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夏のある日
〈4〉
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愛昼は仕事を終え、背筋を伸ばしながら一階に向かっていた。
夏で日が長いはずなのに、外は大分暗くなってしまっている。
(遅くなっちゃったな……)
ふと屋内駐車場の方を見ると、自家用車とバイクの前に誰かが立っているのが見えた。
(あんな所に一体誰かしら)
不思議に思いゆっくりと近づく。だんだんはっきりしてきた輪郭は、以前スイと話していた白バイの男を表していた。
男が何か言うと、バイクと自家用車が言い返す。しばらくバイクと自家用車は喧嘩腰だったが、男が何かを言うたびにだんだんおとなしくなっていき、最終的には静かになって考えこんでしまった。
(なんの話をしているのかしら)
世間話をしているようには到底思えない。あまり車同士の話に首をつっこむものではないが、愛昼は放っておけず彼らに近づいた。
「なんの話をしているの?」
男の耳がぴくりと反応する。
愛昼は近づくと、こちらに背を向けている男に尋問するように話しかける。
「この前、スイとも話していたわよね」
「……そうだが。それがあんたにとって何か都合の悪いことなのか?」
男が振り向き愛昼を真正面から見る。
「別に、そういうわけではないけど……」
愛昼が言葉に詰まる。
「それなら別にいいだろう。俺たちが何をしていようと、あんたたち人間には関係のないことだ」
男はそうはっきりと言い切った。そして愛昼の横を通りすぎ、歩いて行った。
「……」
愛昼は黙って男の後ろ姿を見つめていた。男の姿は次第に薄闇に紛れて見えなくなった。
あんなに騒がしかった自家用車とバイクは、今すっかり黙りこんでいた。愛昼が話しかけても返事をせず、何かを深く考えているようだった。
二台の前に立っている愛昼を見つけて、笹木が声をかける。
「凪、何をしているんだ?」
愛昼がはっとして顔をあげる。笹木は心配そうな顔をしてこちらに向かって歩いてきた。
「……何もしてないわ。少しぼうっとしていただけ」
それを聞くと笹木はさらに不安そうな顔をする。
「疲れているのか?少し休んだほうがいいんじゃないか」
それを聞いて愛昼が首を振った。そして安心させるために微笑む。
「ありがとう、笹木。私は大丈夫だから」
そして「行きましょう」と屋内駐車場から立ち去るよう促した。
笹木は納得いかない顔をしていたが、頷くと愛昼の横に並んで歩き出した。
屋内駐車場での一連の会話を、物陰から見つめる男がいた。
「盗み聞きですか」
後ろから白バイの男に声をかけられ、その男がはっとする。
「……アールか」
男は苦い顔をしてアールと呼んだ男の方に振り返る。
「あなたが彼女に何か吹き込んだのですか」
アールが去っていく愛昼の方をちらりと見ながら尋ねた。
「いや、何もしていない。そもそも彼女が『車の声が聞こえる人間』ということさえ知らなかったのだ」
男が首を振ったのを、アールは疑わしそうに見る。
「……まあ、そういうことにしておきます。ところで、いつになったら他の自動車学校でも車が運転免許をとれるようになるんですか?」
そう尋ねられ男が言葉を詰まらせる。
「……そんなに簡単には制度は整わない。もう少し待ってくれ」
そう言う男をアールは不審げに見ながら
「分かりました。とにかく、あなたは我々の邪魔をしないように」と言った。
それから思い出したように再び口を開く。
「……ああ、そういえば、まだあいつは活動を続けているそうですね」
男は「ああ」と重々しく頷く。アールが小馬鹿にしたように笑う。
「無駄な足掻きですね。あなた達が何をしようと、何も変わらないと思いますよ」
アールの言葉に男は黙りこむ。アールはそれを見てから男に背を向けた。そのままさっさと歩いて行く。
「……アール。どうしてお前は、あいつの仲間になってしまったんだ」
苦しげに問われた言葉にアールは足を止め、ちらりと振り返った。
「……絶望したからですよ。どれだけ注意しても、全く運転に対する意識を変えようとしない人間共に」
