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リュー
〈12〉
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伊良部島から下地島に渡る。見渡す限り畑の道をずんずん進むと、次第に人工物が見えてきた。
背の高いフェンスが右手に現れる。そのフェンスの向こう側が空港のようだ。
「ついたな。ここらへんで車を停めようぜ」
磯部の言葉に朝陽は頷くと駐車の措置をし、エンジンを切った。車から降りて潮の爽やかな匂いを肺一杯に吸い込む。
「もっと向こうに行くとさらに綺麗なんだ」
磯部はそう言い、朝陽を置いてさっさと歩き出した。磯部がわくわくしているのが背中から伝わってくる。
多くの車が海岸に沿って停まっていた。家族連れやカップルやらが感動の声をあげて海を眺めたり、写真を撮ったりしている。
海に落ちるぎりぎりのところに立って、朝陽は目を見開いた。
目の前に広がる海はまるでアクアマリンだ。いや、ターコイズかもしれない。サファイアと言う人もいるかもしれない。それらの宝石が熔けて混じりあったような海が惜しげもなくどこまでも広がっている。
空の青とも違う海の碧はくっきりと空と海の境界をつくっていた。透明度の高い水は水中を映し、所々に黒曜石のようなさんご礁が見えた。
どこか懐かしさを感じさせる海の音が、朝陽の心を落ち着かせた。足元のテトラポッドに穏やかな波が当たり、ちゃぷちゃぷと可愛らしい音がなった。
磯部が黙って朝陽の隣にあぐらを組んで座る。朝陽も腰を下ろして体操座りをした。
「ここ、いいだろ。俺と嫁のお気に入りなんだ」
磯部が海を見ながら爽やかに笑う。
「ええ。橋からの眺めも素晴らしかったですが、ここはさらに美しいですね」
朝陽はそう言ったあと、おもむろにポケットから携帯電話を取り出した。それを海に向けて構える。
元来、朝陽は写真というものをあまり好まない。どれだけ努力しても、写真に収めると言うことは、その風景の“何か”を切り落とすことになるからだ。どれだけその風景が美しくても、写真に撮ってしまうと風景の本当の美しさは失われてしまう。朝陽はそう考えていた。
しかし、この風景だけは写真に残しておきたかった。リオンとティーに見せてやりたかったからだ。
朝陽は自分の中で一番いい構図を考えるとシャッターを切った。そして撮ったものがぶれていないかを確かめてからポケットに携帯電話を戻した。
朝陽の一連の行動を見届けてから、磯部が口を開く。
「どうだ?少しは気分がよくなったか?」
「え?」
朝陽が不思議そうに磯部のほうを振り返る。
磯部が急に真剣な顔をした。
「お前、飛行機の中で暗い顔をしていたからな。何があったかは聞かないが、普段理性的なお前がそんな顔をしているなんてただ事じゃないと思ってな。俺なりに気分転換出来そうな所を考えて、あちこち回ってみたんだが」
朝陽は驚いた顔をして磯部を見た。
「……先輩、俺のことを気遣っていてくれていたんですか?」
朝陽の視線を受けて磯部がそっぽをむいて頭をかく。
「まあ、今回お前を無理矢理連れ出したのは俺だからな。だから、埋め合わせはしないといけないだろ?」
恥ずかしいのか、小さな声で磯部がそう言う。
(隠していたつもりだったけど、ばれてしまっていたんだな……)
磯部に気を遣わせて申し訳ないと朝陽は心からそう思う。しかし、心配していてくれたということを知って、胸の中に温かい気持ちが広がっているのもまた事実だった。
磯部がこんなことを言うのは初めてだった。そのため、朝陽は少し面食らってはいるが、嬉しさのあまり思わず微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「……おう」
朝陽の礼を聞いて磯部が照れ臭そうに頬をかいた。
宿に戻り冷房をきかせ、ベッドの上で寝転がって携帯電話をいじっている朝陽に、磯部が時計を見てから声をかけた。
「よし、そろそろ居酒屋に行くぞ」
朝陽は頷くとゆっくりと体を起こした。
繁華街を車の速度をおとして慎重に通過する。横に広がって歩いている歩行者や、予測できない動きをする歩行者がいるため、同じ距離を進むにしても普段よりも倍以上気疲れする。
なんとか居酒屋に一番近い駐車場を見つけて、磯部は車を止めた。
「店はここからすぐ近くにある。ガイドブックによると、地元の人もよく訪れる有名店みたいだぜ」
「へえ、地元の人にも愛されているんですか。いいですね」
