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ファイ
〈7〉
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永観堂の次は南禅寺に向かう。三門を通り過ぎると、橋のような形の水路に出た。五人は自分たちの上を走る水路を見上げた。
「ガイドブックで見たのよりおしゃれだな」
お寺の中のはずなのに目の前にあるのはどこか西洋風の水路であるというギャップに朝陽は惹きつけられていた。
「水が上を走っているんですか?」と橋の下を横切る川しか見たことのないティーにはこの水路が不思議でたまらないようだ。
「ああ。見に行ってみるか?」
ティーがわくわくしたように頷く。リオンも頷いたのを見て歩き出そうとした朝陽が足を止めた。
雨音が水路の柱に開いた穴の向こうにいるファイを写真で撮っていた。覗きこめば、穴によってファイとその後ろの風景が絵画のように切り取られ、芸術的な写真になっているのが見えた。
「雨音さん、写真を撮るのがお上手ですね」
朝陽が感心したように後ろから声をかける。雨音が恥ずかしそうにカメラを下ろし、振り向いた。
「そんな、私なんて全然ですよ!」
「とても雰囲気よく撮れていましたよ。この柱の穴から向こうにいる人を撮ると、こんなにおしゃれな写真が撮れるのですね」
朝陽の言葉に少し顔を赤らめた雨音が口を開く。
「ここは写真スポットなんです。ほら、皆さん写真を撮っているでしょう?」
雨音の言葉にあたりを見回せば、確かにあちこちで写真を撮っている人達が目に入ってきた。カップルだったり女子高生だったりがいかに良い写真が撮れるかと相談したり思い思いにポーズをとったりしているのが見える。
「なるほど……」
朝陽は指を顎に当てて考え込むと、坂を登っていこうとしているリオンとティーを手招きした。
不思議そうに戻ってくる二人に穴の向こうに立つように言う。携帯電話を構え、リオンとティーが隣に並んで穴の中に収まったのを確認すると、シャッターを切った。
(なるほど、確かにいい写真に見える)
朝陽は写真を撮るときのテクニックなど何一つ知らないが、それでも雰囲気よく見えるのだから、ここの水路は中々の写真スポットだ。
「リオン、ティー。見てみろ。結構おしゃれな写真が撮れたぞ」
自慢したくなって二人を呼んで見せてみる。ティーが目を丸くしリオンがどうしてこのような写真になったのかと首をひねった。
「写真というのは面白いですね。まるで私たちがこの中に閉じ込められているみたいです」
写真になじみのない車であるからこその意見に朝陽は微笑むと「そうだな」と頷いた。
「リオンも撮ってみるか?」
「私でも撮れますか?」と怪訝そうに言うリオンに朝陽が頷く。
「ああ。ほら、これ持ってみろ」
そう言ってリオンに手渡す。ティーに穴の向こうに立つように言うと、朝陽はリオンの後ろに立ち、彼の腕を支えた。
「……」
ファイはポケットに手を突っ込み、青空を眺めながらぼうっと立っていた。どこか物憂げな表情の彼の写真を数枚撮ってから、スポットが空くのを待っている人に場所を譲ろうと雨音が声をかける。
「ファイ。……良かったら、上にある水路を見に行かない?」
ファイが視線を落とし、雨音を見つめる。何も言わず、そこから動くわけでもないファイの視線を受けて、雨音が気まずそうに視線をずらした。
「な、なに?」
ファイはいまだ雨音のことを見つめたまま口を開いた。
「……お前、どうして俺を担当車にしてくれたんだ?」
「え?」
唐突なファイの質問が理解できず、雨音が聞き返す。
「……いや、なんでもない」
質問に答える前にファイが首を振った。そして雨音の横を通り過ぎ、水路へと続く階段の方に向かう。
