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リュー
〈7〉
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宿までの帰り道、磯部が眠り込んでいるのを確認してから朝陽はリューに話しかけた。
「それにしてもお前、なんでそんなにガタが来ているんだ?」
その質問につまらなさそうに
「もういつ壊れてもおかしくないからだよ」とリューが答えた。
「壊れてもおかしくないって……。一体何年使われているんだよ?」
聞きたかったことを尋ねると
「かれこれもう二十五年だな」とリューがこともなげに答えた。
朝陽は目を見開く。驚いた拍子に思わずブレーキペダルを強く踏み込んでしまった。
「おい、急ブレーキはやめろ。ちょっとのことでも体に響くんだよ」
苦しそうにリューに怒られ、朝陽が「すまない」と謝る。
二十五年も走っている車なんて今まで見たことがない。長いにしても常識の範疇を超えている。
「車ってそんなに長生き出来るのか?」
「気力さえありゃな。普通の車じゃ無理だよ。俺だから出来るんだ」
リューが少し威張ったように言った。
「所有者は何故買い換えなかったんだ……?」
朝陽がさも疑問そうに呟く。
確かにリューはまだ走れるとはいえ、乗り心地は非常に悪いし、恐らく燃費もよくないだろう。それにレンタカーとして貸し出すのなら、もう少しましな車を用意しておいて欲しいものだ。
そんなことを遠回しに言うと、
「車を買い換える金がないんだよ。あのババアに貯金がたくさんあるとは思えないし」
とリューが吐き捨てるように言った。
「俺がいなかったらあいつはとっくの昔に飢え死にしてるよ。俺が唯一の稼ぎ手なんだ。……まあ、あいつに死なれても困るから、仕方なくまだ動いてやってるのさ」
リューの言葉に「なるほど」と朝陽は頷いた。それから続けて
「あの人の家族はもういないのか?」と尋ねた。
「ああ。ジジイはとっくの昔に死んだよ。ババアの息子とその嫁とガキはどこか遠いところに行ったらしい。ホンシュウって所だ」
リューの言葉を聞き「そうなのか」と朝陽は相づちを打った。
どうやら老婦人の旦那が亡くなったあと、息子夫婦は沖縄を出て本州に引っ越してしまったらしい。そのため彼女は今、宮古島で一人暮らしをしているようだ。そしてレンタカーとしてリューを貸すことでなんとか生計をたてているのだろう。
昨日訪れた寂れた家を思い出し、朝陽は悲しい気分になった。
「じゃあ、お前が彼女の側にいる唯一の家族なんだな」
「家族じゃなくて奴隷と言った方が正しいけどな」
リューがそう言ってから深くため息をついた。
スーパーマーケットに寄ってから宿に帰ったときにも、まだ辺りは明るかった。夏とはいえ、本州より明らかに日が沈むのが遅い。
隣の部屋にも人が入ったようで、駐車場にレンタカーが停まっていた。その車と並ぶと、比べる気がなくてもリューの方がボロボロなのが一目瞭然だ。
リューもそれを分かっているようで、苦々しく隣の車を横目で見ていた。
「今日は沖縄そばを作ろうと思ってな」
台所に立ち、レジ袋から食材を取り出しながら磯部が言った。
「先輩が作るんですか?」と朝陽が驚いたように聞く。
「ああ。そんなに難しくないぜ。沖縄そばのスープも買ってあるしな」
「本場の沖縄そばは明日の居酒屋で食うから、楽しみにしておけよ」と磯部は笑った。そして食器棚から鍋を取り出した。
何か手伝おうと朝陽も腰をあげたとき、「おい!」と大きな声がした。
その声に一瞬びくりとした後、朝陽はなんだろうと辺りを見回す。
「先輩、今何か言いました?」
「いや?何も言ってないよ」
そう言って磯部が首を振る。
(じゃあ誰が……)と思ってはっとした。朝陽が玄関の方を振り向くと同時に
「おい!若僧!窓が開いてるぞ!」と怒声がした。
それを聞いて朝陽が弾かれたように玄関の方に走る。そしてサンダルをはき、外へ飛び出した。
サンダルはまだ乾いておらず、歩くたびにぐじゅぐじゅと音をたてた。踏むたびに足が濡れていくのが非常に気持ち悪い。
朝陽はその不快感に耐えながらリューの前まで進んだ。
「窓が開いてるぞ。閉めろ」
朝陽は黙って扉を開けると、全開だった助手席の窓を閉めた。
「全く、スコールでも来たらどうするつもりだったんだ。助手席がびしょびしょになるところだったぞ」
リューに叱られ、朝陽がしゅんとして頭をかく。
「そうだな、悪い。……でもお前、自分の窓くらい自分で閉められるんじゃないか」
そう言うと「無駄なエネルギーを使いたくないんだよ」とリューがきっぱり答えた。
