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メルダー

〈1〉

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「あー……。眠い」
朝陽は大きく口を開けて、あくびをしながらテレビをつける。寝起きの頭に優しい、アナウンサーの穏やかな声が耳に届いてきた。
現在は夏休み真只中。しかし、仕事が入らない限り年中休みの朝陽にはあまり縁がない。
逆に休みというのもあり仕事が舞い込んでくる一方だ。しかし相変わらず車体の部分が壊れているものばかりであり、朝陽は毎回無駄足をくっていた。
(ガソリン代がばかにならないんだよな……)
しかし、悩みのある車がいないということはいいことだ。そう前向きに考えつつ、トースターに食パンを一枚放り込む。
時計を見れば六時半を指している。普段の朝陽ならまだ夢の中にいる頃だ。それを思うと再びあくびが出てきてしまう。
今日、何故こんなにも早く彼が起きているかというと、磯部から
「夏休みだし、お前相変わらず暇だろ?わざわざ俺が連休をとってやったからどこかに旅行に行こうぜ!」と例のごとく誘われたからである。
しかし前のゴールデンウィークと違うのは、泊まりの旅行だったために当日ではなく前もって磯部が知らせてくれたことだ。
しかし行き先には朝陽の意見は通らず、勝手に沖縄に決定されていた。断ろうとも思ったが、飛行機の席も宿泊先も全て押さえてあるらしい。八方塞がりになったため、朝陽はため息をつきながら行くことを了承した。
「はあ、分かりました。行きますよ。……でも先輩、奥さんは放っておいていいんですか?」
そう尋ねると磯部の声が一オクターブ下がった。今まで聞いたことがないほど低い声だ。
(あ、まずい)
触れてはいけない話題に触れたことを察した朝陽は素早く話を変え、なんとか難を切り抜けた。

「次のニュースです」
寝ぼけ頭でコーヒーポットを垂直にしてコップにそそぐ。しかし、中に思ったより多く残っていたようで、入りきらなかったコーヒーがコップから勢いよくこぼれてしまった。
「うわっ」
あわてて台布巾をとろうとする朝陽の耳にアナウンサーの声が届く。
「ここ数日の間、県内に住む住民から、車に妙なマークが落書きされているとの報告が相次ぎました」
朝陽はちらりとテレビ画面を見る。
棒人間に大きくバツが書かれたマーク。それが車のルーフに大きく書かれている。
「警察は、報告された車に全て同じマークが書かれていることから、何者かの一連の犯行として見ています」
ちらりと手元の紙に目を落としながらアナウンサーが続ける。
「また、警察は車に落書きされないよう、車庫のある所は扉をしめ鍵をかけるなどの措置をとるよう呼び掛けています」
(車に落書きか……。まあ、うちの車は大丈夫か)
朝陽は台所をふきながらそう考える。
特にリオンはかなり神経質で、誰にもボディーの表面を触らせない。しかも人型にもなれるわけだから、落書きされそうになっても何とかして被害を免れるだろう。
こぼれたものを拭き取り、今度は表面張力によってなんとかコップから零れないでいる部分をすする。
そんな朝陽の耳に、次のニュースが入ってきた。
「……湾に一台の車が沈んでいるのが地元の漁師によって見つかりました。引き上げた車の運転席には運転手はおらず、車体の様子を見たところ、沈んだのはここ数年のことだと思われます」
「へえー。駐車の時にでも踏み外して落ちたのかな。運転手は脱出出来たみたいだからいいが、車ごと海に落ちるのは怖いな」
そう呟きながらなんとなく映像を見ていた朝陽の目が丸くなった。
「……え」
今、テレビには引き上げられた車が映っていた。薄茶色のボディーカラー、外国の自動車会社のエンブレム、そして見覚えのあるナンバープレート。
「おい、嘘だろ?」
朝陽はコーヒーカップを置くと素早くテレビの前に移動した。そして顔がくっつくほど画面に顔を近づけ、細部まで目を凝らしてよく見る。
どれだけ瞬きをしようと、目を擦ろうと、それは朝陽が見たことのある車に変わりなかった。
「……どうして」
そう呆然としたように呟いた朝陽の頭には、"彼女がそうした理由"が浮かび上がっていた。
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