雨音は不思議に思いながらその後をついていった。
南禅寺から蹴上インクラインまで向かう道中、朝陽の息はとうとう上がってきていた。沖縄でもそうだったが、運動不足のせいか久しぶりに長距離を歩くと足に疲れが来る。
疲れて無口になってきた朝陽に、ずっと話しかけていたティーが首をひねった。
「……朝陽さん?もしかして、怒っていますか?」
「え?いや、怒ってないよ」
朝陽が首を振るとティーがほっとした顔をした。
「それなら良かったです。……いきなり喋らなくなったものですから、どうしたのかと思って」
そう心配そうに言うティーに朝陽が笑う。
「ちょっと疲れてしまってな。お前たちは平気か?」
ティーだけでなくすぐ後ろを歩いていたリオンにも話しかける。
「なんとか」とリオンが普段の丁寧語を崩して答える。どうやら彼の息も上がってきているようだった。
「あはは、車でもやっぱり人型だと疲れるんだな」と朝陽が笑う。それにつられてティーもくすくすと笑った。彼女はバイクでありリオンのような自動車より体が軽いからか平気そうであった。
「リオンさん、私とゆっくり歩きましょうか」
そう言ってティーが歩く速さを落としリオンの隣に並ぶ。それに面食らったようにリオンがどぎまぎした顔をした。
どうやらティーは遠出をすると大胆になるタイプのようだ。普段とは違い距離を詰めてくる彼女にリオンはたじたじになってしまっている。意外と初心なリオンを楽しげに見ながら朝陽はふと
(雨音さんは大丈夫だろうか)と思った。振り返ると彼女との間に少し距離が空いてしまっていることに気づき、朝陽が足を止めた。
雨音も疲れているようで、おぼつかない足取りでゆっくりこちらに歩いてきている。それに歩幅を合わせるようにファイがつかず離れず雨音のすぐ後ろを歩いている。それに気づいて朝陽が微笑んだ。
「すみません、お待たせしました」
朝陽に追いついた雨音が恥ずかしそうに言う。
「いえ、大丈夫ですよ」
そう言ってファイの隣に並んだ。隣に立った朝陽を見てファイが嫌そうな顔をした。
「なんだよ」
そう言って横目で睨むファイに朝陽が臆せず微笑む。
「雨音さんを気遣ってゆっくり歩いていたのか?」
「違えよ。……追い越せなかったから後ろをついていっていただけだ」
そう素っ気なく言うが、その顔は少し赤くなっている。
(本当に素直じゃないやつだな)と朝陽は内心笑みをもらしつつ、先を歩く雨音たちを見た。
蹴上インクラインに入ると、リオンとティーは目を丸くした。
「朝陽さん!ここ、電車の走る場所ですよ!」
地面に敷かれたレールを見てティーが慌てる。リオンはすぐにでも電車が来るのではないかとそわそわしている。心配そうな二人を見て朝陽が笑った。
「ここはもう使われていない線路なんだよ。だから電車は来ない。安心しろよ」
そう言うと二人は胸をなでおろした。そして線路の上で写真を撮ったり雲一つない青空を見上げたりしている人々を見た。
「ここも秋になったら綺麗だろうな」
紅葉は永観堂ほどではないかもしれないが、線路跡もあることから独特な雰囲気を味わえることだろう。
「蹴上インクラインは春に来ても綺麗なんですよ」と写真を撮っていた雨音が振り返った。
「これ、見てください」と携帯電話を取り出す。その待ち受けはどこまでも続く線路とそれに沿うように並ぶ桜並木の写真だった。
「以前祖母と一緒に来たときに撮った写真です。綺麗でしょう?」
「本当ですね」
朝陽は目を見張る。
「今度はぜひ春にでもリオンさんとティーさんと一緒に来てください。……私も出来ればファイと一緒に来ますから」
そう言ってちらりとファイの方を見やる。ファイはレールの上に乗り、思い思いにインクラインを楽しむ人々を眺めていた。
「ファイが私と一緒に来たいと言ってくれるなら、ですけど」
