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ファイ

〈6〉

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銀閣寺近くの駐車場に車を止める。朝陽とティーと共に、今回はリオンも降りた。雨音もティーと同じ側の扉から降りると座席に座っているファイの方に向き直った。
「ねえ、ファイ。あなたも一緒においでよ」
雨音が優しく声をかける。先程の会話からファイに対する恐怖が少し消えたのか、彼女の表情からは緊張感が消えていた。
「……」
ファイは鬱陶しそうに雨音のことを見ていたが、自分以外の全員が降りていることに気まずさを感じたのか、観念したようにため息をつくと車を降りた。
「よし、じゃあゆっくり見て回りますか」
朝陽の言葉に雨音とティーが大きく頷いた。

銀閣寺まで歩いて行く途中、雨音が小声で朝陽に話しかけてきた。
「あの、朝陽さん。私はとにかくファイに色々と話しかければいいんですよね?」
雨音の言葉に朝陽は頷く。
「ええ。あなたが彼と仲良くなりたいと思っていれば、きっと彼も心を開いてくれるはずです」
朝陽の言葉に雨音は少し考え込むと
「分かりました、やってみます」と頷いた。
「ありがとうございます。私もできる限りサポートしますので」
朝陽がそう言い、人間たちよりも少し後ろを歩いている車たちの方を振り返った。
(俺も、できるだけリオンたちと一緒にいるようにしよう)
ファイに言われたことを若干気にしつつ、朝陽はリオンとティーに手を振った。ティーがそれに嬉しそうに手を振り返すのが見えた。
「朝陽、後ろばっかり見ずに、車に気をつけてくださいね」
リオンに言われ、朝陽は笑うと「分かった」と頷いた。

朝陽の隣を歩きながら、目の前にそびえる銀閣寺を興味深げにティーが身を乗り出して見る。人生で初めて見る銀閣寺に、朝陽だけではなくリオンまでもが目が釘付けになっていた。
ファイもつまらなさそうなふりをしつつ、ちらちらと建物の方を見ている。それに気づいて朝陽はこっそり笑みを浮かべた。
銀閣寺を出て哲学の道に入る。銀閣寺の時よりもわずかだか人が減り、息苦しさが減ったような気がしていた。朝陽はのんびりと歩きながらすぐ横を走る川を眺め、そのせせらぎを楽しんでいた。
「雨音さんは春のときにここに来たんですよね。桜は綺麗でしたか?」
すぐ側を歩いていたそう雨音に尋ねる。
「はい!まるでここら一体が桜のトンネルみたいになっていて、とても綺麗でした」
雨音がその時のことを思い出してうっとりと言う。彼女の言葉を聞いて
(秋もいいが春も一度行ってみたいな)と朝陽はその時が忙しくないよう祈りながら舞い落ちてくる葉を目で追った。
久しぶりの休日を自然に囲まれてのんびり過ごす朝陽たちを見ながら、車たちは三人で後ろを歩いていた。
ティーが興味深げにあちこちを見ながらリオンとファイにおいていかれないようぴょこぴょことついていく。彼女は少しファイのことが怖いようで、リオンを自分と彼の真ん中に挟むようにして歩いていた。当のファイはポケットに無造作に手を突っ込みながら川面を眺めていた。
「……なあ」
不意にファイがリオンに話しかけた。何の質問をされるのかとリオンが内心身構えつつ振り返る。
「なんです?」
「お前らはいつもこんなふうに運転手と出掛けているのか?」
予想外の質問に肩の力を抜きつつ「ええ」とリオンが頷く。
「私は普段あまりついていくことはありませんが、彼女はよく朝陽と一緒にスーパーに行ったり観光をしたりしています」
ファイに視線を向けられ、ティーが恥ずかしそうに目を伏せる。
「……ふうん」
ファイはティーから視線をずらすと抑揚なく相槌を打った。

