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レーシィ

〈5〉

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「やっほー、レーシィ!今終わり?」
車から降り、室内に入ったレーシィにショートカットの女性が声をかける。
「あ、笹木さん……。はい、今終わりました」
「そっか、お疲れ!私これからだよー」と笹木と呼ばれた女性が笑う。
どうやら他の教習生とすっかり仲良くなっているようだ。人型と人間が話しているのを見てなんだかほっこりする。
(エースも人型になれればお話できるのにな……)
そう考えて叶夜はふと思い立ち、エースの方に向かった。近くに誰もいないのを確認して、エースに声をかける。
「ねえ、エース。君はレーシィさんみたいに人型になれないの?」
しかし何一つ反応は返ってこなかった。まず叶夜の話を聞いていたかどうかさえも分からない。
「うーん……」
叶夜が困ったように腕を組む。
もしかすると彼は今、エックスと話しているのかもしれない。(からかわれていないといいけど)と叶夜はまるで自分がエースの親であるかのように心配する。
(確か、エックスはエースの隣だったな……)
朝陽に言われたことを思い出して、叶夜はエックスのほうに体を向けた。
「エックス、あまりエースのことをからかわないでね」
返事代わりかハザードランプが二回点滅した。それが『はい』なのか『いいえ』なのか叶夜にはよく分からないのだが。
叶夜はため息をついた。
(一度だけエースの声が聞こえたのになあ)
(どういうときに車の声が聞こえるのだろう)と叶夜は思考を巡らせる。朝陽のように『車の声が聞こえる人間』はいつでも聞こえるようだが、叶夜のように普通の人間は聞こえる時と聞こえない時があるようだ。
(……そもそもどうして朝陽さんは『車の声が聞こえる人間』なんだろう?)
叶夜が色々と考え込んでいると、「さっきから何をしているんですか?」と後ろから声をかけられた。
はっとして振り返れば、先程レーシィと話していた笹木が立っている。
エースとエックスに話しかけたのも見られたと思った叶夜が慌てて
「ち、ちょっと独り言をね」とごまかした。
「ふうん、そうなんですか?」
笹木は興味ありげな顔をしたが、それ以上は詮索してこなかった。
会話が途切れた状態で目を合わせているのが気まずく感じたため、叶夜はなんとか話題をひねり出す。
「さっきの教習生……レーシィさんとは仲がいいんですね」
「はい」と笹木が大きく頷く。
「一度学科で一緒になった時にしゃべったら、すっかり意気投合しちゃって」
そう言って笹木が笑う。
「運転免許を取ったら、一緒にどこかにおでかけしようって約束しているんです」
そう心待ちにしている笹木を見て、叶夜の顔にも笑みが浮かぶ。
車の運転は慣れるまで非常に難しい。何度も失敗をし、教官に厳しく注意され、時には泣くこともあるかもしれない。
練習はきつく大変だが、それを全てやり遂げた者だけに運転免許が与えられる。自分で車を運転するドライブの楽しみは大きい。一人で、または家族や友達と、今まで行けなかった所へ自由に行けるようになるのだ。叶夜は自分が自動車学校に通っていた時のことを思い出し、笹木に重ね合わせる。
「それは楽しみだね。ぜひ安全運転で楽しんでおいでね」
叶夜が言うと「もちろんです!」と笹木が意気込んで言った。
「まあ、その前にもっと運転の練習をしないといけないんですけどね……」
そう言って後頭部を掻きながら笑う。
「ところで、今日は先生が私の担当ですよね?」
そう言われて気づいたが、周りに教習生は一人もいなかった。時計を見ればもう教習が始まる時間になっている。
「え、あ、そうだね。えーっと……。笹木さん、でいいのかな?」
教習生名簿を取り出し叶夜が尋ねると
「はい!よろしくお願いします」と笹木は元気よく返事をし、にっこり笑った。
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