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水族館にて

〈7〉

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三人はあれから水族館の中を巡り、今はスタジアムの近くに戻ってきていた。
「さて、次はどうするか……」
そう言う朝陽のお腹がぐうとなった。リオンとティーの視線を受けて、朝陽は腹を押さえるとばつが悪そうに笑った。
「腹がへったな。ちょっと昼飯を買ってくるよ。ここで待っていてくれ」
二人が頷くのを見て朝陽は踵を返すと屋台の方へ歩き出した。
リオンとティーは並んでシャチを見る。
ペンギンの水槽でのことがあり、リオンはなんだか決まりが悪くて、ティーから少し距離をおいた。
ティーもそれに気づいて、気を遣って距離をとる。今、彼らの間には人が一人入れそうな空間が空いていた。
そこに朝陽が戻ってくる。手にはフランクフルトを持っていた。
「シャチを見ていたのか」
そして二人の後ろに立つ。そのまま腕時計を見た。
「そういや、もう少しでシャチのショーの練習が始まるって書いてあったような……」
そう言った瞬間に、プールサイドにいたトレーナーが手で指示を出した。それを合図にシャチがヒレを振り、ぱしゃぱしゃと水を跳ねさせる。
スタジアムの方から声が聞こえてきた。どうやらシャチについての説明をしているらしい。
『シャチはペンギンやイルカ、アシカなどを食べ、時には自分よりも大きな生き物を群れで襲います……』
それを聞いて朝陽は感心する。
「へえ、すごいな。シャチが怖い生き物だということは知っていたが」
「シャチは色々食べるのですね」とリオンがトレーナーから投げられる魚を見て言う。
「ああ。時には人間も襲うぞ」
それを聞いてティーが驚いた。
「え、だったらあの人、危ないですよ……!」
慌てるティーを安心させるように言う。
「心配するな、いつも襲う訳じゃない。腹が減ったときとか、機嫌が悪いときだけだと思う」
朝陽はそう言ってから続けた。
「だが、シャチが人間より強い生き物なのは明らかだ。こいつらは人間なんて簡単に殺せちまう。そんなのがなんで人間の言うことを聞いていると思う?」
二人は分からないと首を振る。
朝陽が淡々と話す。
「それはな、自分が人間より優位な立場だと気づいていないからだ。だから、もしあいつらが自分の方が強いと分かった時には、人間に反旗を翻すかもしれない。それがいつか起こるのではないかと思うと、怖いよな」
『優位の変換』。リオンは心の中で繰り返す。
「……そんなこと、あるのでしょうか」
リオンの言葉に「さあな」と朝陽が首をかしげた。
「まあ、起こってもおかしくないかもな。それがシャチかどうかは分からないが」
朝陽の言葉を聞きながらリオンはシャチを見た。
芸を成功させて人間に褒められるシャチはとても嬉しそうだった。トレーナーを心から敬愛しているようだった。
力の強いものが弱いものに手懐けられ利用されているという、妙な光景。
リオンはそれに奇妙な既視感を覚えつつ、シャチの練習風景を眺めた。

「そろそろ帰るぞ」
他の生き物を見て帰ってきた朝陽がティーに話しかける。イルカを見下ろしていたティーが振り返った。
「お前、イルカ好きだな」
朝陽があきれたように言うと、ティーが恥ずかしそうに微笑んだ。
「はい。イルカさんってとても優しい顔をしているし、可愛いですから」
なるほどな、と頷いて今度はリオンの方を見る。リオンも人間に混じってイルカをまじまじと見ていた。
(まさか車さえも惹き付けるとはな……)
朝陽は頬杖をつきながら、プール内をすいすい泳ぐ人気者を見る。
子イルカが親イルカに寄り添って泳いでいた。小さい尾びれを必死に上下に動かし、親イルカに遅れないようついていく。それを母親に抱き抱えられていた赤ちゃんが何か言いながら目で追う。
あんなに小さくても、必死になって生きている。朝陽は子イルカと人間の子供を見比べてふっと微笑んだ。
「こういうところに来ると、命の大切さってものが分かるよな」
イルカに目を戻しながら朝陽は呟く。
「命というのはすごいな。電池みたいに交換も効かないし、作ろうと思って作れるものでもない。形がなくとらえどころがないのに、時に考えられないほどの巨大な力を産み出す」
朝陽は誰かに聞かせることもなく独りごちた。
「俺みたいに無機物ばかりに囲まれて生活していると、つい忘れてしまうんだよな。だから、今日は思い出せて良かった」
朝陽はすっきりしたように笑った。彼は珍しく気分が高揚していた。
「運転手は、命の尊さを知っていないとな」
子イルカが気まぐれに跳ねた。そして白いしぶきを辺りにまき散らす。その小さくしなやかな体に無限の力を秘めて……。
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