「……あ」
不意に雨音が立ち止まり、交差点の角にあった一本の木を眺めた。そしてどこからか取り出した一眼レフカメラを構えた。
紅葉がきれいなわけでもない、誰もが見ても記憶に残らないであろう何の変哲もない木。それをわざわざ足を止めてまで写真を撮る雨音を朝陽が不思議そうに見た。
写真を撮りおわったのか、雨音が掲げていたカメラを降ろした。
「これ、桜の木なんです。春に来たときはすごく綺麗だったんですよ」
そう言って雨音が懐かしそうに笑う。
「この木の近くにある建物の二階にカフェがあって、春にそこから窓の外を見ると、まるで桜の木の中にいるみたいな気分になれるんです。一度祖母と一緒に行ってからその光景が目に焼き付いて忘れられなくて。……もう二度と祖母とは一緒に行けないんですけど」
そう言って、雨音が寂しそうに笑った。
春の面影が一切ない、一部の葉が赤くそまり、他の葉は全て地面に落ちてしまって寂しくなったその木を朝陽は見上げる。しかし、また春になれば美しい桜の花を咲かせ、人々を楽しませることだろう。
「今度は別の人と一緒にこの桜を見ようと思います」
雨音がそう自分を元気づけるように言った。
「……その時は、ぜひご一緒したいですね」
そう半分無意識に言ってから、雨音が驚いた顔をしたのに気づいて(変なことを口走ってしまった)と朝陽は気まずそうな顔をした。
どう言おうかと考えていると、雨音が優しく微笑んだ。
「ぜひお願いします」
そう言ってからちらりとファイの方を振り向いた。ファイは川面を眺めていた。

哲学の道を抜け、永観堂にたどり着く。敷地内に入る前から木の一部の葉だけが赤く染まっているのが見えた。雨音はまた首から下げていたカメラを構え、写真を撮った。
朝陽が楽しそうに一部の紅葉を見ながらリオンに話しかける。
「もう少したてば、ここら一帯の葉が全部燃えるように赤くなって綺麗なんだ。リオン、ガイドブックは見たか?綺麗だろう?」
リオンは手元のガイドブックを食い入るように見ながらこくりと頷いた。
彼は自分の体に降り積もってくる落ち葉があまり好きではなかったので、紅葉のこともよくは思っていなかった。車内で紅葉の話を楽しそうにする朝陽たちを見て人間は妙なものを好きになるものだと不思議に思ったほどだ。しかし、そのような疑問も吹っ飛ぶほどガイドブックの紅葉は目を奪われるほど美しいものだった。あまりアウトドア派でないリオンだが、今度は秋に来て本物の紅葉を見てみたいものだとさえ思った。
リオンと一緒にガイドブックを見ていたティーがふと顔を上げた。
「朝陽さん、どうして紅葉するんですか?」
そうティーに尋ねられ朝陽は首をひねる。
「さあなあ……。考えたこともなかったな」
今まで意識したことはなかったが尋ねられると気になるものだ。朝陽は携帯電話を取り出すとその理由について調べることにした。

ファイは次々と現れる見たことのないものたちに目を奪われていた。気怠そうな表情をしながらも、しきりに辺りを見回している。そんなファイを雨音が幼い子供を見るような優しい目で見つめた。その視線に気づき、ファイが気まずそうに顔を赤らめる。
「……なんだよ」
「ふふ、楽しんでくれているみたいでよかった、と思って」
そう笑うとファイが照れくさそうにそっぽをむいた。
「……お前、ぼうっとしてると轢かれるぞ」
そうぽつりと呟くようにファイが言う。先ほどから永観堂にはひっきりなしに大型のバスが出入りしていた。道の真ん中で突っ立ってカメラを構えているのは確かに危険だ。
「そうだね、気をつけるよ。ありがとう」
気にかけてくれたのが嬉しくて、雨音が微笑む。それを見てファイが今度は完全に彼女に背中を向けた。しかしその顔がかすかに赤くなっているのを朝陽は見逃さなかった。
途中でファイが姿を消してしまうのではないかと心配していたが、それは杞憂だったようだ。ファイは素直に喜びさえしないが、京都観光をなんだかんだ楽しんでいるらしい。
(しかも、あんな風に雨音さんを気遣うようなことを言うとはな……)
少し離れた所では紅葉が何故起きるかを学んだティーが、拾い上げた綺麗な形の紅葉をリオンに見せている。おそらく「綺麗ですね」と彼に話しかけているのだろう。それに同意を表すように頷くリオンを見て、朝陽は(あの二人も大分仲良くなったものだ)と微笑んだ。
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