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シロ
〈1〉
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駅を出た朝陽は、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨を見て大きくため息をついた。
とてもじゃないが、レインコートなしの状態で自転車をこいで家に帰ることは出来そうにない。携帯電話で雨雲の情報を見たものの、しばらく雨は降り続きそうであった。
(仕方ない、タクシーでも使うか……)
そう思いタクシー乗り場の方を見ると、予想出来なかった大雨をこれ幸いとしたように多くのタクシーが一列に並んで客待ちをしているのが目に入った。
顔が濡れないよう腕で雨を遮りながらタクシー乗り場に向かう。列の一番前に停まっている車の二つ後ろに自分がかつて勤めていた会社のタクシーがいるのを見つけて、朝陽は眉をひそめた。
(勤めていたところのタクシーに乗るのはちょっとな……)
幸い朝陽の前には客が一人しかいない。乗るのは免れそうだ。
前のタクシーが客を乗せ動き始めた。すぐ後ろにいたタクシーが朝陽の前に来る。
そして停まる、と思ったときどこからか
「それは俺の客だ」と若い男の声が聞こえてきた。
それが聞こえて少し経ってから、目の前のタクシーの表示が『回送』に切り替わった。
「ん?」
朝陽は怪訝な顔をする。そのままそのタクシーは客を乗せることなく朝陽の前を通り過ぎてタクシー乗り場から出ていってしまった。
(なんだ?)
何が起こったかいまいち分からず、通り過ぎて行ったタクシーを呆けたように眺めていると、次のタクシーが朝陽の前に停まった。そして扉が開く。
出来ることなら避けたかった、見慣れた真っ白な車体のタクシーだ。しかし、今更列に並び直すのも面倒だ。
(仕方ないな)
朝陽はため息をつくと後部座席に乗り込んだ。知り合いだったら気まずいと思いながら運転手の顔をちらりと見る。
「……お客さん。どちらまで?」
そう言って振り返った男の顔を見て朝陽は目を見開いた。
若者らしく少し幼さが残る顔立ちだが、どこか相手を見下したようなすれた目つき。その左の頬には自動車会社のエンブレム、首筋に車種の文字。そして腕にはナンバープレートの書かれた腕章がはめられていた。
「お前……」
そう驚いたように言った朝陽に男は笑いかけた。営業スマイルとばかりに顔にはりつけた、作為的な笑みだった。
「お客さん、良かったら助手席にいらっしゃいません?その方が景色がいいですよ」
男が朝陽を見つめた。緑色の瞳がすうとゆがめられた。
「お前が前のタクシーを追い払ったのか?」
助手席でシートベルトをつけながら発せられた朝陽の言葉にタクシーの運転手、シロが笑った。
「俺の声が聞こえていたんですね。車の声が聞こえるというのは本当のことみたいですね、『関朝陽さん』」
その言葉に朝陽の表情が引き締まる。
「どうして俺のことを知っている?」
発車措置をとり、ゆっくりと車を発車させるシロに朝陽が警戒したように尋ねる。
「仲間から聞いたんですよ。あなたが俺達のことを嗅ぎ回っているってね」
「お前らのことを、俺が?」
そう疑問そうな顔をした朝陽が、次の瞬間に合点がいったような顔をした。
「もしかして、お前はあの自動車学校で運転免許をとったのか?」
「察しが良いですね。大正解です」
普段の彼からは想像出来ないほど慇懃に、しかしどこか馬鹿にしたようにシロが言った。
「車が運転免許をとれるなんて、そんな……」
朝陽が信じられないといったように呟く。
「とれるんですよ。あそこの自動車学校ならね。あなたもあそこに通っている車の人型を見たことがあるはずです。彼等は俺たちに勧められて自動車学校に通っているんです」
