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ファイ
〈5〉
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運転席のドアのすぐ隣に俯いて立っていた雨音が、朝陽に気づいて顔をあげた。
「雨音さん、お待たせしました」
そう言って頭を下げる。
「いえ、大丈夫です。……それで、どうなりましたか?」
朝陽は軽く息をつくと口を開いた。
「話してはみましたが……。彼の心を変えるのには中々時間がかかりそうです」
そう言うと「そうですか……」と雨音が残念そうに肩を落とした。
今まで通りであれば、車を借りて治療に専念するところだが、残念ながら朝陽は中型免許を持っていない。人型のファイだけ借りて一緒にどこかに出かけようかとも思ったが、朝陽に心を開いても仕方ない。今回大事なのは彼と雨音の間の距離を縮めることなのだ。
ファイの事故を起こそうとする行動は、彼に敬愛出来る運転手がおらず、寂しい思いをしていることから来ている。雨音に心を開けるようになったら、その問題は解決するはずなのだ。
朝陽は少し考えた後、思い切ったように雨音に声をかけた。
「雨音さん、今日この後も仕事があるのですよね?」
朝陽の言葉に雨音は頷く。
「はい。それが、どうしましたか?」
何を言いたいのかと不思議そうな顔をしている雨音を見ながら朝陽が口を開いた。
「少しの時間だけでいいので、私と一緒に京都に行きませんか?」
朝陽は無茶な提案をしていることを覚悟に、雨音にそう申し出た。それを聞いて雨音が目を丸くする。
「え……?」
朝陽は真剣な顔で続ける。
「とにかくあなたとファイの間の距離を縮めなければ何も解決しません。そのためには人間同士が仲良くなるときのように、一緒にどこかに行ったり近くにいたりすることが大切なのです。短い時間ですが彼と一緒に観光をすれば、少しは効果があるかもしれません」
雨音はその言葉に考え込んだ。難しい顔をしている彼女を見ながら朝陽は言葉を続ける。
「もし今日が難しいのでしたら、別の機会にでも……」
何かを考え込んでいた雨音が思い切ったように顔を上げた。
「いえ、今日で大丈夫です。けれど、三時にはここを出たいので、あまりゆっくり観光は出来ませんが、大丈夫ですか?」
その言葉にほっとしたような顔をして朝陽が頷く。
「ええ。すみません、無茶なことを言って。……私の方からあなたの会社に何か言った方がよろしいでしょうか?」
その言葉に雨音は首を振る。
「いえ、会社には内緒で行きます。……説明も難しいので」
そう言って困ったように笑う雨音に朝陽は(確かに)と苦笑いをした。車の修理と京都観光はどうやっても結びつけることは出来ないだろう。
「では、雨音さん。ファイでは移動がしにくいと思いますので私の車に乗っていたただけますか?勿論ファイも一緒に」
そう言うと雨音は自分を元気づけるように「はい!」と頷いた。それからファイの方を向いて
「あの、ファイ?」と声をかけた。
しかしうんともすんとも返事がない。
「えっと……ファイ?」と遠慮がちに声をかける雨音を見かねて朝陽が声をかけた。
「おい、ファイ。出てこい。遊びに行くぞ」
少し経ってから荷台に寄りかかるようにしてファイが音もなく現れた。突然現れたファイに雨音がびくりと体を震わせる。
「遊び?」とファイが怪訝そうな顔で朝陽を見る。
「ああ、京都に観光に行く。お前も来い」
ファイは面倒くさそうな顔で後頭部を掻いていたが、遊びという新しい概念に興味を持ったようで、おもむろに歩き出した。そのままリオンの所に向かって歩いて行く。
朝陽はそれに気づいてほっとすると、雨音の方を振り向いた。
「じゃあ行きましょうか、雨音さん」
雨音が「はい!」と意気込むように頷いた。
ファイと雨音と共に戻ってきた朝陽を見てリオンとティーが不思議そうな顔をする。
「これから、雨音さんたちも一緒に京都に行くことになった」
「雨音さんたちも一緒、ですか?」とティーが遠慮がちに尋ねる。
「ああ」
「彼の“修理”ですね」とリオンが朝陽が何かを言う前に口を開いた。
