68 / 142
メルダー
〈1〉
しおりを挟む
「あー……。眠い」
朝陽は大きく口を開けて、あくびをしながらテレビをつける。寝起きの頭に優しい、アナウンサーの穏やかな声が耳に届いてきた。
現在は夏休み真只中。しかし、仕事が入らない限り年中休みの朝陽にはあまり縁がない。
逆に休みというのもあり仕事が舞い込んでくる一方だ。しかし相変わらず車体の部分が壊れているものばかりであり、朝陽は毎回無駄足をくっていた。
(ガソリン代がばかにならないんだよな……)
しかし、悩みのある車がいないということはいいことだ。そう前向きに考えつつ、トースターに食パンを一枚放り込む。
時計を見れば六時半を指している。普段の朝陽ならまだ夢の中にいる頃だ。それを思うと再びあくびが出てきてしまう。
今日、何故こんなにも早く彼が起きているかというと、磯部から
「夏休みだし、お前相変わらず暇だろ?わざわざ俺が連休をとってやったからどこかに旅行に行こうぜ!」と例のごとく誘われたからである。
しかし前のゴールデンウィークと違うのは、泊まりの旅行だったために当日ではなく前もって磯部が知らせてくれたことだ。
しかし行き先には朝陽の意見は通らず、勝手に沖縄に決定されていた。断ろうとも思ったが、飛行機の席も宿泊先も全て押さえてあるらしい。八方塞がりになったため、朝陽はため息をつきながら行くことを了承した。
「はあ、分かりました。行きますよ。……でも先輩、奥さんは放っておいていいんですか?」
そう尋ねると磯部の声が一オクターブ下がった。今まで聞いたことがないほど低い声だ。
(あ、まずい)
触れてはいけない話題に触れたことを察した朝陽は素早く話を変え、なんとか難を切り抜けた。
「次のニュースです」
寝ぼけ頭でコーヒーポットを垂直にしてコップにそそぐ。しかし、中に思ったより多く残っていたようで、入りきらなかったコーヒーがコップから勢いよくこぼれてしまった。
「うわっ」
あわてて台布巾をとろうとする朝陽の耳にアナウンサーの声が届く。
「ここ数日の間、県内に住む住民から、車に妙なマークが落書きされているとの報告が相次ぎました」
朝陽はちらりとテレビ画面を見る。
棒人間に大きくバツが書かれたマーク。それが車のルーフに大きく書かれている。
「警察は、報告された車に全て同じマークが書かれていることから、何者かの一連の犯行として見ています」
ちらりと手元の紙に目を落としながらアナウンサーが続ける。
「また、警察は車に落書きされないよう、車庫のある所は扉をしめ鍵をかけるなどの措置をとるよう呼び掛けています」
(車に落書きか……。まあ、うちの車は大丈夫か)
朝陽は台所をふきながらそう考える。
特にリオンはかなり神経質で、誰にもボディーの表面を触らせない。しかも人型にもなれるわけだから、落書きされそうになっても何とかして被害を免れるだろう。
こぼれたものを拭き取り、今度は表面張力によってなんとかコップから零れないでいる部分をすする。
そんな朝陽の耳に、次のニュースが入ってきた。
「……湾に一台の車が沈んでいるのが地元の漁師によって見つかりました。引き上げた車の運転席には運転手はおらず、車体の様子を見たところ、沈んだのはここ数年のことだと思われます」
「へえー。駐車の時にでも踏み外して落ちたのかな。運転手は脱出出来たみたいだからいいが、車ごと海に落ちるのは怖いな」
そう呟きながらなんとなく映像を見ていた朝陽の目が丸くなった。
「……え」
今、テレビには引き上げられた車が映っていた。薄茶色のボディーカラー、外国の自動車会社のエンブレム、そして見覚えのあるナンバープレート。
「おい、嘘だろ?」
朝陽はコーヒーカップを置くと素早くテレビの前に移動した。そして顔がくっつくほど画面に顔を近づけ、細部まで目を凝らしてよく見る。
どれだけ瞬きをしようと、目を擦ろうと、それは朝陽が見たことのある車に変わりなかった。
「……どうして」
そう呆然としたように呟いた朝陽の頭には、"彼女がそうした理由"が浮かび上がっていた。
朝陽は大きく口を開けて、あくびをしながらテレビをつける。寝起きの頭に優しい、アナウンサーの穏やかな声が耳に届いてきた。
現在は夏休み真只中。しかし、仕事が入らない限り年中休みの朝陽にはあまり縁がない。
逆に休みというのもあり仕事が舞い込んでくる一方だ。しかし相変わらず車体の部分が壊れているものばかりであり、朝陽は毎回無駄足をくっていた。
(ガソリン代がばかにならないんだよな……)
