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ファイ

〈1〉

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「朝陽、もう少しでサービスエリアに到着します」
リオンがカーナビを眺めながらそう言った。それを聞いて朝陽が頷く。
「おう。じゃあ、一回ここで休憩するか」
朝陽の言葉に「はい!」と後部座席のティーがいい返事をした。
シルバーウィークと呼ばれるこの時期に、朝陽たちは京都に向かって車を走らせていた。久しぶりに走る高速道路を朝陽は少しの興奮と緊張感を持って運転していた。
朝陽たちが休憩することにしたそのサービスエリアは比較的大きく、施設内には飲食店や土産屋などが充実しているためか、広い駐車場には多くの車が停まっていた。
琵琶湖が見えるところに車を停車させ、朝陽は外に出ると大きく伸びをする。そして腕時計をちらりと見た。
「ふう、そこそこの時間走ったな」
目的地まで直接行ってしまっても良かったのだが、ここのサービスエリアからは琵琶湖が見えるので寄りたかったのだ。
朝陽は同じ姿勢をして凝り固まった体を、腕や首を回すなどしてほぐすと、リオンたちの方に振り返った。
「せっかくだからちょっと店を見てくることにするよ。お前たちも来るか?」
ティーがこくりと頷き、外に出る。リオンは朝陽に視線を向けられると首を振った。
(全く、相変わらずつれないやつだな)
朝陽は少し残念そうな顔をしたあと、
「そうか。まあ、琵琶湖は見えるし、ここからの景色でも楽しんでいろよ」と琵琶湖の方を振りむいた。
朝陽の言葉に「そうですね」とリオンが頷く。朝陽はティーが隣に並んだのを見計らうと一緒に店の方に向かって歩き出した。

誰もいなくなった車内で、リオンはカーナビを動かし、琵琶湖周辺の地図を見ていた。こう見ると琵琶湖はかなり大きな湖であることが分かり、リオンは少々興味が湧いたように窓の外を眺める。
(……ちょっと近くで見てみようか)
そう思い鍵を開け外に出ると、再び施錠し車が来ないか確かめてからデッキの方に向かった。
人々がしているように手すりに手をかけ、湖を眺める。爽やかな風がリオンの青い髪をさらさらと撫でていった。
実物を見ると、湖ではなく海だと本気で錯覚してしまいそうなほど琵琶湖は広かった。リオンは目を見張って目の前の広大な湖を見つめた。
(こんなに広い湖があるとは……)
あのまま福岡でレンタカーをしていたら一生見ることの出来なかった景色だ。そう考えると、交通規則を守りながら色々なところに連れ出してくれる朝陽は、リオンにとって非常にありがたい存在だった。
(朝陽には感謝しなければ)
そう思い、珍しく一人でいることにさみしさを感じたリオンは、自分も朝陽の側に行こうと店の方に体の向きを変えて歩き出した。
「楽しそうだな」
「……?」
ふと、誰かに声をかけられる。声がした方に顔を向ければ、髪を肩につくくらいまで伸ばし一部の髪を後ろで結んだ銀髪の男が、ポケットに無造作に手を入れた状態で立っていた。その男はリオンを自虐の籠もった瞳で見ていた。
「大好きなご主人様と一緒におでかけか。いいねえ」
チクチクと刺さるような言葉にリオンが顔をしかめる。
彼の左の頬には自動車会社のエンブレム。首筋に車種、左腕にナンバープレートが記載された腕章。男は車の人型であるようだった。
「あなたは?」
リオンがいささか警戒して尋ねる。
「俺か?俺はそこに停まっているトラックだよ」
そう言って男が顎でしゃくる。その方向を振り返れば荷物を運ぶための中型トラックが停まっているのが見えた。
「……」
リオンは先程までのゆったりした気分とは打って変わってピリリとした緊張感をもって男を見つめる。
そんなリオンのことを上から下まで眺めて男は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「特に不自由せずに育ったいいとこのお坊っちゃんって感じだな。せいぜいご主人様と仲良くするんだな」
そう棘のある言い方で言われ、リオンは顔をしかめると男の横を通り過ぎ、早々にその場を立ち去った。

(さっきの車は一体何だったのだろう)
リオンは早歩きで店の方に歩きながら先程の男のことを考えていた。
(初対面だというのに随分と喧嘩腰だったが……)
人間と同じように車にも様々な性格がある。それはリオンやティー、スイを見れば明らかである。先ほどの男は少々性格に難がある車なのだろう。しかし、リオンは彼が喧嘩腰であったのには性格以外にも何か事情があるような気がしていた。
その証拠に彼は人型で姿を現わしていた。朝陽の理論で言えば彼もかなり自我が確立されているということだ。ということは、リオンのような訳ありな中古車か、はたまたティーのような事故車か……。
「……」
いろいろなことを考えたが答えは一向に出そうになかった。
店内に入ると明るい音楽や料理の匂いがリオンを取り巻いた。
せっかく遠出をしているのだ。もう会わないだろう彼のことで頭を悩ませていてはもったいない。リオンは胸にわだかまったもやもやを吹き飛ばすように首を振ったあと、店内で朝陽の姿を探した。

