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メルダー
〈13〉
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昼食を作ろうと朝陽が台所に立ったとき、チャイムが鳴った。
宅配便かと思いインターホンを覗けば、ぴょこんとたった亜麻色のアホ毛がゆらゆらしているのが見える。
朝陽はそれが誰かをすぐに察すると、億劫そうに玄関に向かった。別に無視してもよかったのだが、そうすればさらに面倒なことになると分かっていたのである。
「朝陽さん!どうして最近私でお出掛けしないんですか!」
メルダーがそう朝陽に怒る。
今、朝陽とメルダーは机を挟んで向かい合っていた。メルダーが机に両手をつき前に乗り出している。朝陽は腕とあぐらを組んでしかめっ面をしたまま
「あんな危険な車に乗れるか」と言った。
メルダーを廃棄すれば万事解決なのだが、朝陽はなんだかんだそれを出来ずにいた。せっかく父親に買ってもらった外車なのだ。長く乗ったならまだしも、こんな短期間で廃棄してしまったら、父親に対してたいそう申し訳ない。
だからといって人様に怪我を負わせてはいけないので、朝陽はここ最近の間、車を使わないようにしているのだった。
朝陽はため息をつくと、わーわーと抗議するメルダーを無視して台所に向かった。
(さっさと昼飯を作ろう)
冷蔵庫からキャベツやにんじんをとり出す。それから麺の袋や肉のパックを台所に置いた。
何やらごそごそしだした朝陽が気になって、メルダーは文句を言うのをやめ、台所にやって来る。そして朝陽の隣に立ち、背伸びをして手元を覗きこんだ。
「何をするんですか?」
朝陽はちらりとメルダーを見ると「昼飯を作るんだよ」と言った。
「へー、昼ごはん。材料はあるんですか?」
「ああ」と朝陽が頷く。
「だから出掛ける必要はない」
そう敢えて付け足すと、メルダーは面白くなさそうな顔をした。
キャベツを半分にざっくり切ったあと、さらに細かく切っていく。
メルダーはまな板の上で形を変えていく野菜達を興味深く眺めていた。
フライパンに油をひき、そのなかに豚肉をばらばらにしながら放り込む。
火力が強いせいか、ピチピチと油がはねた。
「火傷するぞ」
朝陽は覗きこんでくるメルダーをフライパンから離れるよう軽く押す。が、彼女が車であることを思い出す。
「お前、車だから火は平気なのか?」
朝陽が箸で肉をかき回しながら聞く。
「んー、大丈夫だと思いますよ」
メルダーの言葉に(そうだよなあ)と朝陽は納得した。
人型をしていると、車でもつい人間のように扱ってしまう。
(人はものの姿形に弱いよな)と朝陽は人間の弱点に改めて気づいた。
出来た焼きそばを皿に放り込む。料理を持ってリビングに移動する朝陽の後をメルダーがついてくる。
料理をおき、机の前に座り込むと手を合わせた。そして箸で麺をすくい口に運ぶ。
「……ん。今日はなかなか上手く出来たな」
そう口をもぐもぐさせながら満足そうに言う朝陽に、
「上手いとか下手とかあるんですか?」とメルダーが尋ねた。
「まあな。味付けとか焼き加減とか、毎回少しずつ違うんだよ」
朝陽の言葉に「ふうん」とメルダーが相づちを打つ。
「よく分からないですけど、良かったですね」
「ガソリンはいつも同じ味か」となんとなく朝陽が尋ねる。
「ええ。あなたも今度飲んでみます?」
朝陽が「遠慮しとく」と素早く答えた。そしてリモコンでテレビの電源をつけた。
メルダーがテレビが見える位置に移動し、朝陽の隣に並ぶ。そして朝陽と共にバラエティ番組を見た。
テレビに映る芸能人達をメルダーが興味深そうに見る。
「あの女の人、とても声が低いですね」とメルダーが芸能人の一人を指さして言う。
朝陽がお茶を飲みながら「あの人は男だからな」と言った。
「え……。そうなんですか」
メルダーが目を丸くする。そしてまじまじとその人の顔を見た。
「どうみても女の人なのに」と驚いたように呟く声が朝陽の耳に入ってくる。
それから事あるごとに、メルダーは芸能人について朝陽に尋ねてきた。そのたびに、朝陽は自分が分かる範囲で色々と教えてやった。
朝陽は、すっかりメルダーと馴染んでしまっている自分が不思議でたまらなかった。彼女は車であり、かつれっきとした殺人鬼で、忌むべき存在であるというのに。
