A happy drive day!

シュレディンガーのうさぎ

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メルダー

〈8〉

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次の日、朝早くチャイムが鳴った。眠たげな顔で朝陽がインターホンに答える。
「よう、朝陽。車が届いたみたいだな」
父親が爽やかな顔でインターホンの前に立っていた。
「親父。なんだよ、こんな朝早くに」
あくびを噛み殺しながら尋ねると
「いや、寄り道してみたら、お前の駐車場に車が停まっていたのが見えたからな。思わず声をかけてしまった」
そう恥ずかしそうに笑う父親を見ながら朝陽は後頭部を掻く。
「あの車の使い心地はどうだ?」
そうにこにこして尋ねられて「挙動がおかしい」なんて言えるはずがない。朝陽は
「まあいい感じだよ」と辺り触りなく言っておいた。
息子が車を気に入ってくれて嬉しい父親が足取り軽く車に戻っていくのを朝陽は見送る。そしてため息をついた。
外はいい天気だ。こんな日に家にいるのは勿体ないと、インドア派の朝陽でも分かるが、残念なことに車が壊れている。
(早く修理してもらわないと、今度こそ加害者になりかねないからな)
朝陽は立ち上がると服を着替え、外に出た。

朝陽はフロントガラスを含め様々な窓から中を覗く。どこにもあの子供はいないようだった。
朝陽はほっとしながら扉を開け、運転席に乗り込んだ。そして全ての扉に鍵をかけた。
シートベルトを伸ばす朝陽の隣にメルダーが現れる。
「どこに行くんですか?」
ぎょっとして朝陽が手を離したため、シートベルトが素早く元の位置に戻った。
まるで幽霊を見るかのように自分を見る朝陽に、メルダーが小首をかしげる。
「どうしたんですか?そんなにびっくりしちゃって。昨日も会ったじゃないですか」
そう言うメルダーから距離をとるように、朝陽が狭いシート上を扉側に寄る。
「お前……」
朝陽はうわごとのように呟く。
そんな朝陽にメルダーがけらけらと笑った。
「あはは、突然出てきたから驚きました?私はこの車自身ですから、車内ならどこにでも現われることが出来るんですよ?」
そう言って自分の存在をアピールするよう大きく手を振ってみせる。朝陽は鬱陶しそうに顔をそらすと、疲れたようにハンドルに額をくっつけた。
今の彼女は本当にどこから出てきたのか分からなかった。あちこちをくまなく見たが、車内のどこにもいなかったはずだ。
(まったく、どうなっているんだ……)
常識を打ち壊す現実に、朝陽の頭はズキズキと痛む。
「で、朝陽さん。どこに行くんです?」
頭を抱える朝陽を横目に、空調をくるくるといじりながらメルダーが尋ねる。
「……車屋だよ」
どこか吹っ切れたように朝陽が言う。
「車屋?」
「ああ。この車、どこか壊れているからな。修理をしないと危ない」
朝陽の言葉に「ふーん」とメルダーが興味なさげな返事をした。
「……車屋に行っても直らないですよ」
そう言うメルダーを怪訝な顔で朝陽が見る。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。だって、どこも壊れていないんですから」
そう言って笑うメルダーを、意味がわからないといったように朝陽が見る。
メルダーが体の向きを変え、朝陽を真正面から見つめる。
「あなたが意図したようにこの車が動かないのは、私が動かしているからです。私がこの車自身だということを忘れないでください。この車はあなただけでなくて、私も操作が出来るんです」
メルダーの言葉に朝陽は目を白黒させる。
(何を言っているんだ、こいつ……?)
疑わしげな顔をする朝陽に
「あ、信じていませんね?」とメルダーが悪戯っぽく言う。
「当たり前だ。もう少しましな嘘をつけ」
「だから嘘じゃありませんってー」
そうメルダーが口を尖らせる。
朝陽はそんなメルダーを横目にシートベルトを手早くつけた。そしてエンジンをかける。
「お前が何を言おうと、俺は車屋に行くからな」
メルダーはひらひら手を振ると「ご勝手にー」と言った。

車屋には多くの車が並んでいた。朝陽と同じように点検のために入ってくる車もいれば、点検が終わったようで出て行く車もいる。
軽い点検を受けたあと、整備士が帰ってくるを待つ。その間、小鳥のようにさえずる車達の声を聞きながら、朝陽は苦い顔をした。
「あ、朝陽さん。車の声がうるさいですか?」
朝陽の表情を見てメルダーが声をかける。しかし、朝陽はそれに答えなかった。この幻聴が車の声であることを認める発言をするのがなんだかしゃくだったからである。
しかし、話している内容を聞いた限り、確かにこれは車の声だ。それに、整備士達がうるさいはずのこの状況で普通の声量で話しているのを見れば、嫌でもこれが人間の声ではないと認めざるを得ない。
(なんでよりによって車の声なんか聞こえるようになってしまったんだ?)
朝陽はそう苦い顔で考える。
朝陽が相手にしてくれなかったため、暇になったメルダーが近くの車に話しかけた。話しかけられた車が愛想良く答える。それから二台は天気の話で盛り上がり始めた。
メルダーが他の車と普通に会話しているのを見て、朝陽は目を丸くした。
「お前、本当に車だったのか」
今更納得する朝陽に
「全く、ようやく分かったんですか」とメルダーがやれやれといったような顔をする。
「この腕章で気づいて欲しいところでしたけどね」
そう言って左腕を見せる。朝陽が覗き込むと、そこには朝陽の乗っているこの車のナンバープレートと同じものが書かれていた。
まじまじとそれを見る朝陽にメルダーが笑いかける。
「これが、人間と車の人型を見分けるためのものなんですよ。他にも、左の頬に書かれた自動車会社のエンブレムや首筋の車種を見るという手もあります。まあ、私は隠れちゃって見えないんですけどね」
朝陽はメルダーの言葉を聞き黙り込む。なんとか事実を新たな常識としてたたき込もうとしていた。
こちらに整備士が歩いてくるのを見つけて、メルダーが姿を消した。そのようなことにもう動じなくなった朝陽が、窓から顔を出す。
「関さん。さらに詳しい点検をするのに時間がかかりますので、この車を一日ほどお借りしてもよろしいでしょうか?」
朝陽は頷く。そして、メルダーを車屋に置いてその日は家に戻ってきた。
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