「よく分かっているな、リオン。そういうことだ」
ティーが納得したような顔をする。
「今回の目的は雨音さんとファイを仲良くさせることだ。だから二人には後部座席に並んで座って貰う。リオン、お前は助手席に乗ってくれ」
「分かりました」とリオンが頷いた。
それを見てから朝陽は雨音たちの方を振り向き、「じゃあ、行きましょうか」と微笑んだ。
「へえ~、じゃあティーさんはバイクの人型なんですね?」
雨音の言葉に「はい!」とティーが頷く。
雨音はすっかり車が人型になることを受け入れたようだった。もしかしたら元々車を生き物のように扱っていた雨音にとっては他の人よりも受け入れやすいことだったのかもしれない。
「ティーって可愛い名前ですね」と雨音に言われ、ティーが嬉しそうに頬を染めた。
高速道路を走る間にティーと雨音はすっかり仲良しになっていた。ティーに対する彼女の口調は朝陽に対しての余所余所しいものではなく、丁寧語ではあるがすっかり打ち解けていると分かるものだった。(親しい相手にはこんなにはきはきとしゃべれるのか)と朝陽は心の中で彼女の変化に驚いていた。
ティーと雨音が仲良く話している間、ファイは興味なさげに窓の外を眺めていた。
(中々話に参加してこないな)と朝陽はちらりとルームミラーで後部座席を確認して思う。最初の方に何度か雨音が勇気を出してファイに話しかけていたが、彼は素っ気ない返事をしてすぐに話を打ち切ってしまった。何度もそんなことが続くうちに雨音はしゅんとして、ファイに声をかけなくなってしまった。
ただでさえファイの容姿が引っ込み思案な雨音を話しかけづらくしていた。初めファイに「あ?」とにらまれたときにはすっかり萎縮してしまっていたほどだ。
(何か俺から話題を振ってみるか……)
そう思い口を開く。
「ファイ、他の車に乗るのはどんな気分だ?」
ファイはちらりと朝陽を見てから鼻で笑った。
「別になんとも思わねえよ」
その返事を聞いてリオンは心の中で(教習車を運転しているからだな)と考えた。
またそこで会話が切れる。車内に気まずい空気が流れたのを察した雨音が空気を変えようと口を開く。
「そういえば、リオンさん、でしたっけ?」
突然話を振られて、顔には出さないが少し驚いてリオンが目だけを後部座席に向ける。
「ええ。そうですが、それが何か?」
そう答えると雨音が顔を赤らめて言った。
「あなたのボディカラー、すごく綺麗ですね!乗るとき、思わず見とれてしまいました」
そううっとりしたように言われて、リオンは照れくさくなって前を向いた。
「雨音さんもそう思いましたか。私も最初にリオンを見たとき、思わずボディカラーに見とれてしまいましてね」
「やっぱりそうなんですね!私も車を買うならこれくらい綺麗な色の車がいいです」
褒めちぎられてリオンが気恥ずかしそうに居住まいを正したのと同時に
「……綺麗な色じゃなくて悪かったな」とぽつりと声がした。
はっとしたように雨音がその声の主の方を見る。朝陽も目だけをちらりとルームミラーにやった。
ファイは窓の方を向いていてどんな表情をしているか分からない。しかし、すねているだろうことを察した雨音は、彼が幼い子供のように見えて思わずくすりと微笑んだ。
「ファイはあのままで十分綺麗だよ。それに私、ファイの形をとても気に入っているの。だって、あの形のおかげで荷物がたくさん積めるんだもの」
ファイはその言葉に何も答えなかった。朝陽は車線変更のウィンカーを出しながら
(車も嫉妬するんだな)と思って笑みをこぼした。
「そういえば朝陽さん。京都でどこを見に行く予定なんですか?」
雨音に聞かれ朝陽はリオンが持っているガイドブックをちらりと見る。
「銀閣寺から哲学の道を通って、永観堂と南禅寺を見て、最終的に蹴上インクラインまで行こうと思っています」
朝陽の言葉に雨音は目を瞑ってイメージしたあと、「いいですね!」と微笑んだ。
「私、蹴上インクラインの雰囲気とても好きなんです!以前春に行ったんですけど、桜がとても綺麗で……。今は、紅葉にはちょっと早いですかね?」
雨音の言葉に朝陽が頷く。
「そうですね。今度は紅葉の季節にリオンたちを京都に連れて行ってやりたいと思います」と朝陽が頷く。