赤信号になり、シロが車を停車させる。ウインカーが左に出ていることに気づいて朝陽は眉をひそめた。
「おい、どこに行くつもりだ?そっちは家とは逆方向だぞ」
朝陽の言葉にシロが飄々と答える。
「せっかくですから夜のドライブでも楽しみましょうよ。ああ、心配しないでください。ちゃんと用件が済んだら家まで送って差し上げますから」
そう言ってシロが朝陽を見て妖しく笑った。決して目が笑っていないその笑みは、彼のそこそこ端正な顔だちと相まって、朝陽の背筋を寒くするには十分不気味なものだった。
嫌な予感がして朝陽は扉を開けようとドアハンドルをつかむ。
「おっと、無銭乗車は駄目ですよ。ちゃんと料金は払っていただかないと」
シロがその動作を横目に見ながら芝居がかった口調で言った。
朝陽は少し考えてから大人しくドアハンドルから手を離す。シロがこの車自身であるのなら、朝陽がどうしようとこの扉が開くことは絶対にないと分かっていたからだ。
観念したように朝陽は助手席に座り直し、不穏な雰囲気の彼と対話をすることに決めた。それに、彼自身もシロに聞きたいことがいくつもあったのである。
「……磯部先輩が言っていたぼったくりタクシーというのは、お前のことだな」
「ぼったくり?何の話ですか?」
そうしらをきるシロに朝陽は磯部から聞いたことを全て話した。
以前、遊園地に行く際に磯部に聞いたぼったくりタクシーの運転手は、頬と首筋に入れ墨のようなものを入れているとのことだった。そのときはピンとこなかったが、それは車の人型の外見に特有の、肌に印刷されたエンブレムと車種のことだったようだ。そして、磯部の述べていたその人物こそがシロのことだったのだろう。
肯定を表すように黙り込んだシロを見て、朝陽が口を開く。
「何故お前はぼったくりをしているんだ?それに、車のお前がどうして運転免許をとったんだ?」
シロに対して朝陽が立て続けに尋ねる。
「全く、少し落ち着いてくださいよ」
青信号になり、ゆっくりと車を発車させたシロがおおげさに困ったような顔をして見せた。
「一つずつお話させてもらいます。……まず、俺が法外なお金を要求しているところから、ですね」
ハンドルの上を手慣れたように白い手袋をはめた手が滑る。
「車が自動車学校に行っているという話はしましたよね?しかし、いくら俺達が車といえども講習を受けるには人間と同じようにお金が必要です。俺は、車が運転免許をとることを勧めている身として、そのお金を工面しなければなりません」
「だからぼったくりをしているのか」と朝陽が窓に当たる雨粒を見ながら言った。
「ええ。その通りです」
全く悪びれないシロの言葉に朝陽が顔をしかめ、彼の方を見た。
「随分と手荒なことをするものだな。お前のせいでタクシー会社にあらぬ疑いがかけられて迷惑しているんだ。お前たちの都合で人様に迷惑をかけるんじゃない」
そう言った朝陽をちらりとシロが見た。
「『迷惑かけるんじゃない』?どの口が言ってるんですか?今まであなたたち人間は、俺達に多大な迷惑をかけてきたというのに」
そう鼻で笑うようにシロが言った言葉に朝陽は眉をひそめる。
「人間の身勝手な運転のせいで多くの事故が起こり、多くの車が傷つきました。ある車は最愛の運転手を亡くし、ある車は精神が完全に狂ってしまいました」
この夏に自殺をしたメルダーのことを思い浮かべ、シロは顔をゆがませた。
「これ以上人間に車を運転させてはいけない。人間なんかより俺達車が運転したほうがずっと安全でいい」
「だからお前たちは、車に運転免許を取得するよう勧めているのか」
「そういうことです」とシロが頷いた。
「なるほど、ようやく分かってきたぞ。自動車学校で見たあの女性も、学科教本を持っていたファイも、そう言う理由で運転免許をとろうとしていたんだな」
そう独り言をいう朝陽をシロがちらりと見る。
「それにしても、こんなことを一体誰が始めたんだ?お前たち車だけで出来る事じゃないだろう」