お土産を探しつつ半分冷やかしで店内を回っていた朝陽の目が、給水ポットに止まった。どうやらここで温かいお茶が飲めるようだ。
コーヒーを持ってきてはいるが、せっかくあるのだからいただこうと備え付けの紙コップに手を伸ばした。
ほわほわと湯気を上げる薄い緑色のお茶を見て気分がやわらぐのが分かる。辺りを見回してティーの姿を探せば、彼女は赤福の箱を食い入るように見つめていた。
(お土産は赤福でもいいな)と思いながらコップに口づける。しかし、予想以上に熱く朝陽は小さな声を上げながらすぐに唇を離した。
しばらくは飲めそうにない。とりあえず冷めるまで待とうと、お茶の暖かみを手で感じながら息抜きをしている朝陽の隣に女性が立った。
作業服を身につけたその女性は疲れたようにため息をつきながらお茶を入れていた。眼鏡は汚れ、そばかすだらけの顔にはうっすらと隈が浮かんでいるように見える。
(なんだか知らないが大変そうだな)と朝陽がぼんやりと彼女を眺めていると、お茶を入れ終わった女性が朝陽の方に振り向いた。そして、こちらにふらふらと歩いてくる途中で朝陽にぶつかった。
「!」
ぶつかった際に朝陽が持っていたコップからお茶がこぼれ、朝陽の手にかかる。
「あ、ごめんなさい!」
焦ったようにその女性が頭を下げる。その拍子に彼女の手にあったコップからもお茶がこぼれ、床を濡らした。
「わわ、どうしよう!もー、何やってるの、私の馬鹿!」
さらに女性が慌てたように自分自身に怒る。
(このままではさらにやっかいなことになりそうだな)と朝陽は潔く思うと
「私のことは大丈夫ですから、とりあえず落ち着いてください」と声をかけた。
彼女がぱっと顔を上げる。朝陽と目が合うと恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
「す、すみません……。私、おっちょこちょいで……」
そう言って恥ずかしそうに俯く女性がなんだか幼く見えて、朝陽は思わずやさしく声をかけた。
「お湯が手にかかってないですか?」
「あ、はい。私は大丈夫です。そうだ、あなたは……?」
そう言って女性が心配そうに朝陽の右手を見る。彼の右手は袖口まで濡れていた。
それを見て女性が顔を真っ青にする。
「す、すみません!今拭きますね!」
慌てて女性がハンカチを取り出し、朝陽の手を拭く。朝陽は何も言えぬまま女性のするがままになっていた。
「火傷はしていませんか?」
袖に広がったお茶の染みを必死にとんとんと叩きながら彼女が朝陽を気遣うように尋ねる。
かかった時に一瞬は熱さを感じたものの、手にかかったお茶はすっかり冷めていた。朝陽は彼女を安心させるように口を開く。
「私のお茶は大分冷めていましたから大丈夫ですよ。それより、あなたの方こそ、手にお茶がかかっていませんか?」
そう尋ねると女性は顔を赤くして笑った。
「私のほうは大丈夫です!手にはかからなかったので……」
朝陽と女性の問答を聞きつけて、何があったのだろうとティーが近くに寄ってくる。そして焦っている女性と朝陽を見比べて不安そうな顔をした。
朝陽はティーを手招きすると、安心させるように頭を撫でた。そして、まだ染みをとろうと奮闘している女性に声をかけた。
「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
そう言って手を引っ込めると、女性が深々と頭を下げた。
「本当にすみませんでした」
そう言って顔をあげた女性の顔を見る。明らかに疲れている彼女が気になって、思わず朝陽は声をかけた。
「なんだかお疲れのようですね。ここまで随分と長旅だったんですか?」
そう尋ねられて女性は困ったように笑った。
「ええ、まあ……。……車が変な挙動をするので、それの制御に苦労して、余計に疲れちゃったみたいです」
その言葉に朝陽が怪訝な顔をした。
「車が変な挙動を?」
なごやかな休日モードから仕事モードに切り替わった朝陽に気づいて、ティーが顔を上げる。
「はい。……あはは、そんなことをあなたに言っても仕方ありませんよね」
そう恥ずかしそうに笑う女性に朝陽が首を振った。
「いえ。その話、もっと聞かせていただけませんか?」
思いがけなくくいついてきた朝陽に女性は目を丸くした。
思わず身を乗り出してしまったことに気づいた朝陽は、照れくさそうに笑うと、
「すみません。私、こういうものでして……」と財布から名刺を取り出した。
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