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メルダー
〈11〉
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駐車場に出ると、例のごとく車の話し声が聞こえ出す。どうやら一カ所に車が集まれば集まるほど、その声は大きく、うるさくなるようだ。このままではすぐ近くにいるメルダーの声さえも聞こえない。
朝陽が腕を組み、首をひねる。
「まったく、どうして俺にこんなへんてこな能力がついたんだ?」
そういう朝陽の顔を見上げメルダーが尋ねる。
「最近なんですか?車の声が聞こえるようになったのは」
朝陽が頷く。
「ああ。事故に遭う前はそんなことはなかったな」
朝陽がそう言うと、「あなたも事故に遭っているのですね」とメルダーが驚いたように言った。
「あなた“も”?」
メルダーが頷く。
「はい。私が以前耳にした『車の声が聞こえる人間』も、事故に遭ったことがあるそうです」
朝陽はそれを聞いて考え込む。
「小さい事故くらいだったら、大体の人間は遭ったことがあると思うが」
もし事故に遭うことがその能力発現の引き金だとしたなら、多くの人がこの能力を持っていてもおかしくない。しかし、そんな人間を朝陽は一度も見たことがない。……まあ、その人がその能力を隠していれば分からないが。
「……その能力は、交通事故に付随して起こるものなのか?」
朝陽が尋ねると「さあ?」とメルダーが首をかしげた。メルダーもあまりよく分かっていないようだ。
「まあ、理由はなんでもいいじゃないですか。せっかく車の声が聞こえるようになったんですから、たくさん色々な車とお話しましょうよ!」
そううきうきして言うメルダーに、
「別に車と話せなくても、俺は一向にかまわないんだが」と朝陽が疲れたように言った。
ハラハラのドライブを終えて家に帰る。
朝陽はエンジンを切りシートベルトを外したあと、車から降りた。
「……」
家に入ろうとして、足を止める。方向を変え、助手席の扉の前に移動すると、メルダーを見て改まったように口を開いた。
「なあ、お前。どうして人を轢こうとするんだ?」
メルダーは朝陽の問いに、ぽかんとしたあと答える。
「だから、人を轢くことで快感を得られるからですよ」
「何故お前が、人を轢く快感を知っているんだ?」
朝陽が尋ねるとくすりとメルダーが笑った。
「だって、人を轢いたことがありますから。それも、四人も」
メルダーが指で四のマークを作る。
朝陽がそれを見て呆然とした。
「四人も、人を轢いた……?」
こくりとメルダーが頷く。
(それってつまり、事故車ってことじゃないか……)
どうりで安かったわけだ、と朝陽は舌を噛む。事故車だと全く考えもしなかった自分が腹立たしい。
メルダーが人を轢いたときのことを思い出しながら言う。
「事故が起こったとき、運転手さんは携帯電話をいじっていたんです。だから、信号が赤だったことに気づかず、そのまま交差点に入ったんです。そして、横断歩道を歩いていた人達四人をぱーんって」
メルダーが窓のサッシの上で片手で人形を作り、もう片手を拳にして車に見立て、それらを衝突させた。まるでおもちゃで遊ぶかのようなメルダーを、朝陽は畏怖の念を抱いて見つめる。
(そこでこいつは、人を轢く快感に目覚めたのか……)
車の癖に精神はまるで人間みたいだ、と朝陽は考える。かつて彼が読んだ小説に『一度人を殺してから、殺す快感に目覚めてしまった殺人鬼』が出てきたが、メルダーはまさにそれだ。
そんな人物に実際に出会ったら、なんて考えたこともなかった。人間だったら精神科にでも連れて行くだろうが、車は……。
(大体、車に自我があること自体がおかしいんだ……)
しかしそう言い出すと話が進まない。
朝陽はメルダーを前に考え込み、ふと思い付いた。
(……待てよ、自我があるんだから、むしろ人間のように扱えばいいんじゃないか?)