「まあ、そうですね」とシロが何にも触れずにワイパーの速度を落とし、相づちを打つ。先ほどよりも少し小雨になったようで、車内は窓に当たる雨粒の音も響かず静かだった。
「実は俺達の仲間にもあなたのように『車の声が聞こえる人間』がいましてね。その人間が協力してくれているんですよ」
「……その人は、あの自動車学校の所長さんか?」
少し考えてから発せられた朝陽の言葉にシロが頷いた。
「そこまで分かるとはさすがですね。その通りです。彼が俺達の手助けをして、あそこの自動車学校では車が運転免許をとれるようにしてくれたんですよ」
シロの言葉になるほどと朝陽は相づちを打った。しかし、いくら自動車学校側が車の教習生を受け入れたとしても、最終的に免許を発行するのは警察側のはずだ。それについては一体どうなっているのだろう。そう疑問に思って口を開きかけたと同時に、突如何か白い物がふらっと目の前に現れた。
少し前を走っていた自転車が何の前触れもなく突然目の前を斜めに横切ったのだ。白いレインコートを着ている彼は、いちいち振り返って後ろから車が来ているのを確認するのが億劫だったのだろう。
思いがけないことに朝陽は目を見開いた。思わずブレーキを踏み込もうとして、この車の運転手は自分ではないことに気づく。
焦ったようにシロの方を見る。しかし、彼にもその自転車が見えているはずなのに、シロがブレーキを踏む様子はない。まっすぐ前を見据える彼の横顔は非常に冷たいものだった。
「お、おい!止まれ!」
朝陽が叫んだのと同時に、前の自転車の運転手がはっとしたようにこちらを振り向いた。そしてすぐ側に迫っている車に驚いて、慌てて元いた側に戻ろうとハンドルを切った。
自転車に乗っていた高校生くらいの青年はふらふらと路側帯に戻っていった。
タクシーがその青年を追い越したのを見届けてから、朝陽はため込んでいた息を吐き出す。心臓がばくばくとはね、にじみ出た嫌な汗が外気に触れて須臾に冷やされるのが分かった。
シロは何事もなかったように車の運転を続けている。朝陽は赤信号で完全に車が停車したのを見届けてからシロに声を張り上げた。
「何をやっているんだ!お前、さっきは危なかったぞ!」
朝陽に叱られてもシロは悪びれない顔をしている。
「お客さん、運転中は静かにしてくれませんか?」
いけしゃあしゃあとした彼にさらに怒りがわく。
「お前、もう少しで人を轢くところだったんだぞ!」
声を荒げる朝陽をシロが感情のない瞳で見つめる。
「いいんですよ。相手は交通規則を守ってなかったんですから」
そうシロが冷めたように言った。
「轢かれても文句言えませんよ」
朝陽は信じられないといったように目を見開き、唖然としてシロのことを見つめた。
とてもじゃないが、レインコートなしの状態で自転車をこいで家に帰ることは出来そうにない。携帯電話で雨雲の情報を見たものの、しばらく雨は降り続きそうであった。
(仕方ない、タクシーでも使うか……)
そう思いタクシー乗り場の方を見ると、予想出来なかった大雨をこれ幸いとしたように多くのタクシーが一列に並んで客待ちをしているのが目に入った。
顔が濡れないよう腕で雨を遮りながらタクシー乗り場に向かう。列の一番前に停まっている車の二つ後ろに自分がかつて勤めていた会社のタクシーがいるのを見つけて、朝陽は眉をひそめた。
(勤めていたところのタクシーに乗るのはちょっとな……)
幸い朝陽の前には客が一人しかいない。乗るのは免れそうだ。
前のタクシーが客を乗せ動き始めた。すぐ後ろにいたタクシーが朝陽の前に来る。
そして停まる、と思ったときどこからか
「それは俺の客だ」と若い男の声が聞こえてきた。
それが聞こえて少し経ってから、目の前のタクシーの表示が『回送』に切り替わった。
「ん?」
朝陽は怪訝な顔をする。そのままそのタクシーは客を乗せることなく朝陽の前を通り過ぎてタクシー乗り場から出ていってしまった。
(なんだ?)