そう付け加える雨音に朝陽が話しかける。
「きっと来てくれますよ」
その言葉に雨音は振り向くと柔らかく微笑んだ。
「……そうですね」
「ガイドブックで見たのよりおしゃれだな」
お寺の中のはずなのに目の前にあるのはどこか西洋風の水路であるというギャップに朝陽は惹きつけられていた。
「水が上を走っているんですか?」と橋の下を横切る川しか見たことのないティーにはこの水路が不思議でたまらないようだ。
「ああ。見に行ってみるか?」
ティーがわくわくしたように頷く。リオンも頷いたのを見て歩き出そうとした朝陽が足を止めた。
雨音が水路の柱に開いた穴の向こうにいるファイを写真で撮っていた。覗きこめば、穴によってファイとその後ろの風景が絵画のように切り取られ、芸術的な写真になっているのが見えた。
「雨音さん、写真を撮るのがお上手ですね」
朝陽が感心したように後ろから声をかける。雨音が恥ずかしそうにカメラを下ろし、振り向いた。
「そんな、私なんて全然ですよ!」
「とても雰囲気よく撮れていましたよ。この柱の穴から向こうにいる人を撮ると、こんなにおしゃれな写真が撮れるのですね」
朝陽の言葉に少し顔を赤らめた雨音が口を開く。
「ここは写真スポットなんです。ほら、皆さん写真を撮っているでしょう?」
雨音の言葉にあたりを見回せば、確かにあちこちで写真を撮っている人達が目に入ってきた。カップルだったり女子高生だったりがいかに良い写真が撮れるかと相談したり思い思いにポーズをとったりしているのが見える。
「なるほど……」
朝陽は指を顎に当てて考え込むと、坂を登っていこうとしているリオンとティーを手招きした。
不思議そうに戻ってくる二人に穴の向こうに立つように言う。携帯電話を構え、リオンとティーが隣に並んで穴の中に収まったのを確認すると、シャッターを切った。
(なるほど、確かにいい写真に見える)
朝陽は写真を撮るときのテクニックなど何一つ知らないが、それでも雰囲気よく見えるのだから、ここの水路は中々の写真スポットだ。
「リオン、ティー。見てみろ。結構おしゃれな写真が撮れたぞ」
自慢したくなって二人を呼んで見せてみる。ティーが目を丸くしリオンがどうしてこのような写真になったのかと首をひねった。
「写真というのは面白いですね。まるで私たちがこの中に閉じ込められているみたいです」
写真になじみのない車であるからこその意見に朝陽は微笑むと「そうだな」と頷いた。
「リオンも撮ってみるか?」
「私でも撮れますか?」と怪訝そうに言うリオンに朝陽が頷く。
「ああ。ほら、これ持ってみろ」
そう言ってリオンに手渡す。ティーに穴の向こうに立つように言うと、朝陽はリオンの後ろに立ち、彼の腕を支えた。
「……」
ファイはポケットに手を突っ込み、青空を眺めながらぼうっと立っていた。どこか物憂げな表情の彼の写真を数枚撮ってから、スポットが空くのを待っている人に場所を譲ろうと雨音が声をかける。
「ファイ。……良かったら、上にある水路を見に行かない?」
ファイが視線を落とし、雨音を見つめる。何も言わず、そこから動くわけでもないファイの視線を受けて、雨音が気まずそうに視線をずらした。
「な、なに?」
ファイはいまだ雨音のことを見つめたまま口を開いた。
「……お前、どうして俺を担当車にしてくれたんだ?」
「え?」
唐突なファイの質問が理解できず、雨音が聞き返す。
「……いや、なんでもない」
質問に答える前にファイが首を振った。そして雨音の横を通り過ぎ、水路へと続く階段の方に向かう。
雨音は不思議に思いながらその後をついていった。
南禅寺から蹴上インクラインまで向かう道中、朝陽の息はとうとう上がってきていた。沖縄でもそうだったが、運動不足のせいか久しぶりに長距離を歩くと足に疲れが来る。
