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リュー
〈1〉
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「……」
朝陽は窓の外をぼうっと眺めていた。
外は一面目が覚めるほど真っ青だ。しかし少し視線をおとせば、今度は真っ白な雲の地面がどこまでも続いているのが見える。
(……きれいだな)
朝陽はほうと息をついた。それによって窓ガラスが白く曇る。
飛行機に乗るのは随分と久しぶりだ。子供の頃に北海道に行くために乗ったのが最初で最後である。
航空券が高いのと、車を運転するのが好きなのもあり、朝陽にとって飛行機での移動は最終手段であった。
飛行機に対する恐怖があるというのもまた事実だ。しかし磯部が言ったとおり、機体が揺れることはほとんど無かったので朝陽は内心ほっとしていた。
しばらく経つと余裕が出てきて景色を眺められるようになった。しかしそうすると、今朝のニュースのことが自然と思い出されてしまう。
「……」
朝陽は黙って窓の外を眺めた。
窓ガラスに自分の顔がうっすらと映っているのが見える。
柄にもなくひどい顔をしているのに気づいて朝陽は自分をしゃんとさせようと頬を叩いた。
(こんな顔をしていたら先輩に失礼だ)
磯部にいらぬ心配をかけさせてもいけない。この旅行の間は一旦メルダーのことを忘れようと、朝陽は必死に違うことを考えた。
窓の外に広がる白と青のコントラストを眺めながら沖縄についていろいろなことを考える。そうしているうちに、幸いなことに単調な風景が眠気を誘い、朝陽は次第にうとうとし始めた。
まだ空港につくには時間がある。
(眠った方が何も考えなくて済むだろう)
そう思って一眠りしようと瞼を閉じたとき、隣から磯部が声をかけてきた。
はっと意識が引き戻され、朝陽は緩慢な動作で磯部の方に振り返る。
「なんですか?」
不思議そうな顔をする朝陽に、磯部が不敵な笑みを浮かべながら紙をつきだした。
その紙は、飛行機の座席のポケットに入っている簡易的な旅行誌であった。『東北特集』という文字が表紙に書かれている。
(何故先輩はそんなに嬉しそうなのだろう)と不思議に思いながらそれを覗きこむ。
「なあ、このムーちゃん、すごく可愛いと思わないか?」
言われた言葉に朝陽は目を点にし磯部を見た。それから再び旅行誌に目を落とし、やっと合点がいった顔をした。
旅行誌の一ページを使って映っているのは今人気のアイドル、『ドライブエンジェル★ムー』であった。朝陽はよく知らないが、町中に貼られた安全運転のポスターで顔を見ることや、CDショップで名前を聞くことは多々あった。
『彼女はまさに“かわいい”という言葉を具現化したような、愛嬌のある、可愛らしいアイドルだ!』とバラエティー番組の取材でファンの一人が熱く語っていたのを思い出す。
朝陽はまじまじとムーの写真を見ながら
「そうですね」と頷いた。
「だろ?俺すっかりとりこになっちゃってよ、今度コンサートにも行くんだ」
「へえ」と朝陽が相づちをうつ。
「先輩がアイドル好きだなんて初めて知りました」
「意外だったか?」と磯部が首をかしげた。
「いえ」と朝陽が写真を見つめたまま首を振る。そう言ってから、朝陽は「ん?」と怪訝な顔をした。
ムーの左腕についた腕章に目を止める。光の加減のせいでうっすらとしか見えないが、腕章には四桁の数字が書いてあるような気がした。
「……?」
目を凝らして見ていた朝陽の顔から旅行誌が遠のいた。そして磯部の前に移動する。
「まあ、このムーちゃんも可愛いんだが、一番可愛いのは『恋のアクセルペダル』の時のムーちゃんだな。『シートベルトは忘れずに!』ってところのムーちゃんの可愛さと来たら……!」