(叫ぶことは無駄なエネルギーではないのか)と朝陽は心の中でつっこむ。しかし口に出すと面倒なことになると分かっていたので黙っておいた。
「それにしてもお前、なんでそんなにガタが来ているんだ?」
その質問につまらなさそうに
「もういつ壊れてもおかしくないからだよ」とリューが答えた。
「壊れてもおかしくないって……。一体何年使われているんだよ?」
聞きたかったことを尋ねると
「かれこれもう二十五年だな」とリューがこともなげに答えた。
朝陽は目を見開く。驚いた拍子に思わずブレーキペダルを強く踏み込んでしまった。
「おい、急ブレーキはやめろ。ちょっとのことでも体に響くんだよ」
苦しそうにリューに怒られ、朝陽が「すまない」と謝る。
二十五年も走っている車なんて今まで見たことがない。長いにしても常識の範疇を超えている。
「車ってそんなに長生き出来るのか?」
「気力さえありゃな。普通の車じゃ無理だよ。俺だから出来るんだ」
リューが少し威張ったように言った。
「所有者は何故買い換えなかったんだ……?」
朝陽がさも疑問そうに呟く。
確かにリューはまだ走れるとはいえ、乗り心地は非常に悪いし、恐らく燃費もよくないだろう。それにレンタカーとして貸し出すのなら、もう少しましな車を用意しておいて欲しいものだ。
そんなことを遠回しに言うと、
「車を買い換える金がないんだよ。あのババアに貯金がたくさんあるとは思えないし」
とリューが吐き捨てるように言った。
「俺がいなかったらあいつはとっくの昔に飢え死にしてるよ。俺が唯一の稼ぎ手なんだ。……まあ、あいつに死なれても困るから、仕方なくまだ動いてやってるのさ」
リューの言葉に「なるほど」と朝陽は頷いた。それから続けて
「あの人の家族はもういないのか?」と尋ねた。
「ああ。ジジイはとっくの昔に死んだよ。ババアの息子とその嫁とガキはどこか遠いところに行ったらしい。ホンシュウって所だ」
リューの言葉を聞き「そうなのか」と朝陽は相づちを打った。
どうやら老婦人の旦那が亡くなったあと、息子夫婦は沖縄を出て本州に引っ越してしまったらしい。そのため彼女は今、宮古島で一人暮らしをしているようだ。そしてレンタカーとしてリューを貸すことでなんとか生計をたてているのだろう。
昨日訪れた寂れた家を思い出し、朝陽は悲しい気分になった。
「じゃあ、お前が彼女の側にいる唯一の家族なんだな」
「家族じゃなくて奴隷と言った方が正しいけどな」
リューがそう言ってから深くため息をついた。
スーパーマーケットに寄ってから宿に帰ったときにも、まだ辺りは明るかった。夏とはいえ、本州より明らかに日が沈むのが遅い。
隣の部屋にも人が入ったようで、駐車場にレンタカーが停まっていた。その車と並ぶと、比べる気がなくてもリューの方がボロボロなのが一目瞭然だ。
リューもそれを分かっているようで、苦々しく隣の車を横目で見ていた。
「今日は沖縄そばを作ろうと思ってな」
台所に立ち、レジ袋から食材を取り出しながら磯部が言った。
「先輩が作るんですか?」と朝陽が驚いたように聞く。
「ああ。そんなに難しくないぜ。沖縄そばのスープも買ってあるしな」
「本場の沖縄そばは明日の居酒屋で食うから、楽しみにしておけよ」と磯部は笑った。そして食器棚から鍋を取り出した。
何か手伝おうと朝陽も腰をあげたとき、「おい!」と大きな声がした。
その声に一瞬びくりとした後、朝陽はなんだろうと辺りを見回す。
「先輩、今何か言いました?」
「いや?何も言ってないよ」
そう言って磯部が首を振る。
(じゃあ誰が……)と思ってはっとした。朝陽が玄関の方を振り向くと同時に
「おい!若僧!窓が開いてるぞ!」と怒声がした。
それを聞いて朝陽が弾かれたように玄関の方に走る。そしてサンダルをはき、外へ飛び出した。
サンダルはまだ乾いておらず、歩くたびにぐじゅぐじゅと音をたてた。踏むたびに足が濡れていくのが非常に気持ち悪い。
朝陽はその不快感に耐えながらリューの前まで進んだ。
「窓が開いてるぞ。閉めろ」
朝陽は黙って扉を開けると、全開だった助手席の窓を閉めた。
「全く、スコールでも来たらどうするつもりだったんだ。助手席がびしょびしょになるところだったぞ」
リューに叱られ、朝陽がしゅんとして頭をかく。
「そうだな、悪い。……でもお前、自分の窓くらい自分で閉められるんじゃないか」
そう言うと「無駄なエネルギーを使いたくないんだよ」とリューがきっぱり答えた。
(叫ぶことは無駄なエネルギーではないのか)と朝陽は心の中でつっこむ。しかし口に出すと面倒なことになると分かっていたので黙っておいた。
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