リオンは二人の話を聞きながら、膝の上にあるガイドブックの表紙にかかれた文字を眺めていた。
「雨音さん、お待たせしました」
そう言って頭を下げる。
「いえ、大丈夫です。……それで、どうなりましたか?」
朝陽は軽く息をつくと口を開いた。
「話してはみましたが……。彼の心を変えるのには中々時間がかかりそうです」
そう言うと「そうですか……」と雨音が残念そうに肩を落とした。
今まで通りであれば、車を借りて治療に専念するところだが、残念ながら朝陽は中型免許を持っていない。人型のファイだけ借りて一緒にどこかに出かけようかとも思ったが、朝陽に心を開いても仕方ない。今回大事なのは彼と雨音の間の距離を縮めることなのだ。
ファイの事故を起こそうとする行動は、彼に敬愛出来る運転手がおらず、寂しい思いをしていることから来ている。雨音に心を開けるようになったら、その問題は解決するはずなのだ。
朝陽は少し考えた後、思い切ったように雨音に声をかけた。
「雨音さん、今日この後も仕事があるのですよね?」
朝陽の言葉に雨音は頷く。
「はい。それが、どうしましたか?」
何を言いたいのかと不思議そうな顔をしている雨音を見ながら朝陽が口を開いた。
「少しの時間だけでいいので、私と一緒に京都に行きませんか?」
朝陽は無茶な提案をしていることを覚悟に、雨音にそう申し出た。それを聞いて雨音が目を丸くする。
「え……?」
朝陽は真剣な顔で続ける。
「とにかくあなたとファイの間の距離を縮めなければ何も解決しません。そのためには人間同士が仲良くなるときのように、一緒にどこかに行ったり近くにいたりすることが大切なのです。短い時間ですが彼と一緒に観光をすれば、少しは効果があるかもしれません」
雨音はその言葉に考え込んだ。難しい顔をしている彼女を見ながら朝陽は言葉を続ける。
「もし今日が難しいのでしたら、別の機会にでも……」
何かを考え込んでいた雨音が思い切ったように顔を上げた。
「いえ、今日で大丈夫です。けれど、三時にはここを出たいので、あまりゆっくり観光は出来ませんが、大丈夫ですか?」
その言葉にほっとしたような顔をして朝陽が頷く。
「ええ。すみません、無茶なことを言って。……私の方からあなたの会社に何か言った方がよろしいでしょうか?」
その言葉に雨音は首を振る。
「いえ、会社には内緒で行きます。……説明も難しいので」
そう言って困ったように笑う雨音に朝陽は(確かに)と苦笑いをした。車の修理と京都観光はどうやっても結びつけることは出来ないだろう。
「では、雨音さん。ファイでは移動がしにくいと思いますので私の車に乗っていたただけますか?勿論ファイも一緒に」
そう言うと雨音は自分を元気づけるように「はい!」と頷いた。それからファイの方を向いて
「あの、ファイ?」と声をかけた。
しかしうんともすんとも返事がない。
「えっと……ファイ?」と遠慮がちに声をかける雨音を見かねて朝陽が声をかけた。
「おい、ファイ。出てこい。遊びに行くぞ」
少し経ってから荷台に寄りかかるようにしてファイが音もなく現れた。突然現れたファイに雨音がびくりと体を震わせる。
「遊び?」とファイが怪訝そうな顔で朝陽を見る。
「ああ、京都に観光に行く。お前も来い」
ファイは面倒くさそうな顔で後頭部を掻いていたが、遊びという新しい概念に興味を持ったようで、おもむろに歩き出した。そのままリオンの所に向かって歩いて行く。
朝陽はそれに気づいてほっとすると、雨音の方を振り向いた。
「じゃあ行きましょうか、雨音さん」
雨音が「はい!」と意気込むように頷いた。
ファイと雨音と共に戻ってきた朝陽を見てリオンとティーが不思議そうな顔をする。
「これから、雨音さんたちも一緒に京都に行くことになった」
「雨音さんたちも一緒、ですか?」とティーが遠慮がちに尋ねる。
「ああ」
「彼の“修理”ですね」とリオンが朝陽が何かを言う前に口を開いた。
「よく分かっているな、リオン。そういうことだ」
ティーが納得したような顔をする。
「今回の目的は雨音さんとファイを仲良くさせることだ。だから二人には後部座席に並んで座って貰う。リオン、お前は助手席に乗ってくれ」