恐らく、メルダーが人を轢くことに快感を覚えることを除けば、普通の人間の子供と同じような見た目や性格、言動をしているからだろう。端から見れば今日の二人は親子だと思われてもおかしくない。
ずっと独り暮らしをしていたため、料理をしながら、またはバラエティ番組を見ながら会話をすることなどなかった。このように話し相手がいると、意外とちょっとしたことで会話というものは出来るものだと朝陽は気づく。
相手が子供なのも朝陽にとっては新鮮なことだ。今まで朝陽の部屋を訪れたのは、磯部だったり大学時代の友達だったり、両親くらいであったから。
(……俺に子供がいたらこんな感じなのかもな)
朝陽はなんとなくそんなことを考えた。
「……」
足音をたてないよう倉庫に入って辺りを注意深く見回すシロに、エルが声を掛けた。
「やあ、シロ。どうしたの?」
動作を見られたシロが決まり悪そうに後頭部を掻きながら、
「あいつがいないかと思ってな」と答えた。
「あいつ?……ああ、メルダーのことね。メルダーならここ最近来てないよ」
シロがそれを聞いて、ほっとした顔をしながら近づいてきた。そして制帽を脱ぎ、あぐらを組んで座る。
エルはシロの様子を見ながら困ったように笑った。
「シロ、君の気持ちはよく分かるけど、メルダーは可哀想な車なんだよ。君と同じ、人間の起こした事故の被害車なんだ」
諭すように言われてシロががしがしと頭を掻いた。
「それは分かってるけどよ……」
エルもシロの隣に座り、視線を合わせる。
「あの事故のせいで彼女は狂ってしまったんだ。そして、自分が狂っていることにすら気づいていない。まあ、その方が幸せかもしれないけどね。……とは言っても、確かになんとかしなければいけないね。どうしようかな……」
シロは考え込むエルから視線をそらした。そして
「そういや、アールはいないのか?」と尋ねた。
「うん。今日はパトロールだって」
「ふうん」とシロが興味をなくして呟いた。
「そんなの、サボってやればいいのに」
シロの言葉にエルが苦笑する。
「そんなことをしたら人間の間で事件になっちゃうでしょ。"そのとき"になるまで、僕らは出来るだけおとなしくしておかないと」
エルの言葉に「ふん」とシロがつまらなさそうな顔をした。そして、ごろんとその場で横になった。
宅配便かと思いインターホンを覗けば、ぴょこんとたった亜麻色のアホ毛がゆらゆらしているのが見える。
朝陽はそれが誰かをすぐに察すると、億劫そうに玄関に向かった。別に無視してもよかったのだが、そうすればさらに面倒なことになると分かっていたのである。
「朝陽さん!どうして最近私でお出掛けしないんですか!」
メルダーがそう朝陽に怒る。
今、朝陽とメルダーは机を挟んで向かい合っていた。メルダーが机に両手をつき前に乗り出している。朝陽は腕とあぐらを組んでしかめっ面をしたまま
「あんな危険な車に乗れるか」と言った。
メルダーを廃棄すれば万事解決なのだが、朝陽はなんだかんだそれを出来ずにいた。せっかく父親に買ってもらった外車なのだ。長く乗ったならまだしも、こんな短期間で廃棄してしまったら、父親に対してたいそう申し訳ない。
だからといって人様に怪我を負わせてはいけないので、朝陽はここ最近の間、車を使わないようにしているのだった。
朝陽はため息をつくと、わーわーと抗議するメルダーを無視して台所に向かった。
(さっさと昼飯を作ろう)
冷蔵庫からキャベツやにんじんをとり出す。それから麺の袋や肉のパックを台所に置いた。
何やらごそごそしだした朝陽が気になって、メルダーは文句を言うのをやめ、台所にやって来る。そして朝陽の隣に立ち、背伸びをして手元を覗きこんだ。
「何をするんですか?」
朝陽はちらりとメルダーを見ると「昼飯を作るんだよ」と言った。
「へー、昼ごはん。材料はあるんですか?」
「ああ」と朝陽が頷く。
「だから出掛ける必要はない」
そう敢えて付け足すと、メルダーは面白くなさそうな顔をした。
キャベツを半分にざっくり切ったあと、さらに細かく切っていく。
メルダーはまな板の上で形を変えていく野菜達を興味深く眺めていた。
フライパンに油をひき、そのなかに豚肉をばらばらにしながら放り込む。
火力が強いせいか、ピチピチと油がはねた。
「火傷するぞ」