そう気づいたら一気に視界が開けた気がして、朝陽は頭が冴えてくるのを感じた。
朝陽はサッシに手をついた。そして前屈みになってメルダーを見る。
「?」
不思議そうにメルダーが朝陽の顔を見つめる。
「あのな、メルダー。人間が轢かれたらどうなるか知っているか?」
メルダーがこくりと頷く。
「怪我しますよね。酷いときは、死んだりもします」
朝陽が頷く。
「そうだな。怪我をしたら、人間は痛いんだ。そして、もし亡くなったらその遺族の方が悲しむ」
言い聞かせるように朝陽が話す。
「お前はこの前、小さな子供を巻き込もうとしたな。彼らには親がいる。また、近所の女性と飼い犬も轢こうとしたな。彼女には家族がいる。人が轢かれたら、必ず誰かが悲しむんだ。そんなことをしていいと思うか?」
メルダーがきょとんとして朝陽を見た。そして
「してもいいと思います。だって、『人間は轢くもの』ですから!」とはっきりと言い切った。
「……」
朝陽は卒倒しそうになるのを必死に押さえた。
まるで話が通じない。というか、常識があまりにも異なっている。
説得は無理そうだ。朝陽はずきずき痛む頭を押さえつけながらふらふらと玄関に向かった。
家に入り寝室に直行すると、朝陽は布団に体を投げ出した。そして深いため息をつき、額の汗を拭う。
「……まったく、なんなんだよ」
そう苦々しく悪態をつく。
彼の選んだ新しい車は、人を轢くのが大好きな狂った殺人鬼だったらしい。
(とんでもない車を買ってしまったな……)
(事故に遭ったことといい本当についてないな)と朝陽は自分の不運を恨めしく思いながら目を閉じた。
朝陽が腕を組み、首をひねる。
「まったく、どうして俺にこんなへんてこな能力がついたんだ?」
そういう朝陽の顔を見上げメルダーが尋ねる。
「最近なんですか?車の声が聞こえるようになったのは」
朝陽が頷く。
「ああ。事故に遭う前はそんなことはなかったな」
朝陽がそう言うと、「あなたも事故に遭っているのですね」とメルダーが驚いたように言った。
「あなた“も”?」
メルダーが頷く。
「はい。私が以前耳にした『車の声が聞こえる人間』も、事故に遭ったことがあるそうです」
朝陽はそれを聞いて考え込む。
「小さい事故くらいだったら、大体の人間は遭ったことがあると思うが」
もし事故に遭うことがその能力発現の引き金だとしたなら、多くの人がこの能力を持っていてもおかしくない。しかし、そんな人間を朝陽は一度も見たことがない。……まあ、その人がその能力を隠していれば分からないが。
「……その能力は、交通事故に付随して起こるものなのか?」
朝陽が尋ねると「さあ?」とメルダーが首をかしげた。メルダーもあまりよく分かっていないようだ。
「まあ、理由はなんでもいいじゃないですか。せっかく車の声が聞こえるようになったんですから、たくさん色々な車とお話しましょうよ!」
そううきうきして言うメルダーに、
「別に車と話せなくても、俺は一向にかまわないんだが」と朝陽が疲れたように言った。
ハラハラのドライブを終えて家に帰る。
朝陽はエンジンを切りシートベルトを外したあと、車から降りた。
「……」
家に入ろうとして、足を止める。方向を変え、助手席の扉の前に移動すると、メルダーを見て改まったように口を開いた。
「なあ、お前。どうして人を轢こうとするんだ?」
メルダーは朝陽の問いに、ぽかんとしたあと答える。
「だから、人を轢くことで快感を得られるからですよ」
「何故お前が、人を轢く快感を知っているんだ?」
朝陽が尋ねるとくすりとメルダーが笑った。
「だって、人を轢いたことがありますから。それも、四人も」
メルダーが指で四のマークを作る。
朝陽がそれを見て呆然とした。
「四人も、人を轢いた……?」
こくりとメルダーが頷く。
(それってつまり、事故車ってことじゃないか……)
どうりで安かったわけだ、と朝陽は舌を噛む。事故車だと全く考えもしなかった自分が腹立たしい。
メルダーが人を轢いたときのことを思い出しながら言う。
「事故が起こったとき、運転手さんは携帯電話をいじっていたんです。だから、信号が赤だったことに気づかず、そのまま交差点に入ったんです。そして、横断歩道を歩いていた人達四人をぱーんって」
メルダーが窓のサッシの上で片手で人形を作り、もう片手を拳にして車に見立て、それらを衝突させた。まるでおもちゃで遊ぶかのようなメルダーを、朝陽は畏怖の念を抱いて見つめる。
(そこでこいつは、人を轢く快感に目覚めたのか……)
車の癖に精神はまるで人間みたいだ、と朝陽は考える。かつて彼が読んだ小説に『一度人を殺してから、殺す快感に目覚めてしまった殺人鬼』が出てきたが、メルダーはまさにそれだ。
そんな人物に実際に出会ったら、なんて考えたこともなかった。人間だったら精神科にでも連れて行くだろうが、車は……。
(大体、車に自我があること自体がおかしいんだ……)
しかしそう言い出すと話が進まない。
朝陽はメルダーを前に考え込み、ふと思い付いた。
(……待てよ、自我があるんだから、むしろ人間のように扱えばいいんじゃないか?)
そう気づいたら一気に視界が開けた気がして、朝陽は頭が冴えてくるのを感じた。
朝陽はサッシに手をついた。そして前屈みになってメルダーを見る。
「?」
不思議そうにメルダーが朝陽の顔を見つめる。
「あのな、メルダー。人間が轢かれたらどうなるか知っているか?」
メルダーがこくりと頷く。
「怪我しますよね。酷いときは、死んだりもします」
朝陽が頷く。
「そうだな。怪我をしたら、人間は痛いんだ。そして、もし亡くなったらその遺族の方が悲しむ」
言い聞かせるように朝陽が話す。
「お前はこの前、小さな子供を巻き込もうとしたな。彼らには親がいる。また、近所の女性と飼い犬も轢こうとしたな。彼女には家族がいる。人が轢かれたら、必ず誰かが悲しむんだ。そんなことをしていいと思うか?」
メルダーがきょとんとして朝陽を見た。そして
「してもいいと思います。だって、『人間は轢くもの』ですから!」とはっきりと言い切った。
「……」
朝陽は卒倒しそうになるのを必死に押さえた。
まるで話が通じない。というか、常識があまりにも異なっている。
説得は無理そうだ。朝陽はずきずき痛む頭を押さえつけながらふらふらと玄関に向かった。
家に入り寝室に直行すると、朝陽は布団に体を投げ出した。そして深いため息をつき、額の汗を拭う。
「……まったく、なんなんだよ」
そう苦々しく悪態をつく。
彼の選んだ新しい車は、人を轢くのが大好きな狂った殺人鬼だったらしい。
(とんでもない車を買ってしまったな……)
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