「分かりました」とリオンが頷いた。
それを見てから朝陽は雨音たちの方を振り向き、「じゃあ、行きましょうか」と微笑んだ。
「へえ~、じゃあティーさんはバイクの人型なんですね?」
雨音の言葉に「はい!」とティーが頷く。
雨音はすっかり車が人型になることを受け入れたようだった。もしかしたら元々車を生き物のように扱っていた雨音にとっては他の人よりも受け入れやすいことだったのかもしれない。
「ティーって可愛い名前ですね」と雨音に言われ、ティーが嬉しそうに頬を染めた。
高速道路を走る間にティーと雨音はすっかり仲良しになっていた。ティーに対する彼女の口調は朝陽に対しての余所余所しいものではなく、丁寧語ではあるがすっかり打ち解けていると分かるものだった。(親しい相手にはこんなにはきはきとしゃべれるのか)と朝陽は心の中で彼女の変化に驚いていた。
ティーと雨音が仲良く話している間、ファイは興味なさげに窓の外を眺めていた。
(中々話に参加してこないな)と朝陽はちらりとルームミラーで後部座席を確認して思う。最初の方に何度か雨音が勇気を出してファイに話しかけていたが、彼は素っ気ない返事をしてすぐに話を打ち切ってしまった。何度もそんなことが続くうちに雨音はしゅんとして、ファイに声をかけなくなってしまった。
ただでさえファイの容姿が引っ込み思案な雨音を話しかけづらくしていた。初めファイに「あ?」とにらまれたときにはすっかり萎縮してしまっていたほどだ。
(何か俺から話題を振ってみるか……)
そう思い口を開く。
「ファイ、他の車に乗るのはどんな気分だ?」
ファイはちらりと朝陽を見てから鼻で笑った。
「別になんとも思わねえよ」
その返事を聞いてリオンは心の中で(教習車を運転しているからだな)と考えた。
またそこで会話が切れる。車内に気まずい空気が流れたのを察した雨音が空気を変えようと口を開く。
「そういえば、リオンさん、でしたっけ?」
突然話を振られて、顔には出さないが少し驚いてリオンが目だけを後部座席に向ける。
「ええ。そうですが、それが何か?」
そう答えると雨音が顔を赤らめて言った。
「あなたのボディカラー、すごく綺麗ですね!乗るとき、思わず見とれてしまいました」
そううっとりしたように言われて、リオンは照れくさくなって前を向いた。
「雨音さんもそう思いましたか。私も最初にリオンを見たとき、思わずボディカラーに見とれてしまいましてね」
「やっぱりそうなんですね!私も車を買うならこれくらい綺麗な色の車がいいです」
褒めちぎられてリオンが気恥ずかしそうに居住まいを正したのと同時に
「……綺麗な色じゃなくて悪かったな」とぽつりと声がした。
はっとしたように雨音がその声の主の方を見る。朝陽も目だけをちらりとルームミラーにやった。
ファイは窓の方を向いていてどんな表情をしているか分からない。しかし、すねているだろうことを察した雨音は、彼が幼い子供のように見えて思わずくすりと微笑んだ。
「ファイはあのままで十分綺麗だよ。それに私、ファイの形をとても気に入っているの。だって、あの形のおかげで荷物がたくさん積めるんだもの」
ファイはその言葉に何も答えなかった。朝陽は車線変更のウィンカーを出しながら
(車も嫉妬するんだな)と思って笑みをこぼした。
「そういえば朝陽さん。京都でどこを見に行く予定なんですか?」
雨音に聞かれ朝陽はリオンが持っているガイドブックをちらりと見る。
「銀閣寺から哲学の道を通って、永観堂と南禅寺を見て、最終的に蹴上インクラインまで行こうと思っています」
朝陽の言葉に雨音は目を瞑ってイメージしたあと、「いいですね!」と微笑んだ。
「私、蹴上インクラインの雰囲気とても好きなんです!以前春に行ったんですけど、桜がとても綺麗で……。今は、紅葉にはちょっと早いですかね?」
雨音の言葉に朝陽が頷く。
「そうですね。今度は紅葉の季節にリオンたちを京都に連れて行ってやりたいと思います」と朝陽が頷く。
リオンは二人の話を聞きながら、膝の上にあるガイドブックの表紙にかかれた文字を眺めていた。
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