何やら熱く語りだした磯部を横目に見て、朝陽はいよいよ寝ようと体勢を整えた。
朝陽は窓の外をぼうっと眺めていた。
外は一面目が覚めるほど真っ青だ。しかし少し視線をおとせば、今度は真っ白な雲の地面がどこまでも続いているのが見える。
(……きれいだな)
朝陽はほうと息をついた。それによって窓ガラスが白く曇る。
飛行機に乗るのは随分と久しぶりだ。子供の頃に北海道に行くために乗ったのが最初で最後である。
航空券が高いのと、車を運転するのが好きなのもあり、朝陽にとって飛行機での移動は最終手段であった。
飛行機に対する恐怖があるというのもまた事実だ。しかし磯部が言ったとおり、機体が揺れることはほとんど無かったので朝陽は内心ほっとしていた。
しばらく経つと余裕が出てきて景色を眺められるようになった。しかしそうすると、今朝のニュースのことが自然と思い出されてしまう。
「……」
朝陽は黙って窓の外を眺めた。
窓ガラスに自分の顔がうっすらと映っているのが見える。
柄にもなくひどい顔をしているのに気づいて朝陽は自分をしゃんとさせようと頬を叩いた。
(こんな顔をしていたら先輩に失礼だ)
磯部にいらぬ心配をかけさせてもいけない。この旅行の間は一旦メルダーのことを忘れようと、朝陽は必死に違うことを考えた。
窓の外に広がる白と青のコントラストを眺めながら沖縄についていろいろなことを考える。そうしているうちに、幸いなことに単調な風景が眠気を誘い、朝陽は次第にうとうとし始めた。
まだ空港につくには時間がある。
(眠った方が何も考えなくて済むだろう)
そう思って一眠りしようと瞼を閉じたとき、隣から磯部が声をかけてきた。
はっと意識が引き戻され、朝陽は緩慢な動作で磯部の方に振り返る。
「なんですか?」
不思議そうな顔をする朝陽に、磯部が不敵な笑みを浮かべながら紙をつきだした。
その紙は、飛行機の座席のポケットに入っている簡易的な旅行誌であった。『東北特集』という文字が表紙に書かれている。
(何故先輩はそんなに嬉しそうなのだろう)と不思議に思いながらそれを覗きこむ。
「なあ、このムーちゃん、すごく可愛いと思わないか?」
言われた言葉に朝陽は目を点にし磯部を見た。それから再び旅行誌に目を落とし、やっと合点がいった顔をした。
旅行誌の一ページを使って映っているのは今人気のアイドル、『ドライブエンジェル★ムー』であった。朝陽はよく知らないが、町中に貼られた安全運転のポスターで顔を見ることや、CDショップで名前を聞くことは多々あった。
『彼女はまさに“かわいい”という言葉を具現化したような、愛嬌のある、可愛らしいアイドルだ!』とバラエティー番組の取材でファンの一人が熱く語っていたのを思い出す。
朝陽はまじまじとムーの写真を見ながら
「そうですね」と頷いた。
「だろ?俺すっかりとりこになっちゃってよ、今度コンサートにも行くんだ」
「へえ」と朝陽が相づちをうつ。
「先輩がアイドル好きだなんて初めて知りました」
「意外だったか?」と磯部が首をかしげた。
「いえ」と朝陽が写真を見つめたまま首を振る。そう言ってから、朝陽は「ん?」と怪訝な顔をした。
ムーの左腕についた腕章に目を止める。光の加減のせいでうっすらとしか見えないが、腕章には四桁の数字が書いてあるような気がした。
「……?」
目を凝らして見ていた朝陽の顔から旅行誌が遠のいた。そして磯部の前に移動する。
「まあ、このムーちゃんも可愛いんだが、一番可愛いのは『恋のアクセルペダル』の時のムーちゃんだな。『シートベルトは忘れずに!』ってところのムーちゃんの可愛さと来たら……!」
何やら熱く語りだした磯部を横目に見て、朝陽はいよいよ寝ようと体勢を整えた。
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