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リュー

〈4〉

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がたがたとトロッコのように揺れる車に乗りながら近くのスーパーマーケットに向かう。
朝陽はカーナビの声と共に、この車の声が聞こえないかと耳を澄ませてみたが、結局何も聞こえてこなかった。
老婦人の家で彼が呟いた言葉について聞きたかったのだが、磯部がいるためこちらから話しかけることは出来ない。朝陽はもやもやしながら車を走らせた。

「ここのスーパーマーケット、大きいんだよ」
磯部が店の外装を眺めて言う。朝陽も顔を上げて辺りを見回した。
そこにはスーパーマーケット以外にも飲食店や服屋、靴屋もあった。しかも家電量販店まである。ここに来れば必需品がある程度揃いそうだ。
朝陽は車の鍵をかけて磯部の後を追う。
スーパーマーケットに入ると、磯部はまず『さんぴん茶』と書かれたペットボトルを手に取った。朝陽が不思議そうに覗きこむ。
「それ、なんですか?」
「沖縄でよく飲まれているお茶だよ。これがけっこう美味しいんだ」
そう言いながら買い物かごに入れると、今度は惣菜売り場の方へ向かう。
そこには本州ではあまり見ることが出来ないチャンプルーやラフテーなどが並んでいた。
(さすが沖縄……)
朝陽は見慣れない惣菜を目で楽しみながら、ソーメンチャンプルーを買い物かごの中に入れた。

夕方になってから二人は宿に到着した。その宿の経営者は、優しそうな初老の男性だった。彼はにこにこと笑って二人を出迎え、室内の設備を説明した後、明日の朝食を何時に食べるか二人に尋ねた。
いろいろな手続きを済ませた後、車から荷物をおろす。
玄関から室内に入って、朝陽は歓声をあげた。
「……すごい。本当に一軒家みたいですね」
そう言うと磯部が、まるで自分がこの宿の所有者であるかのように胸を張った。
「いいところだろ?前に嫁と泊まってからすっかり虜になってな」
リビングは、テレビやテーブルの他に大きなベッドが二つも置いてあるというのに、まだまだ空間が余っている。フローリングの床が暖かみを持ち、裸足でいても心地よいくらいだ。
朝陽は宿を見てさらに気分が高揚していた。宿など旅行においてあまり大切な要素ではないと思っていたが、その考えが今面白いほどがらりと変わったのがわかる。この宿なら一日中室内で過ごしていてもいいくらいだ。
朝陽は磯部と共に買ってきた冷凍食品やペットボトルを買い物袋から取り出し、冷蔵庫に閉まった。
そして夕飯用の惣菜を机に並べる。
「見ろよ、炊飯器まであるぞ。お前、自炊するか?」
磯部に言われ朝陽は潔く首を振った。旅行先まで自炊するのはごめんだ。
磯部はそれを見て「だよな」と笑うと席についた。
「今日は早く寝て、明日思いっきり遊ぼうぜ。できることなら新城海岸の他にもう一か所行きたいくらいだ」
磯部の言葉に「そうですね」と朝陽は頷いた。そして食器棚から皿を取り出すと惣菜をそこに移した。
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