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メルダー

〈7〉

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「……おい、お前。どうして俺の家に上がり込んでいるんだ」
朝陽の言葉にメルダーがきょとんとした。
「なんでって、私はあなたの所有車ですから!」
朝陽はあきれた顔をする。
「何言っているんだ。俺の車なら外に停まっている」
そう顎をしゃくって言うとメルダーが首をかしげた。
「あれ?もしかして、運転手さん。車の人型に会うのは初めてですか?」
「人型……?」と朝陽が怪訝な顔をする。
「そうです、人型。私がまさにそれですよ。車は自我が強くなってくると、このように人型になって人間の前に姿を現せるようになるんです!」
朝陽はメルダーの言うことを軽く受け流す。
「あー、そういう設定で遊んでいるんだな、お前は」
「設定じゃないです!」とメルダーが怒る。
「私はあなたが買ったあの車の人型なんです。まあ擬人化というべきでしょうか……?」
メルダーがそう言って考え込む。
朝陽はそんなメルダーを見て
「お前、いつから車に乗っていたか知らないが、早くお家に帰ったほうがいいんじゃないか?親御さんが心配しているぞ」
と言った。
「もう!全く信じていないんですね。『車の声が聞こえる人間』だっていうのに」
メルダーが頬を膨らませる。
「なんだよ、その『車の声が聞こえる人間』というのは」
そう言うと、メルダーは少し驚いたような顔をした。
「えっ!……あなた、自分がそういう人間だって気づいていないんですね」
怪訝な顔をしている朝陽を見ながらメルダーが続ける。
「『車の声が聞こえる人間』というのは、その名前の通り、車の声を聞きかつ話をすることが出来る人間のことです」
「……その、『車の声』というのは?」
朝陽が尋ねる。
「その名の通り車の話し声のことです。車は話すことが出来るんですよ!……まあ、ほとんどの人間はその声を聞くことは出来ないのですが。だから、あなたのような人間は珍しいんです」
朝陽は興味本位で聞いたことを後悔していた。
「お前の世界にはついていけないよ……」
「本当のことなんですってば!気づいていないかもしれないけど、あなたは私以外の車の声も聞いているはずです」
そう言われて朝陽ははっとした。思いあたる節が確かにあるからだ。
最近、時々聞こえる空耳。父親に会ったときも、中古車販売店に行ったときも、今日車で出掛けたときもそれは聞こえたのだ。
「……」
神妙な顔をして考え込んだ朝陽にメルダーが満足そうに笑う。
「ほら、やっぱり」
朝陽は額を押さえ、頭を整理させる。
「……じゃあ、俺が空耳とか幻聴だと思っていたのは、全部車の声だったってことか?」
「だからそうですってば。もう、頭が固いですね」
頭が固いとかの問題ではない。朝陽は車が機械だということを知っている。それが何から、そしてどう作られるかも大まかに知っている。そんな車が人間のように話せる訳がない。
しかし、車が話せる物だと仮定すれば、最近になって起こり始めた奇怪な現象も説明がつくのだ。
「……」
朝陽は眉を寄せたまま立ち上がると、台所に移動した。何をするのだろうと不思議そうに見ているメルダーにかまわず、冷蔵庫を開け缶コーヒーを取り出す。そして封を切ると一気に喉に流し込んだ。
冷えたコーヒーが体内を滑り落ちていくのを感じる。朝陽は数回で全部飲み干すと空き缶をごみ箱に放り込んだ。
「……はあ」
ため息をつく朝陽にメルダーが話しかける。
「ねえねえ、運転手さん。あなた、名前はなんていうんです?」
朝陽は、台所に頬杖をついてこちらを見るメルダーを一瞥する。そしてぶっきらぼうに
「……朝陽だよ」と答えた。
「そうですか。これからよろしくお願いしますね、朝陽さん」
メルダーはそう言ってにっと笑った。
「……」
朝陽は黙ってメルダーに近寄ると、襟首をつかみ玄関まで引きずっていった。
そしてじたばたするメルダーを外に放り出した。
「ちょっと、何をするんですかあ、朝陽さん!」
「お前、大人をからかうのもいい加減にして、親のところに戻れ」
「だから、私はあなたの車なんですって!」
ぎゃあぎゃあと玄関前で騒ぐメルダーを無視して、朝陽はソファにもたれ掛かりテレビをつけた。そして、普段なら見ない子供向けアニメをぼんやりと眺めた。
気持ちが落ち着いてきてから、携帯電話で近くの車屋を調べ始めた。
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