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水族館にて
〈6〉
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ティーは今、中々水の中に飛び込まないペンギンを眺めていた。
高い岩の上にいるそのペンギンは、飛び込もうとして足を少し前に出しても、すぐに引っ込めてしまう。恐らく怖いのだろう。
(ペンギンさん、頑張れ……)
じっとペンギンを見つめながら、心の中でティーは応援する。
リオンは黙ってそんなティーを見つめている。
穴が開くほど見つめられ、ようやく視線に気づいたティーがリオンの方を見た。そして、今度は目が合うのを避ける。
「あ、あの。何か私、気に障るようなことをしましたか……?」
不安そうに言うティーにリオンは首を振った。
「いえ。ただ、あなたがそんなに明るい顔をしているのを見るのは初めてでしたから」
ティーがその言葉に目を丸くする。
「今まで私が見たことのあるあなたの表情は、泣顔くらいでしたから。ですから、今の表情は珍しくて、思わず見入ってしまいました」
そういうとティーが恥ずかしそうにうつむいた。
「すみません。私ったら本当に泣き虫で……」
「いえ」
リオンはそう言ってから再び口を開いた。
「朝陽の言った通り、悲しいときに泣くことは、悪いことではないと思います」
ティーはそれを聞いて嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます。でも、もう泣かないって決めたんです。あのときを最後にしようって、自分で決めたんです」
ティーの言葉に「そうなのですか」とリオンは相づちをうつ。
「……」
ティーはリオンの顔をみながら、初めて彼と二人きりになったときのことを思い出していた。
朝陽が愛昼とスイに、ティーの話を聞きに行ったときのことだ。その時ティーは朝陽についていき、仕事の間リオンと車内で待っていたのだった。
他の車が近くにいるのは怖かったが、あの時はひとりぼっちになりたくない気持ちの方が強かった。それに、リオンも事故経験者であることを知り、ティーは少しだけ彼に親近感がわいたのだ。
あの日、朝陽が出て行ってしばらくたった後、ティーはリオンに遠回しに彼の事故について聞いてみた。
リオンはまるで自分が関係者でないように事故について話した。運転手が交通規則を守らなかった車に轢き殺されたこと、それ以来交通規則が少しでも破られるとひどい嫌悪感を抱くようになりエンジンを止めるようになったこと、それを直すよう彼の新たな所有者に頼まれ朝陽がやってきたこと……。
リオンは自分の感情を一つも織り混ぜずに、淡々と事故の事実だけを述べた。
ティーにはそのときの彼の様子が、とても傷ましく見えた。
「……」
ティーはリオンを見つめ考える。
(きっと、リオンさんは運転手さんの亡くなった悲しみに触れるのを避けている。それに彼自身も気づいていない。だからあんなに淡々としか話せないんだわ)
ティーは少し視線を泳がした。頭に浮かんだことをリオンに言おうか迷う。
(けれどこれは彼のことだし、私が変なことを言って余計に彼を傷つけてもいけないし……。……でも)
そう逡巡していたとき、ふと先程のペンギンが目に入った。
今、ペンギンはじっと水を見つめていた。他のペンギンが気持ちよさそうに泳ぐのをうらやましそうに眺めていた。
「……」
彼は決心したように足を踏み出すと、とうとう水に飛び込んだ。
ぱしゃんと水しぶきがあがる。彼は他の仲間と合流すると、心地よさそうに水中を泳いでいった。
(ペンギンさん、頑張ったんだな……)
そのペンギンが泳いでこちらにやってくる。翼をぱたぱたと振り、ティーを応援しているかのようだった。
(そうか、私も……)
ティーはぎゅっと拳を作ると思いきったようにリオンの方を見た。
「リオンさん」
ティーはリオンを真正面から見据えた。いつものびくびくした顔ではない。リオンはそれを見て戸惑った。
ティーはゆっくりと手を伸ばすとリオンの手をとった。そしてその手を両手で包み込み微笑む。
「泣いても、いいんですよ」
リオンはぱちりと瞬きをした。一瞬、彼女が何を言ったのか分からなかった。
ティーに握られた手が温かい。なんだか熱いものが心の奥からこみ上げてくる感覚がする。
リオンは何も言えずティーを見つめていた。
「よう、何しているんだ?」
急に上から声をかけられてリオンははっとした。顔をあげると、朝陽が面白そうな顔をして覗きこんでいるのが見えた。
弱点を見られたような気がして、リオンがさっと手を引っ込める。ティーもそれを受けて、ゆっくり手を自分の膝の上に戻した。
すっかり無言になってしまった二人を見て朝陽が腕を組む。
(しまった。せっかく良い感じだったのに、まずいことをしたな……)