朝陽は覗きこんでくるメルダーをフライパンから離れるよう軽く押す。が、彼女が車であることを思い出す。
「お前、車だから火は平気なのか?」
朝陽が箸で肉をかき回しながら聞く。
「んー、大丈夫だと思いますよ」
メルダーの言葉に(そうだよなあ)と朝陽は納得した。
人型をしていると、車でもつい人間のように扱ってしまう。
(人はものの姿形に弱いよな)と朝陽は人間の弱点に改めて気づいた。
出来た焼きそばを皿に放り込む。料理を持ってリビングに移動する朝陽の後をメルダーがついてくる。
料理をおき、机の前に座り込むと手を合わせた。そして箸で麺をすくい口に運ぶ。
「……ん。今日はなかなか上手く出来たな」
そう口をもぐもぐさせながら満足そうに言う朝陽に、
「上手いとか下手とかあるんですか?」とメルダーが尋ねた。
「まあな。味付けとか焼き加減とか、毎回少しずつ違うんだよ」
朝陽の言葉に「ふうん」とメルダーが相づちを打つ。
「よく分からないですけど、良かったですね」
「ガソリンはいつも同じ味か」となんとなく朝陽が尋ねる。
「ええ。あなたも今度飲んでみます?」
朝陽が「遠慮しとく」と素早く答えた。そしてリモコンでテレビの電源をつけた。
メルダーがテレビが見える位置に移動し、朝陽の隣に並ぶ。そして朝陽と共にバラエティ番組を見た。
テレビに映る芸能人達をメルダーが興味深そうに見る。
「あの女の人、とても声が低いですね」とメルダーが芸能人の一人を指さして言う。
朝陽がお茶を飲みながら「あの人は男だからな」と言った。
「え……。そうなんですか」
メルダーが目を丸くする。そしてまじまじとその人の顔を見た。
「どうみても女の人なのに」と驚いたように呟く声が朝陽の耳に入ってくる。
それから事あるごとに、メルダーは芸能人について朝陽に尋ねてきた。そのたびに、朝陽は自分が分かる範囲で色々と教えてやった。
朝陽は、すっかりメルダーと馴染んでしまっている自分が不思議でたまらなかった。彼女は車であり、かつれっきとした殺人鬼で、忌むべき存在であるというのに。
恐らく、メルダーが人を轢くことに快感を覚えることを除けば、普通の人間の子供と同じような見た目や性格、言動をしているからだろう。端から見れば今日の二人は親子だと思われてもおかしくない。
ずっと独り暮らしをしていたため、料理をしながら、またはバラエティ番組を見ながら会話をすることなどなかった。このように話し相手がいると、意外とちょっとしたことで会話というものは出来るものだと朝陽は気づく。
相手が子供なのも朝陽にとっては新鮮なことだ。今まで朝陽の部屋を訪れたのは、磯部だったり大学時代の友達だったり、両親くらいであったから。
(……俺に子供がいたらこんな感じなのかもな)
朝陽はなんとなくそんなことを考えた。
「……」
足音をたてないよう倉庫に入って辺りを注意深く見回すシロに、エルが声を掛けた。
「やあ、シロ。どうしたの?」
動作を見られたシロが決まり悪そうに後頭部を掻きながら、
「あいつがいないかと思ってな」と答えた。
「あいつ?……ああ、メルダーのことね。メルダーならここ最近来てないよ」
シロがそれを聞いて、ほっとした顔をしながら近づいてきた。そして制帽を脱ぎ、あぐらを組んで座る。
エルはシロの様子を見ながら困ったように笑った。
「シロ、君の気持ちはよく分かるけど、メルダーは可哀想な車なんだよ。君と同じ、人間の起こした事故の被害車なんだ」
諭すように言われてシロががしがしと頭を掻いた。
「それは分かってるけどよ……」
エルもシロの隣に座り、視線を合わせる。
「あの事故のせいで彼女は狂ってしまったんだ。そして、自分が狂っていることにすら気づいていない。まあ、その方が幸せかもしれないけどね。……とは言っても、確かになんとかしなければいけないね。どうしようかな……」
シロは考え込むエルから視線をそらした。そして
「そういや、アールはいないのか?」と尋ねた。
「うん。今日はパトロールだって」
「ふうん」とシロが興味をなくして呟いた。
「そんなの、サボってやればいいのに」
シロの言葉にエルが苦笑する。
「そんなことをしたら人間の間で事件になっちゃうでしょ。"そのとき"になるまで、僕らは出来るだけおとなしくしておかないと」
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