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ある晴れた日のこと

〈2〉

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自分の前に立った男を見て、リオンは怪訝そうな顔をした。そして背もたれに預けていた体をゆっくりと起こした。
「すみません。少し聞きたいことが」
爽やかな笑顔で笑うスイを警戒しながら窓から顔を出し、「なんですか」と尋ねる。
「四日前の午後十一時くらいに、この道路を通っていった車について何か覚えていることはありませんか?」
リオンはスイの言葉に首をかしげる。何故そんなことを聞くのだろうと怪訝に思いながらも腕を組み、記憶を呼び起こした。
(四日前……)
何かあっただろうかと考えて、何やら忙しそうに通りすぎていった車のことを思い出した。
「そういえば、かなり速度を出して通りすぎていった車がいましたね」
その車が規制速度を大幅に無視していて、思わず顔をしかめたことまでを思い出しながらリオンはスイに当時の状況を伝えた。
それを聞いてスイはほっとした顔をした。
「その車、この先の十字路をどちらに行ったか分かりますか?」
そう尋ねられて首を振る。目の前の道路を通りすぎていったのは分かっているが、そのあとどちらに曲がったかまでは分からない。
スイはそんなリオンを見て、「そうですか……」とがっかりしたように肩を落とした。住宅街のように分かれ道が多いところだと車を追うのも中々楽ではない。
(また探し直しか)とため息をついたスイを不思議そうな顔でリオンが眺める。その時がちゃりと玄関の扉が開いて、朝陽が現れた。
「おい、リオン。車のなかにトイレットペーパーが残ってないか?」
リオンが振り返るのと同時にスイがはっとして顔を上げた。
門から顔を出した朝陽が、スイを見て目を丸くした。
「ん?お前、あのときのパトカーじゃないか」
スイが制帽を取り、軽くお辞儀をする。
「こんにちは」
スイの方にゆっくり歩いてきながら朝陽が意味ありげに笑った。
「この前、お前の相棒に会ったばかりだったからびっくりしたよ」
「愛昼にですか?一体どこで?」とスイが目を丸くする。朝陽と愛昼の二人が会いそうな場所などスイには検討もつかなかった。
「俺が通っている自動車学校で偶然会ったんだ。……それはそうと、今日は一体どうしたんだ?」
そう朝陽が尋ねる。何が起きているのか気になったのか、ティーが朝陽の隣に走り寄ってきた。そして、スイを見つけてぱっと顔を明るくした。
「あ、スイさん!」
嬉しそうな顔をするティーを見て、スイが微笑む。リオンはよく分からないといった顔でスイと朝陽達の顔を見比べていた。そんなリオンのために、朝陽は軽く愛昼とスイのことを紹介した後、スイにここまでの経緯を話すよう促した。

「……そんなことがあったのか」
スイの話を聞いて、朝陽が低い声で呟いた。リオンが表情を曇らせ、ティーが悲しそうに目を伏せる。二人とも被害車の気持ちが痛いほどよく分かるようだった。
「ええ。被害車の話を聞いていたら、いてもたってもいられなくなってしまいまして」
スイが決まり悪そうに頭をかく。
「愛昼は他の事故の調査で忙しいので、私だけで加害者を見つけようと思ったんです」
「それで、目撃車を当たっているということか」
朝陽の言葉にスイが頷く。
「ええ。けれど、中々うまくいかないものですね。この辺りは分かれ道が多いので、加害車がどこに行ったかすぐに見失ってしまうのです」
困ったように笑うスイを見て、ティーが心配そうな顔をする。
「スイさん、あまり無理をしないでくださいね」
それを聞いてスイが嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ティー」
「リオン、お前は加害車を見かけたのか?」
朝陽の質問にリオンが頷く。
「けれど、この先の十字路をどちらに行ったかは分かりません」
リオンの言葉に朝陽は腕を組んだ。
「そうか……。まあ中々、難しいよな」
「ええ。たまに交差点の角に停まっている車もいるのですが、そういう車に限って覚えていなくて……」
そう言ってスイが困ったように笑った。
「それだったらドライブレコーダーを見たらどうだ?」
思いついたように朝陽に言われ、スイが残念そうな顔をする。
「ドライブレコーダーの操作が分からなくて……」
「なるほどな。まあ、操作が分かったとしても勝手に見るのはまずいしな。今のドライブレコーダーは車が停まっているときも動いているらしいから、捜査の助けになるのは間違いないんだが……」
朝陽がそう言って考え込んでから顔を上げた。
「もし車が覚えていなかったら、家の人に頼んでドライブレコーダーを見せてもらったらどうだ?お前、見た目は警察官そのものだから、頼んだら快く応じてもらえるかもしれないぞ」
朝陽の言葉になるほどとスイは納得する。そんなスイを見ながら朝陽が再び口を開いた。
「まあ、今は特にやることもないし、以前ティーのことで助けてもらった義理もあるしな。俺で良かったら捜査の手伝いをさせてもらうよ」
朝陽の言葉に「本当ですか?」とスイが嬉しそうに言う。
一人より二人のほうが捜査が効率的に進みそうだ。
「ただ、俺は警察じゃないから車にしか聞き込みは出来ないが……。それでもいいか?」
「勿論です」とスイが頷く。
「よし、じゃあ行くか。リオン、お前も手伝ってくれるよな?」
そう言って朝陽が振り返り、リオンを見る。その視線を受けてリオンがコクリと頷き、車の外に出た。
「わ、私もお手伝いします!」
そう意気込むティーにリオンが驚いたような顔をする。
「車に聞き込みに行くのですよ?あなた、車が怖いのではなかったのですか?」
図星をついたリオンの言葉にティーはしゅんとしたあと、
「でも、皆さんが頑張っているのに、私だけここで待っているなんて出来ません」と小さな声で言った。
うなだれたティーを見つめて朝陽が微笑んだ。
「じゃあ、ティーは俺と一緒に聞き込みするか。俺の近くにいたら少しは怖くないだろ?」
そう言うとティーはぱっと表情を明るくさせ、「はい!」と頷いた。それを見て朝陽はまた優しげな笑みを作った。
「よし。じゃあ四人で車に聞き込みに行くか」
「ええ」
スイは頷くと、頼もしい仲間達を前に微笑んだ。

捜査は中々一筋縄ではいかなかった。特に苦労したのはやはり分かれ道だった。
分かれ道に車があるときは覚えていればその車に聞いたり、事情を話してドライブレコーダーを運転手に見せてもらったりしたが、そもそも車がないときや、車が覚えておらずかつドライブレコーダーがない場所もあり、その場合だと朝陽とティー、リオン、スイの三組に別れてそれぞれの道に入り、再び車に聞いて目撃情報を探るしかなかった。
「ティー、大丈夫ですか?あまり無理をしてはいけませんよ」
スイが朝陽の腕をぎゅっと握っているティーをいたわるように話しかける。
「だ、大丈夫です!朝陽さんと一緒ですから……!」
そう言って気丈に振る舞うティーを見て、スイは
(協力してもらっている以上、なんとしてでも加害者を見つけなければ)と強く決意した。

日が傾き、辺りが茜色に染まる頃、苦労のかいがあり四人はなんとか加害者の居場所を割り出すことができた。
(車の目撃情報だけで加害者を見つけることが出来るとはな……。これからは路上で悪いことは出来ないな)
朝陽はあちこちにいる車の情報網に舌を巻きつつ額の汗を拭う。もう九月になったというのに、コンクリートのせいか辺りはまだ蒸し暑かった。
しゅんとしている加害車を見つめ、スイが息をつく。その車がドライブレコーダーや被害車から得た情報と合致しているし、加害車自身にも話を聞いたため、この家の人間が加害者であることは明白だった。加害車の話によると、二日前に修理されたらしく、ボンネットはすっかり元通りになっていた。
「さて、スイ。加害者はここの家人で間違いはないが、どうやってここまで辿り着いたことにするんだ?」
襟元をはだけさせ、手で仰いで風を送りながら朝陽が尋ねる。
「そうですね……。まさか『車の目撃情報をもとに来た』とは言えませんしね」
困ったようにスイが顎に手を添えて考え込む。
「答えが分かった状態からそこまでの道筋を考えるしかありませんね」
愛昼達が現場に残った塗料を保管しているはずだ。答えの分かった今なら、そのわずかな塗料から多少強引にでも加害車の特定ができるかもしれない。
「ここから先は私と愛昼で引き継ぎます。……必ず、ここまでたどり着いてみせますからご安心ください。皆さん、本当にご協力ありがとうございました」
そう言って頭を下げると「別にいいよ。頑張れよ」と朝陽が笑った。
「スイさんのお役に立てたなら良かったです!」
そう言って嬉しそうに笑うティーを優しげに見ながらスイが微笑んだ。

警察本部に戻って早速、スイは愛昼に加害者を見つけたことを報告した。
愛昼は驚いて目を丸くしたあと真剣な顔でスイの報告を聞いていた。
「スイ、色々と調べてくれてありがとう。助かったわ」
一通り聞いた後、愛昼がそう言って微笑んだ。
「じゃあ早速、もう一度塗料を調べてみるわ。特定出来次第、加害者のところに伺うことにしましょう」
彼女の表情が和らいだのを見て、スイは肩の荷が下りたようにほっと息をついた。
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