とはいっても、自分の行動を今更後悔しても仕方がない。朝陽は気分を切り替えるために、二人を次の部屋へ移動するよう促した。
高い岩の上にいるそのペンギンは、飛び込もうとして足を少し前に出しても、すぐに引っ込めてしまう。恐らく怖いのだろう。
(ペンギンさん、頑張れ……)
じっとペンギンを見つめながら、心の中でティーは応援する。
リオンは黙ってそんなティーを見つめている。
穴が開くほど見つめられ、ようやく視線に気づいたティーがリオンの方を見た。そして、今度は目が合うのを避ける。
「あ、あの。何か私、気に障るようなことをしましたか……?」
不安そうに言うティーにリオンは首を振った。
「いえ。ただ、あなたがそんなに明るい顔をしているのを見るのは初めてでしたから」
ティーがその言葉に目を丸くする。
「今まで私が見たことのあるあなたの表情は、泣顔くらいでしたから。ですから、今の表情は珍しくて、思わず見入ってしまいました」
そういうとティーが恥ずかしそうにうつむいた。
「すみません。私ったら本当に泣き虫で……」
「いえ」
リオンはそう言ってから再び口を開いた。
「朝陽の言った通り、悲しいときに泣くことは、悪いことではないと思います」
ティーはそれを聞いて嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます。でも、もう泣かないって決めたんです。あのときを最後にしようって、自分で決めたんです」
ティーの言葉に「そうなのですか」とリオンは相づちをうつ。
「……」
ティーはリオンの顔をみながら、初めて彼と二人きりになったときのことを思い出していた。
朝陽が愛昼とスイに、ティーの話を聞きに行ったときのことだ。その時ティーは朝陽についていき、仕事の間リオンと車内で待っていたのだった。
他の車が近くにいるのは怖かったが、あの時はひとりぼっちになりたくない気持ちの方が強かった。それに、リオンも事故経験者であることを知り、ティーは少しだけ彼に親近感がわいたのだ。
あの日、朝陽が出て行ってしばらくたった後、ティーはリオンに遠回しに彼の事故について聞いてみた。
リオンはまるで自分が関係者でないように事故について話した。運転手が交通規則を守らなかった車に轢き殺されたこと、それ以来交通規則が少しでも破られるとひどい嫌悪感を抱くようになりエンジンを止めるようになったこと、それを直すよう彼の新たな所有者に頼まれ朝陽がやってきたこと……。
リオンは自分の感情を一つも織り混ぜずに、淡々と事故の事実だけを述べた。
ティーにはそのときの彼の様子が、とても傷ましく見えた。
「……」
ティーはリオンを見つめ考える。
(きっと、リオンさんは運転手さんの亡くなった悲しみに触れるのを避けている。それに彼自身も気づいていない。だからあんなに淡々としか話せないんだわ)
ティーは少し視線を泳がした。頭に浮かんだことをリオンに言おうか迷う。
(けれどこれは彼のことだし、私が変なことを言って余計に彼を傷つけてもいけないし……。……でも)
そう逡巡していたとき、ふと先程のペンギンが目に入った。
今、ペンギンはじっと水を見つめていた。他のペンギンが気持ちよさそうに泳ぐのをうらやましそうに眺めていた。
「……」
彼は決心したように足を踏み出すと、とうとう水に飛び込んだ。
ぱしゃんと水しぶきがあがる。彼は他の仲間と合流すると、心地よさそうに水中を泳いでいった。
(ペンギンさん、頑張ったんだな……)
そのペンギンが泳いでこちらにやってくる。翼をぱたぱたと振り、ティーを応援しているかのようだった。
(そうか、私も……)
ティーはぎゅっと拳を作ると思いきったようにリオンの方を見た。
「リオンさん」
ティーはリオンを真正面から見据えた。いつものびくびくした顔ではない。リオンはそれを見て戸惑った。
ティーはゆっくりと手を伸ばすとリオンの手をとった。そしてその手を両手で包み込み微笑む。
「泣いても、いいんですよ」
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ティーに握られた手が温かい。なんだか熱いものが心の奥からこみ上げてくる感覚がする。
リオンは何も言えずティーを見つめていた。
「よう、何しているんだ?」
急に上から声をかけられてリオンははっとした。顔をあげると、朝陽が面白そうな顔をして覗きこんでいるのが見えた。
弱点を見られたような気がして、リオンがさっと手を引っ込める。ティーもそれを受けて、ゆっくり手を自分の膝の上に戻した。
すっかり無言になってしまった二人を見て朝陽が腕を組む。
(しまった。せっかく良い感じだったのに、まずいことをしたな……)
とはいっても、自分の行動を今更後悔しても仕方がない。朝陽は気分を切り替えるために、二人を次の部屋へ移動するよう促した。
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