そう言ってから何も答えられない男を置いて歩き出した。
男は黙ってアールの後ろ姿を眺めていた。
夏で日が長いはずなのに、外は大分暗くなってしまっている。
(遅くなっちゃったな……)
ふと屋内駐車場の方を見ると、自家用車とバイクの前に誰かが立っているのが見えた。
(あんな所に一体誰かしら)
不思議に思いゆっくりと近づく。だんだんはっきりしてきた輪郭は、以前スイと話していた白バイの男を表していた。
男が何か言うと、バイクと自家用車が言い返す。しばらくバイクと自家用車は喧嘩腰だったが、男が何かを言うたびにだんだんおとなしくなっていき、最終的には静かになって考えこんでしまった。
(なんの話をしているのかしら)
世間話をしているようには到底思えない。あまり車同士の話に首をつっこむものではないが、愛昼は放っておけず彼らに近づいた。
「なんの話をしているの?」
男の耳がぴくりと反応する。
愛昼は近づくと、こちらに背を向けている男に尋問するように話しかける。
「この前、スイとも話していたわよね」
「……そうだが。それがあんたにとって何か都合の悪いことなのか?」
男が振り向き愛昼を真正面から見る。
「別に、そういうわけではないけど……」
愛昼が言葉に詰まる。
「それなら別にいいだろう。俺たちが何をしていようと、あんたたち人間には関係のないことだ」
男はそうはっきりと言い切った。そして愛昼の横を通りすぎ、歩いて行った。
「……」
愛昼は黙って男の後ろ姿を見つめていた。男の姿は次第に薄闇に紛れて見えなくなった。
あんなに騒がしかった自家用車とバイクは、今すっかり黙りこんでいた。愛昼が話しかけても返事をせず、何かを深く考えているようだった。
二台の前に立っている愛昼を見つけて、笹木が声をかける。
「凪、何をしているんだ?」
愛昼がはっとして顔をあげる。笹木は心配そうな顔をしてこちらに向かって歩いてきた。
「……何もしてないわ。少しぼうっとしていただけ」
それを聞くと笹木はさらに不安そうな顔をする。
「疲れているのか?少し休んだほうがいいんじゃないか」
それを聞いて愛昼が首を振った。そして安心させるために微笑む。
「ありがとう、笹木。私は大丈夫だから」
そして「行きましょう」と屋内駐車場から立ち去るよう促した。
笹木は納得いかない顔をしていたが、頷くと愛昼の横に並んで歩き出した。
屋内駐車場での一連の会話を、物陰から見つめる男がいた。
「盗み聞きですか」
後ろから白バイの男に声をかけられ、その男がはっとする。
「……アールか」
男は苦い顔をしてアールと呼んだ男の方に振り返る。
「あなたが彼女に何か吹き込んだのですか」
アールが去っていく愛昼の方をちらりと見ながら尋ねた。
「いや、何もしていない。そもそも彼女が『車の声が聞こえる人間』ということさえ知らなかったのだ」
男が首を振ったのを、アールは疑わしそうに見る。
「……まあ、そういうことにしておきます。ところで、いつになったら他の自動車学校でも車が運転免許をとれるようになるんですか?」
そう尋ねられ男が言葉を詰まらせる。
「……そんなに簡単には制度は整わない。もう少し待ってくれ」
そう言う男をアールは不審げに見ながら
「分かりました。とにかく、あなたは我々の邪魔をしないように」と言った。
それから思い出したように再び口を開く。
「……ああ、そういえば、まだあいつは活動を続けているそうですね」
男は「ああ」と重々しく頷く。アールが小馬鹿にしたように笑う。
「無駄な足掻きですね。あなた達が何をしようと、何も変わらないと思いますよ」
アールの言葉に男は黙りこむ。アールはそれを見てから男に背を向けた。そのままさっさと歩いて行く。
「……アール。どうしてお前は、あいつの仲間になってしまったんだ」
苦しげに問われた言葉にアールは足を止め、ちらりと振り返った。
「……絶望したからですよ。どれだけ注意しても、全く運転に対する意識を変えようとしない人間共に」
そう言ってから何も答えられない男を置いて歩き出した。
男は黙ってアールの後ろ姿を眺めていた。
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