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リュー
〈19〉
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老婦人の家に着き、磯部が玄関の方に歩いて行くのを朝陽は見送る。
車内に忘れ物がないか一通り確認した後、朝陽は磯部が女性と共に戻って来るのを待つことにした。
その間に朝陽はリューの前に立ち、お礼を言おうと声をかける。
「リュー、五日間世話になった」
リューは何も言わない。朝陽は続ける。
「あまり無理はするなよ。俺から、あの女性にお前を無理させないよう言っておくから」
やはり、リューは何も言わなかった。
「リュー?」
異変を感じて朝陽が話しかける。リューは黙り込んだまま返事もしない。
朝陽は急に不安になった。リューを揺さぶるようにボディーに手をついて呼び掛ける。
「おい、リュー!どうしたんだ?」
朝陽の大きな声を不審に思った磯部が「どうした、朝陽」と尋ねる。その後ろから女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「あ、いえ……」
朝陽が言葉を濁す。そしてリューの方に体を向けた。
「おい!しっかりしろよ!」
小声でそう呼びかけると、少し経ってからリューが苦しそうに口を開いた。
「おう、若僧か」
かすれた声に朝陽は目を見開く。
「まさか、お前……」
驚く朝陽にリューが自嘲するように笑った。
「はは、流石に限界が来たみたいだな」
弱々しい声のリューを見て朝陽は苦い顔をする。
「待っていろ、今すぐあの女性にお前を修理に出すよう頼んでくる」
そう言って走り出そうとする朝陽をリューが首を振って引き留めた。
「もういいんだよ。……なあ、若僧。あのババアに伝えてくれないか?」
朝陽が振り返り、真剣な顔をする。
「……何を伝えれば良い?」
朝陽が尋ねるとリューは少し黙ってから口を開いた。
「……『長生きしろよ』って。『こんなになるまで働いてやったんだ、早死にしたら許さねえ』ってさ」
「分かった」と朝陽は静かに頷いた。
そして状況の読めない顔をしている磯部を横目に女性の方に向かうと
「すみません、おかしなことを言うのは百も承知なのですが、あの車が……」と切り出した。
朝陽の言葉を遮って、女性が口を開いた。
「聞こえた」
「……え?」
女性の言葉に朝陽はぽかんとする。
女性はじっと朝陽を見つめている。
「聞こえた。あのオンボロ車が、今何か言ったんだろ?」
それを聞いて、朝陽は目をぱちくりさせた。
「まさかあなた、ずっと彼の声が聞こえていたんですか?」
朝陽が信じられないと言ったように尋ねると、女性が首を振る。
「いいや。あいつの声なんて今まで一度も聞いたことがなかったよ。でも、今は聞こえたんだ」
女性はそう言うと、驚いている朝陽の横を通り過ぎてリューの方へ歩いて行った。
そして、リューの前に立つと活を入れるように軽くボディーを叩いた。
「勝手に壊れてるんじゃないよ、このオンボロ車。あたしはあんたの命の恩人なんだ。あんたがいくら悲鳴をあげたとしても、あたしが満足するまではここにいてもらうからね」
リューは何も言わなかった。朝陽も磯部も黙って女性とリューを見ていた。
爽やかな風が吹いた。さとうきび畑がざわりと揺れた。
車内に忘れ物がないか一通り確認した後、朝陽は磯部が女性と共に戻って来るのを待つことにした。
その間に朝陽はリューの前に立ち、お礼を言おうと声をかける。
「リュー、五日間世話になった」
リューは何も言わない。朝陽は続ける。
「あまり無理はするなよ。俺から、あの女性にお前を無理させないよう言っておくから」
やはり、リューは何も言わなかった。
「リュー?」
異変を感じて朝陽が話しかける。リューは黙り込んだまま返事もしない。
朝陽は急に不安になった。リューを揺さぶるようにボディーに手をついて呼び掛ける。
「おい、リュー!どうしたんだ?」
朝陽の大きな声を不審に思った磯部が「どうした、朝陽」と尋ねる。その後ろから女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「あ、いえ……」
朝陽が言葉を濁す。そしてリューの方に体を向けた。
「おい!しっかりしろよ!」
小声でそう呼びかけると、少し経ってからリューが苦しそうに口を開いた。
「おう、若僧か」
かすれた声に朝陽は目を見開く。
「まさか、お前……」
驚く朝陽にリューが自嘲するように笑った。
「はは、流石に限界が来たみたいだな」
弱々しい声のリューを見て朝陽は苦い顔をする。
「待っていろ、今すぐあの女性にお前を修理に出すよう頼んでくる」
そう言って走り出そうとする朝陽をリューが首を振って引き留めた。
「もういいんだよ。……なあ、若僧。あのババアに伝えてくれないか?」
朝陽が振り返り、真剣な顔をする。
「……何を伝えれば良い?」
朝陽が尋ねるとリューは少し黙ってから口を開いた。
「……『長生きしろよ』って。『こんなになるまで働いてやったんだ、早死にしたら許さねえ』ってさ」
「分かった」と朝陽は静かに頷いた。
そして状況の読めない顔をしている磯部を横目に女性の方に向かうと
「すみません、おかしなことを言うのは百も承知なのですが、あの車が……」と切り出した。
朝陽の言葉を遮って、女性が口を開いた。
「聞こえた」
「……え?」
女性の言葉に朝陽はぽかんとする。
女性はじっと朝陽を見つめている。
「聞こえた。あのオンボロ車が、今何か言ったんだろ?」
それを聞いて、朝陽は目をぱちくりさせた。
「まさかあなた、ずっと彼の声が聞こえていたんですか?」
朝陽が信じられないと言ったように尋ねると、女性が首を振る。
「いいや。あいつの声なんて今まで一度も聞いたことがなかったよ。でも、今は聞こえたんだ」
女性はそう言うと、驚いている朝陽の横を通り過ぎてリューの方へ歩いて行った。
そして、リューの前に立つと活を入れるように軽くボディーを叩いた。
「勝手に壊れてるんじゃないよ、このオンボロ車。あたしはあんたの命の恩人なんだ。あんたがいくら悲鳴をあげたとしても、あたしが満足するまではここにいてもらうからね」
リューは何も言わなかった。朝陽も磯部も黙って女性とリューを見ていた。
爽やかな風が吹いた。さとうきび畑がざわりと揺れた。
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