何が起こったかいまいち分からず、通り過ぎて行ったタクシーを呆けたように眺めていると、次のタクシーが朝陽の前に停まった。そして扉が開く。
出来ることなら避けたかった、見慣れた真っ白な車体のタクシーだ。しかし、今更列に並び直すのも面倒だ。
(仕方ないな)
朝陽はため息をつくと後部座席に乗り込んだ。知り合いだったら気まずいと思いながら運転手の顔をちらりと見る。
「……お客さん。どちらまで?」
そう言って振り返った男の顔を見て朝陽は目を見開いた。
若者らしく少し幼さが残る顔立ちだが、どこか相手を見下したようなすれた目つき。その左の頬には自動車会社のエンブレム、首筋に車種の文字。そして腕にはナンバープレートの書かれた腕章がはめられていた。
「お前……」
そう驚いたように言った朝陽に男は笑いかけた。営業スマイルとばかりに顔にはりつけた、作為的な笑みだった。
「お客さん、良かったら助手席にいらっしゃいません?その方が景色がいいですよ」
男が朝陽を見つめた。緑色の瞳がすうとゆがめられた。
「お前が前のタクシーを追い払ったのか?」
助手席でシートベルトをつけながら発せられた朝陽の言葉にタクシーの運転手、シロが笑った。
「俺の声が聞こえていたんですね。車の声が聞こえるというのは本当のことみたいですね、『関朝陽さん』」
その言葉に朝陽の表情が引き締まる。
「どうして俺のことを知っている?」
発車措置をとり、ゆっくりと車を発車させるシロに朝陽が警戒したように尋ねる。
「仲間から聞いたんですよ。あなたが俺達のことを嗅ぎ回っているってね」
「お前らのことを、俺が?」
そう疑問そうな顔をした朝陽が、次の瞬間に合点がいったような顔をした。
「もしかして、お前はあの自動車学校で運転免許をとったのか?」
「察しが良いですね。大正解です」
普段の彼からは想像出来ないほど慇懃に、しかしどこか馬鹿にしたようにシロが言った。
「車が運転免許をとれるなんて、そんな……」
朝陽が信じられないといったように呟く。
「とれるんですよ。あそこの自動車学校ならね。あなたもあそこに通っている車の人型を見たことがあるはずです。彼等は俺たちに勧められて自動車学校に通っているんです」
赤信号になり、シロが車を停車させる。ウインカーが左に出ていることに気づいて朝陽は眉をひそめた。
「おい、どこに行くつもりだ?そっちは家とは逆方向だぞ」
朝陽の言葉にシロが飄々と答える。
「せっかくですから夜のドライブでも楽しみましょうよ。ああ、心配しないでください。ちゃんと用件が済んだら家まで送って差し上げますから」
そう言ってシロが朝陽を見て妖しく笑った。決して目が笑っていないその笑みは、彼のそこそこ端正な顔だちと相まって、朝陽の背筋を寒くするには十分不気味なものだった。
嫌な予感がして朝陽は扉を開けようとドアハンドルをつかむ。
「おっと、無銭乗車は駄目ですよ。ちゃんと料金は払っていただかないと」
シロがその動作を横目に見ながら芝居がかった口調で言った。
朝陽は少し考えてから大人しくドアハンドルから手を離す。シロがこの車自身であるのなら、朝陽がどうしようとこの扉が開くことは絶対にないと分かっていたからだ。
観念したように朝陽は助手席に座り直し、不穏な雰囲気の彼と対話をすることに決めた。それに、彼自身もシロに聞きたいことがいくつもあったのである。
「……磯部先輩が言っていたぼったくりタクシーというのは、お前のことだな」
「ぼったくり?何の話ですか?」
そうしらをきるシロに朝陽は磯部から聞いたことを全て話した。
以前、遊園地に行く際に磯部に聞いたぼったくりタクシーの運転手は、頬と首筋に入れ墨のようなものを入れているとのことだった。そのときはピンとこなかったが、それは車の人型の外見に特有の、肌に印刷されたエンブレムと車種のことだったようだ。そして、磯部の述べていたその人物こそがシロのことだったのだろう。
肯定を表すように黙り込んだシロを見て、朝陽が口を開く。
「何故お前はぼったくりをしているんだ?それに、車のお前がどうして運転免許をとったんだ?」
シロに対して朝陽が立て続けに尋ねる。
「全く、少し落ち着いてくださいよ」
青信号になり、ゆっくりと車を発車させたシロがおおげさに困ったような顔をして見せた。
「一つずつお話させてもらいます。……まず、俺が法外なお金を要求しているところから、ですね」
ハンドルの上を手慣れたように白い手袋をはめた手が滑る。