しかし、悩みのある車がいないということはいいことだ。そう前向きに考えつつ、トースターに食パンを一枚放り込む。
時計を見れば六時半を指している。普段の朝陽ならまだ夢の中にいる頃だ。それを思うと再びあくびが出てきてしまう。
今日、何故こんなにも早く彼が起きているかというと、磯部から
「夏休みだし、お前相変わらず暇だろ?わざわざ俺が連休をとってやったからどこかに旅行に行こうぜ!」と例のごとく誘われたからである。
しかし前のゴールデンウィークと違うのは、泊まりの旅行だったために当日ではなく前もって磯部が知らせてくれたことだ。
しかし行き先には朝陽の意見は通らず、勝手に沖縄に決定されていた。断ろうとも思ったが、飛行機の席も宿泊先も全て押さえてあるらしい。八方塞がりになったため、朝陽はため息をつきながら行くことを了承した。
「はあ、分かりました。行きますよ。……でも先輩、奥さんは放っておいていいんですか?」
そう尋ねると磯部の声が一オクターブ下がった。今まで聞いたことがないほど低い声だ。
(あ、まずい)
触れてはいけない話題に触れたことを察した朝陽は素早く話を変え、なんとか難を切り抜けた。
「次のニュースです」
寝ぼけ頭でコーヒーポットを垂直にしてコップにそそぐ。しかし、中に思ったより多く残っていたようで、入りきらなかったコーヒーがコップから勢いよくこぼれてしまった。
「うわっ」
あわてて台布巾をとろうとする朝陽の耳にアナウンサーの声が届く。
「ここ数日の間、県内に住む住民から、車に妙なマークが落書きされているとの報告が相次ぎました」
朝陽はちらりとテレビ画面を見る。
棒人間に大きくバツが書かれたマーク。それが車のルーフに大きく書かれている。
「警察は、報告された車に全て同じマークが書かれていることから、何者かの一連の犯行として見ています」
ちらりと手元の紙に目を落としながらアナウンサーが続ける。
「また、警察は車に落書きされないよう、車庫のある所は扉をしめ鍵をかけるなどの措置をとるよう呼び掛けています」
(車に落書きか……。まあ、うちの車は大丈夫か)
朝陽は台所をふきながらそう考える。
特にリオンはかなり神経質で、誰にもボディーの表面を触らせない。しかも人型にもなれるわけだから、落書きされそうになっても何とかして被害を免れるだろう。
こぼれたものを拭き取り、今度は表面張力によってなんとかコップから零れないでいる部分をすする。
そんな朝陽の耳に、次のニュースが入ってきた。
「……湾に一台の車が沈んでいるのが地元の漁師によって見つかりました。引き上げた車の運転席には運転手はおらず、車体の様子を見たところ、沈んだのはここ数年のことだと思われます」
「へえー。駐車の時にでも踏み外して落ちたのかな。運転手は脱出出来たみたいだからいいが、車ごと海に落ちるのは怖いな」
そう呟きながらなんとなく映像を見ていた朝陽の目が丸くなった。
「……え」
今、テレビには引き上げられた車が映っていた。薄茶色のボディーカラー、外国の自動車会社のエンブレム、そして見覚えのあるナンバープレート。
「おい、嘘だろ?」
朝陽はコーヒーカップを置くと素早くテレビの前に移動した。そして顔がくっつくほど画面に顔を近づけ、細部まで目を凝らしてよく見る。
どれだけ瞬きをしようと、目を擦ろうと、それは朝陽が見たことのある車に変わりなかった。
「……どうして」
そう呆然としたように呟いた朝陽の頭には、"彼女がそうした理由"が浮かび上がっていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
八天閣奇談〜大正時代の異能デスゲーム
Tempp
キャラ文芸
大正8年秋の夜長。
常磐青嵐は気がつけば、高層展望塔八天閣の屋上にいた。突然声が響く。
ここには自らを『唯一人』と認識する者たちが集められ、これから新月のたびに相互に戦い、最後に残った1人が神へと至る。そのための力がそれぞれに与えられる。
翌朝目がさめ、夢かと思ったが、手の甲に奇妙な紋様が刻みつけられていた。
今6章の30話くらいまでできてるんだけど、修正しながらぽちぽちする。
そういえば表紙まだ書いてないな。去年の年賀状がこの話の浜比嘉アルネというキャラだったので、仮においておきます。プロローグに出てくるから丁度いい。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる