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お彼岸

〈2〉

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仕事を終えて倉庫の壁にもたれかかっていたシロは、こちらに歩いてくる何者かの足音に気づいて目だけをそちらに向けた。
「やあ、ファイ。お仕事お疲れ様」
アールと向かい合うように座り込んでいたエルが、そう言って人のいい笑みを見せる。
「よう」とファイがポケットに無造作に手を突っ込んだまま答えた。
「今回は仕事でそんなに遠くにはいかなかったみたいだな。また自動車学校の講習に専念出来そうで何よりだ」
アールの言葉にファイが「そのことなんだが……」と後頭部を掻いた。

「……ふうん、『車の声が聞こえる人間』に会ったんだ」
エルがファイの話にかすかに興味を持ったように呟いた。
「“あの人”以外にもそんな人間がいるなんて、初めて知ったよ」
そう笑みを見せて呟くエルの隣でアールは黙ったままファイの話の続きを待つ。
「それで、そいつに車が自動車学校に通っていることがばれたかもしれないと思ったから、そのことを知らせに今日はここに来たんだ」
ファイの言葉に「ふん、人間にばれるなんてどんくさいやつだな」と壁にもたれかかったままシロが鼻で笑った。ファイがシロをにらみつける。
目つきの悪い二人がにらみ合っているのを見ながらエルが口を開いた。
「そっか……。じゃあ、皆に車だってばれないように一層気をつけるよう伝えておかないと。ファイ、彼の名前はなんて言うの?」
「関朝陽って名前だ」とファイが答える。
ファイの言葉にぴくりとシロの耳が動いた。
「青髪の男と黒髪の女の姿をした人型の車を連れている。男の方はシロ、お前と会ったことがあるみたいだぜ」
ファイの言葉にシロは記憶の糸をたぐる。そして以前遊園地で会ったリオンのことを思い出した。
「ふうん、あいつの所有者か」
そうシロが気がないように言う。
「覚えていたんだな。朝陽は俺と同じく□□自動車学校に通っているらしい」
「よりにもよってあの自動車学校にか」とアールが抑揚のない声で呟いた。
「『車の声が聞こえる人間』か……」
エルが興味深げに考え込んだ。
「うまくすれば彼をこちらに引き込んで、仲間に出来るかもしれないね」
エルの呟いた言葉にシロが目を剥いた。
「正気か?人間を仲間にするなんて俺は絶対にごめんだ」
シロの苦虫を噛み潰したような顔を見て、エルが困ったように細い目をさらに細めた。
「まあまあ、シロ。目的達成のためなら使えるものはなんでも使っておくべきだと思わないかい?彼は車と話すことが出来る。車だけじゃなくて人間も“この活動”を推進してくれればもっと迅速にかつ円滑に計画が進みそうじゃない?」
「俺はエルに賛成だ」とアールが低い声で頷いた。シロはつまらなさそうな顔をしつつもエルとアールの二人が賛成したために仕方なさそうに頷いた。それを見届けてからエルがファイの方に顔を向ける。
「ファイ、情報をどうもありがとう。彼へのコンタクトは君がとれそう?」
「いや……」とファイが言葉を濁した。
「悪いが、最近新しい運転手が俺のことを離してくれなくてな。今もあいつの目を盗んで抜けてきたところなんだ。俺はしばらく自動車学校に行けそうにないから、早めに説得したいなら別の奴に頼んだ方がいい」
ファイがそう言ってどこか照れくさそうな顔をした。それを見てエルが頷く。
「そう、分かったよ。忙しいのにありがとう、ファイ」
エルの言葉を合図に用事がなくなったファイが背中を向けた。そして、音もなくその場から消え去った。

ファイがいなくなってから、シロがいらだたしそうに舌打ちをした。
「ふん、ついこの前まであんなにも新しい運転手のことを嫌っていたっていうのに、あっさり懐柔されやがって。情けない奴だ」
「それだけその関朝陽とやらのやり方が巧みだということだろう」とアールが言った。
「そうだね。これは、敵に回すと後々やっかいそうだ。……シロ」
エルの言葉にシロがちらりと目を向けた。
「ゆっくり彼と話をするなら“君の中”の方がいいね。説得をお願い出来ないかい?」
エルに頼まれシロは視線を倉庫の出口に向けた後「仕方ねえな」と呟いた。そして、帽子を目深く被った。
「関『朝陽』か……」
そう小さく呟いたシロにエルが首をかしげる。
「どうしたの?シロ。何か彼に思い当たることでもあるの?」
エルの言葉にシロが首を振った。
「いや、なんでもない。まあ、今度そいつを夜のドライブに誘ってくることにするよ」
そう言ったシロの翡翠のような瞳が妖しく光った。
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