「車が自動車学校に行っているという話はしましたよね?しかし、いくら俺達が車といえども講習を受けるには人間と同じようにお金が必要です。俺は、車が運転免許をとることを勧めている身として、そのお金を工面しなければなりません」
「だからぼったくりをしているのか」と朝陽が窓に当たる雨粒を見ながら言った。
「ええ。その通りです」
全く悪びれないシロの言葉に朝陽が顔をしかめ、彼の方を見た。
「随分と手荒なことをするものだな。お前のせいでタクシー会社にあらぬ疑いがかけられて迷惑しているんだ。お前たちの都合で人様に迷惑をかけるんじゃない」
そう言った朝陽をちらりとシロが見た。
「『迷惑かけるんじゃない』?どの口が言ってるんですか?今まであなたたち人間は、俺達に多大な迷惑をかけてきたというのに」
そう鼻で笑うようにシロが言った言葉に朝陽は眉をひそめる。
「人間の身勝手な運転のせいで多くの事故が起こり、多くの車が傷つきました。ある車は最愛の運転手を亡くし、ある車は精神が完全に狂ってしまいました」
この夏に自殺をしたメルダーのことを思い浮かべ、シロは顔をゆがませた。
「これ以上人間に車を運転させてはいけない。人間なんかより俺達車が運転したほうがずっと安全でいい」
「だからお前たちは、車に運転免許を取得するよう勧めているのか」
「そういうことです」とシロが頷いた。
「なるほど、ようやく分かってきたぞ。自動車学校で見たあの女性も、学科教本を持っていたファイも、そう言う理由で運転免許をとろうとしていたんだな」
そう独り言をいう朝陽をシロがちらりと見る。
「それにしても、こんなことを一体誰が始めたんだ?お前たち車だけで出来る事じゃないだろう」
「まあ、そうですね」とシロが何にも触れずにワイパーの速度を落とし、相づちを打つ。先ほどよりも少し小雨になったようで、車内は窓に当たる雨粒の音も響かず静かだった。
「実は俺達の仲間にもあなたのように『車の声が聞こえる人間』がいましてね。その人間が協力してくれているんですよ」
「……その人は、あの自動車学校の所長さんか?」
少し考えてから発せられた朝陽の言葉にシロが頷いた。
「そこまで分かるとはさすがですね。その通りです。彼が俺達の手助けをして、あそこの自動車学校では車が運転免許をとれるようにしてくれたんですよ」
シロの言葉になるほどと朝陽は相づちを打った。しかし、いくら自動車学校側が車の教習生を受け入れたとしても、最終的に免許を発行するのは警察側のはずだ。それについては一体どうなっているのだろう。そう疑問に思って口を開きかけたと同時に、突如何か白い物がふらっと目の前に現れた。
少し前を走っていた自転車が何の前触れもなく突然目の前を斜めに横切ったのだ。白いレインコートを着ている彼は、いちいち振り返って後ろから車が来ているのを確認するのが億劫だったのだろう。
思いがけないことに朝陽は目を見開いた。思わずブレーキを踏み込もうとして、この車の運転手は自分ではないことに気づく。
焦ったようにシロの方を見る。しかし、彼にもその自転車が見えているはずなのに、シロがブレーキを踏む様子はない。まっすぐ前を見据える彼の横顔は非常に冷たいものだった。
「お、おい!止まれ!」
朝陽が叫んだのと同時に、前の自転車の運転手がはっとしたようにこちらを振り向いた。そしてすぐ側に迫っている車に驚いて、慌てて元いた側に戻ろうとハンドルを切った。
自転車に乗っていた高校生くらいの青年はふらふらと路側帯に戻っていった。
タクシーがその青年を追い越したのを見届けてから、朝陽はため込んでいた息を吐き出す。心臓がばくばくとはね、にじみ出た嫌な汗が外気に触れて須臾に冷やされるのが分かった。
シロは何事もなかったように車の運転を続けている。朝陽は赤信号で完全に車が停車したのを見届けてからシロに声を張り上げた。
「何をやっているんだ!お前、さっきは危なかったぞ!」
朝陽に叱られてもシロは悪びれない顔をしている。
「お客さん、運転中は静かにしてくれませんか?」
いけしゃあしゃあとした彼にさらに怒りがわく。
「お前、もう少しで人を轢くところだったんだぞ!」
声を荒げる朝陽をシロが感情のない瞳で見つめる。
「いいんですよ。相手は交通規則を守ってなかったんですから」
そうシロが冷めたように言った。
「轢かれても文句言えませんよ」
朝陽は信じられないといったように目を見開き、唖然としてシロのことを見つめた。
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