つまり、その店では地元の人の口にあった本格的な沖縄料理が食べられるということだろう。朝陽はわくわくしながら磯部のあとをついていった。
背の高いフェンスが右手に現れる。そのフェンスの向こう側が空港のようだ。
「ついたな。ここらへんで車を停めようぜ」
磯部の言葉に朝陽は頷くと駐車の措置をし、エンジンを切った。車から降りて潮の爽やかな匂いを肺一杯に吸い込む。
「もっと向こうに行くとさらに綺麗なんだ」
磯部はそう言い、朝陽を置いてさっさと歩き出した。磯部がわくわくしているのが背中から伝わってくる。
多くの車が海岸に沿って停まっていた。家族連れやカップルやらが感動の声をあげて海を眺めたり、写真を撮ったりしている。
海に落ちるぎりぎりのところに立って、朝陽は目を見開いた。
目の前に広がる海はまるでアクアマリンだ。いや、ターコイズかもしれない。サファイアと言う人もいるかもしれない。それらの宝石が熔けて混じりあったような海が惜しげもなくどこまでも広がっている。
空の青とも違う海の碧はくっきりと空と海の境界をつくっていた。透明度の高い水は水中を映し、所々に黒曜石のようなさんご礁が見えた。
どこか懐かしさを感じさせる海の音が、朝陽の心を落ち着かせた。足元のテトラポッドに穏やかな波が当たり、ちゃぷちゃぷと可愛らしい音がなった。
磯部が黙って朝陽の隣にあぐらを組んで座る。朝陽も腰を下ろして体操座りをした。
「ここ、いいだろ。俺と嫁のお気に入りなんだ」
磯部が海を見ながら爽やかに笑う。
「ええ。橋からの眺めも素晴らしかったですが、ここはさらに美しいですね」
朝陽はそう言ったあと、おもむろにポケットから携帯電話を取り出した。それを海に向けて構える。
元来、朝陽は写真というものをあまり好まない。どれだけ努力しても、写真に収めると言うことは、その風景の“何か”を切り落とすことになるからだ。どれだけその風景が美しくても、写真に撮ってしまうと風景の本当の美しさは失われてしまう。朝陽はそう考えていた。
しかし、この風景だけは写真に残しておきたかった。リオンとティーに見せてやりたかったからだ。
朝陽は自分の中で一番いい構図を考えるとシャッターを切った。そして撮ったものがぶれていないかを確かめてからポケットに携帯電話を戻した。
朝陽の一連の行動を見届けてから、磯部が口を開く。
「どうだ?少しは気分がよくなったか?」
「え?」
朝陽が不思議そうに磯部のほうを振り返る。
磯部が急に真剣な顔をした。
「お前、飛行機の中で暗い顔をしていたからな。何があったかは聞かないが、普段理性的なお前がそんな顔をしているなんてただ事じゃないと思ってな。俺なりに気分転換出来そうな所を考えて、あちこち回ってみたんだが」
朝陽は驚いた顔をして磯部を見た。
「……先輩、俺のことを気遣っていてくれていたんですか?」
朝陽の視線を受けて磯部がそっぽをむいて頭をかく。
「まあ、今回お前を無理矢理連れ出したのは俺だからな。だから、埋め合わせはしないといけないだろ?」
恥ずかしいのか、小さな声で磯部がそう言う。
(隠していたつもりだったけど、ばれてしまっていたんだな……)
磯部に気を遣わせて申し訳ないと朝陽は心からそう思う。しかし、心配していてくれたということを知って、胸の中に温かい気持ちが広がっているのもまた事実だった。
磯部がこんなことを言うのは初めてだった。そのため、朝陽は少し面食らってはいるが、嬉しさのあまり思わず微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「……おう」
朝陽の礼を聞いて磯部が照れ臭そうに頬をかいた。
宿に戻り冷房をきかせ、ベッドの上で寝転がって携帯電話をいじっている朝陽に、磯部が時計を見てから声をかけた。
「よし、そろそろ居酒屋に行くぞ」
朝陽は頷くとゆっくりと体を起こした。
繁華街を車の速度をおとして慎重に通過する。横に広がって歩いている歩行者や、予測できない動きをする歩行者がいるため、同じ距離を進むにしても普段よりも倍以上気疲れする。
なんとか居酒屋に一番近い駐車場を見つけて、磯部は車を止めた。
「店はここからすぐ近くにある。ガイドブックによると、地元の人もよく訪れる有名店みたいだぜ」
「へえ、地元の人にも愛されているんですか。いいですね」
つまり、その店では地元の人の口にあった本格的な沖縄料理が食べられるということだろう。朝陽はわくわくしながら磯部のあとをついていった。
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