疲れて無口になってきた朝陽に、ずっと話しかけていたティーが首をひねった。
「……朝陽さん?もしかして、怒っていますか?」
「え?いや、怒ってないよ」
朝陽が首を振るとティーがほっとした顔をした。
「それなら良かったです。……いきなり喋らなくなったものですから、どうしたのかと思って」
そう心配そうに言うティーに朝陽が笑う。
「ちょっと疲れてしまってな。お前たちは平気か?」
ティーだけでなくすぐ後ろを歩いていたリオンにも話しかける。
「なんとか」とリオンが普段の丁寧語を崩して答える。どうやら彼の息も上がってきているようだった。
「あはは、車でもやっぱり人型だと疲れるんだな」と朝陽が笑う。それにつられてティーもくすくすと笑った。彼女はバイクでありリオンのような自動車より体が軽いからか平気そうであった。
「リオンさん、私とゆっくり歩きましょうか」
そう言ってティーが歩く速さを落としリオンの隣に並ぶ。それに面食らったようにリオンがどぎまぎした顔をした。
どうやらティーは遠出をすると大胆になるタイプのようだ。普段とは違い距離を詰めてくる彼女にリオンはたじたじになってしまっている。意外と初心なリオンを楽しげに見ながら朝陽はふと
(雨音さんは大丈夫だろうか)と思った。振り返ると彼女との間に少し距離が空いてしまっていることに気づき、朝陽が足を止めた。
雨音も疲れているようで、おぼつかない足取りでゆっくりこちらに歩いてきている。それに歩幅を合わせるようにファイがつかず離れず雨音のすぐ後ろを歩いている。それに気づいて朝陽が微笑んだ。
「すみません、お待たせしました」
朝陽に追いついた雨音が恥ずかしそうに言う。
「いえ、大丈夫ですよ」
そう言ってファイの隣に並んだ。隣に立った朝陽を見てファイが嫌そうな顔をした。
「なんだよ」
そう言って横目で睨むファイに朝陽が臆せず微笑む。
「雨音さんを気遣ってゆっくり歩いていたのか?」
「違えよ。……追い越せなかったから後ろをついていっていただけだ」
そう素っ気なく言うが、その顔は少し赤くなっている。
(本当に素直じゃないやつだな)と朝陽は内心笑みをもらしつつ、先を歩く雨音たちを見た。
蹴上インクラインに入ると、リオンとティーは目を丸くした。
「朝陽さん!ここ、電車の走る場所ですよ!」
地面に敷かれたレールを見てティーが慌てる。リオンはすぐにでも電車が来るのではないかとそわそわしている。心配そうな二人を見て朝陽が笑った。
「ここはもう使われていない線路なんだよ。だから電車は来ない。安心しろよ」
そう言うと二人は胸をなでおろした。そして線路の上で写真を撮ったり雲一つない青空を見上げたりしている人々を見た。
「ここも秋になったら綺麗だろうな」
紅葉は永観堂ほどではないかもしれないが、線路跡もあることから独特な雰囲気を味わえることだろう。
「蹴上インクラインは春に来ても綺麗なんですよ」と写真を撮っていた雨音が振り返った。
「これ、見てください」と携帯電話を取り出す。その待ち受けはどこまでも続く線路とそれに沿うように並ぶ桜並木の写真だった。
「以前祖母と一緒に来たときに撮った写真です。綺麗でしょう?」
「本当ですね」
朝陽は目を見張る。
「今度はぜひ春にでもリオンさんとティーさんと一緒に来てください。……私も出来ればファイと一緒に来ますから」
そう言ってちらりとファイの方を見やる。ファイはレールの上に乗り、思い思いにインクラインを楽しむ人々を眺めていた。
「ファイが私と一緒に来たいと言ってくれるなら、ですけど」
そう付け加える雨音に朝陽が話しかける。
「きっと来てくれますよ」
その言葉に雨音は振り向くと柔らかく微笑んだ。
「……そうですね」
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