったのです」
そう言ってカドミウムが一度口を閉じ、再び開いた。
「あるとき、私は水銀が研究所で働くのを躊躇する化学物質たちを自分の家に住まわせているという話を聞きました。彼は自分が鉱山を運営することで得たお金を使って、そのような化学物質たちに住む場所を提供していたのですよ」
カドミウムの言葉に俺は感心する。
(じゃあ、黄リンたちは皆水銀のおかげで研究所で働かずに済んでいるのか)
硫酸も黄リンも、水銀に助けられているから彼が優しいことを知っており、彼を気遣うようなことを言っていたのだ。
謎が解けたことにすっきりした気持ちを覚えつつ、俺はカドミウムの続きの言葉を待つ。
「私はそんな彼に惹かれ、彼のために働くことを決めたのです。そして、水銀を髪から滴り落としてしまう彼の代わりに王都へ様子を見に行き、時々このように報告をしに帰ってくるようになったのです」
「……そうだったんですね」
水銀の新たな一面を見ることが出来て俺はさらに彼のことが好きになっていた。
「俺、優しい水銀に出会えて本当に良かったです」
そう言うとカドミウムが柔らかい笑みを作った。
「そう言ってもらえますと、私自身が水銀であるかのように嬉しく思いますな」
言葉の通り本当に嬉しそうに笑うカドミウムを見て、心がひだまりのように暖かくなるのを感じた。
(カドミウムは水銀のことが大好きなんだなあ……)
そう思いながら彼を見て微笑んでいると、リビングの扉がノックされた。振り返ると、硫化水素が扉の隙間からこちらを覗き込んでいた。
「あ、あの……。これから硫酸さんと一緒に硫酸湖に行くのですが……。人間さん、良かったら一緒に行きませんか?」
彼女の言葉に「硫酸湖?」と聞き返す。
「はい。人間さんは湖に入ることは出来ないのですが、とても綺麗なところなので、あなたにも見てもらえたらと思って……」
そう遠慮がちに言われて考え込んだ。硫酸湖はまだ見ていないところなので行ってみたいのは山々だが、今朝ホスゲンに連れ去られたことを考えると遠出をするのははばかられる。
(また俺に何かあったら水銀たちに迷惑かけちゃうしな……)
それに、青酸様がいる鉱山の方に余所者である俺が勝手に近づいてもいいものだろうか。
逡巡している俺を見て硫化水素が目を伏せた。
「や、やっぱり嫌ですよね。私と一緒なんて……」
そう言って引っこもうとする硫化水素を慌てて引き止める。
「いや、そんなことないよ!ただ……」
そう言って躊躇する俺を見て、カドミウムが口を開いた。
「では、私も一緒についていくことにしましょう」
驚いてカドミウムを見ると彼が微笑んだ。
「水銀の代わりにあなたのことをお守りしますので、ご心配なく」
そう言ってカドミウムが微笑む。俺は彼に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!……あ、そうだ」
俺は硫化水素の方に向き直る。
「黄リンも連れて行ってもいいかな?きっと、ずっと部屋にいて暇してると思うんだ」
そう言うと硫化水素が微笑み、「勿論です」と言った。
「ありがとう。じゃあ、黄リンを連れてくるね」
「では、各自準備ができたら玄関で落ち合いましょう」
カドミウムの言葉に俺と硫化水素が頷いた。
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