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メルダー
〈19〉
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かげろうが見えるなか、青色の車は空港に向かって走っている。
「次の日の朝、俺はメルダーの様子を見に外に行ったんだ。だが……」
朝陽がそこで一度口を閉じ、再び開いた。
「……駐車場にメルダーはいなかった」
ティーが目を丸くして朝陽の後頭部を見る。リオンは黙って続きを待った。
「あいつがどこにいったか俺に分かるはずがなかった。盗難届を出したが、いっこうに見つかる様子はなかった。……まあ、あいつは盗まれたわけではないだろうから、そんな簡単に見つからないとは思っていた」
朝陽が静かな声で言った。
「俺はあいつが帰ってくるのを待って、他の車を買わないでいた」
「それだというのに、私を買って良かったのですか」
朝陽の言葉に被せるようにリオンが言う。その顔には不安そうな表情が浮かんでいた。
「ああ」と朝陽が頷く。
「お前の事故の話を聞いたときに、『こいつを買わなければならない』と強く思ったんだ。あのレンタカー会社にいたら、お前はきっと不幸なままだ。一台でも多くの車を救うために、俺はお前を買うことに決めた。決してお前が気に病むことじゃない」
朝陽の言葉にリオンが押し黙る。
「それにあのとき俺は、もうあいつが帰ってくるのを諦めていたんだ。あいつは自分の意志で俺の前から姿を消して、二度と戻ってこないつもりだったのだろうと思った」
朝陽がそこで一度口を閉じた。
「……だからといって、まさか海に飛び込むとは思わなかったんだ」
そう言って朝陽は目を伏せた。
「あいつは多分、何をしても自分が"直らない"ことに気づいていたんだ。その事実に絶望して、あいつは身を投げたんだと思う」
朝陽の声は少し震えていた。
「俺はあいつの心に寄り添えなかった。もっとあいつの心を理解していたら、あいつを引き留められたかもしれないのに」
少し経ってから、朝陽がぽつりと言った。
「俺はあいつを救えなかった」
踏み切りの音が車内に響く。朝陽がバーの前で停止し、窓を開けた。
「……俺は最初、何故自分が『車の声が聞こえる能力』を得たのか分からなかった。だが、今ははっきり分かっている。メルダーがいなくなってから、俺はタクシー会社を辞めて『車なんでも相談所』を作った。そして車の心を癒すために、その能力を最大限に利用しようと思った」
朝陽が真っ直ぐ前を見た。電車が音をたてて通り過ぎていく。
「ニュースを見て、俺は決めた。俺は死ぬまで『車なんでも相談所』を続ける。二度とメルダーのような車を作りたくないんだ」
朝陽ははっきりと言い切った。普段の声と大きさは変わらなかったが、電車の音にかきけされることなく、その声はリオンとティーの耳にも届いた。
朝陽はフロントガラスに映る自分の顔を見る。柄にもなく暗い顔をしているのを見て、ふっと笑った。
「……湿っぽい話だったな。悪かった」
ティーが悲しそうな顔をして首を横に振った。リオンは黙って前を見つめた。
真夏の太陽の下、今日も多くの車が道路を走る。そのうちどれだけの車が泣いているのか、朝陽には計り知れない。
道路の脇に停めたタクシーに寄りかかり、シロは空を眺めていた。
そして、呆然としたような顔で舌打ち混じりに小さく呟く。
「……あの、馬鹿」
彼の声は喧噪にかきけされ、誰にも届くことはなかった。
いくら体が太陽の熱に焼かれても、それが時間の無駄だと分かっていても、シロはそこでいつまでも空を眺めていた。
「次の日の朝、俺はメルダーの様子を見に外に行ったんだ。だが……」
朝陽がそこで一度口を閉じ、再び開いた。
「……駐車場にメルダーはいなかった」
ティーが目を丸くして朝陽の後頭部を見る。リオンは黙って続きを待った。
「あいつがどこにいったか俺に分かるはずがなかった。盗難届を出したが、いっこうに見つかる様子はなかった。……まあ、あいつは盗まれたわけではないだろうから、そんな簡単に見つからないとは思っていた」
朝陽が静かな声で言った。
「俺はあいつが帰ってくるのを待って、他の車を買わないでいた」
「それだというのに、私を買って良かったのですか」
朝陽の言葉に被せるようにリオンが言う。その顔には不安そうな表情が浮かんでいた。
「ああ」と朝陽が頷く。
「お前の事故の話を聞いたときに、『こいつを買わなければならない』と強く思ったんだ。あのレンタカー会社にいたら、お前はきっと不幸なままだ。一台でも多くの車を救うために、俺はお前を買うことに決めた。決してお前が気に病むことじゃない」
朝陽の言葉にリオンが押し黙る。
「それにあのとき俺は、もうあいつが帰ってくるのを諦めていたんだ。あいつは自分の意志で俺の前から姿を消して、二度と戻ってこないつもりだったのだろうと思った」
朝陽がそこで一度口を閉じた。
「……だからといって、まさか海に飛び込むとは思わなかったんだ」
そう言って朝陽は目を伏せた。
「あいつは多分、何をしても自分が"直らない"ことに気づいていたんだ。その事実に絶望して、あいつは身を投げたんだと思う」
朝陽の声は少し震えていた。
「俺はあいつの心に寄り添えなかった。もっとあいつの心を理解していたら、あいつを引き留められたかもしれないのに」
少し経ってから、朝陽がぽつりと言った。
「俺はあいつを救えなかった」
踏み切りの音が車内に響く。朝陽がバーの前で停止し、窓を開けた。
「……俺は最初、何故自分が『車の声が聞こえる能力』を得たのか分からなかった。だが、今ははっきり分かっている。メルダーがいなくなってから、俺はタクシー会社を辞めて『車なんでも相談所』を作った。そして車の心を癒すために、その能力を最大限に利用しようと思った」
朝陽が真っ直ぐ前を見た。電車が音をたてて通り過ぎていく。
「ニュースを見て、俺は決めた。俺は死ぬまで『車なんでも相談所』を続ける。二度とメルダーのような車を作りたくないんだ」
朝陽ははっきりと言い切った。普段の声と大きさは変わらなかったが、電車の音にかきけされることなく、その声はリオンとティーの耳にも届いた。
朝陽はフロントガラスに映る自分の顔を見る。柄にもなく暗い顔をしているのを見て、ふっと笑った。
「……湿っぽい話だったな。悪かった」
ティーが悲しそうな顔をして首を横に振った。リオンは黙って前を見つめた。
真夏の太陽の下、今日も多くの車が道路を走る。そのうちどれだけの車が泣いているのか、朝陽には計り知れない。
道路の脇に停めたタクシーに寄りかかり、シロは空を眺めていた。
そして、呆然としたような顔で舌打ち混じりに小さく呟く。
「……あの、馬鹿」
彼の声は喧噪にかきけされ、誰にも届くことはなかった。
いくら体が太陽の熱に焼かれても、それが時間の無駄だと分かっていても、シロはそこでいつまでも空を眺めていた。
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