上 下
66 / 142
水族館にて

〈6〉

しおりを挟む
ティーは今、中々水の中に飛び込まないペンギンを眺めていた。
高い岩の上にいるそのペンギンは、飛び込もうとして足を少し前に出しても、すぐに引っ込めてしまう。恐らく怖いのだろう。
(ペンギンさん、頑張れ……)
じっとペンギンを見つめながら、心の中でティーは応援する。
リオンは黙ってそんなティーを見つめている。
穴が開くほど見つめられ、ようやく視線に気づいたティーがリオンの方を見た。そして、今度は目が合うのを避ける。
「あ、あの。何か私、気に障るようなことをしましたか……?」
不安そうに言うティーにリオンは首を振った。
「いえ。ただ、あなたがそんなに明るい顔をしているのを見るのは初めてでしたから」
ティーがその言葉に目を丸くする。
「今まで私が見たことのあるあなたの表情は、泣顔くらいでしたから。ですから、今の表情は珍しくて、思わず見入ってしまいました」
そういうとティーが恥ずかしそうにうつむいた。
「すみません。私ったら本当に泣き虫で……」
「いえ」
リオンはそう言ってから再び口を開いた。
「朝陽の言った通り、悲しいときに泣くことは、悪いことではないと思います」
ティーはそれを聞いて嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます。でも、もう泣かないって決めたんです。あのときを最後にしようって、自分で決めたんです」
ティーの言葉に「そうなのですか」とリオンは相づちをうつ。
「……」
ティーはリオンの顔をみながら、初めて彼と二人きりになったときのことを思い出していた。
朝陽が愛昼とスイに、ティーの話を聞きに行ったときのことだ。その時ティーは朝陽についていき、仕事の間リオンと車内で待っていたのだった。
他の車が近くにいるのは怖かったが、あの時はひとりぼっちになりたくない気持ちの方が強かった。それに、リオンも事故経験者であることを知り、ティーは少しだけ彼に親近感がわいたのだ。
あの日、朝陽が出て行ってしばらくたった後、ティーはリオンに遠回しに彼の事故について聞いてみた。
リオンはまるで自分が関係者でないように事故について話した。運転手が交通規則を守らなかった車に轢き殺されたこと、それ以来交通規則が少しでも破られるとひどい嫌悪感を抱くようになりエンジンを止めるようになったこと、それを直すよう彼の新たな所有者に頼まれ朝陽がやってきたこと……。
リオンは自分の感情を一つも織り混ぜずに、淡々と事故の事実だけを述べた。
ティーにはそのときの彼の様子が、とても傷ましく見えた。
「……」
ティーはリオンを見つめ考える。
(きっと、リオンさんは運転手さんの亡くなった悲しみに触れるのを避けている。それに彼自身も気づいていない。だからあんなに淡々としか話せないんだわ)
ティーは少し視線を泳がした。頭に浮かんだことをリオンに言おうか迷う。
(けれどこれは彼のことだし、私が変なことを言って余計に彼を傷つけてもいけないし……。……でも)
そう逡巡していたとき、ふと先程のペンギンが目に入った。
今、ペンギンはじっと水を見つめていた。他のペンギンが気持ちよさそうに泳ぐのをうらやましそうに眺めていた。
「……」
彼は決心したように足を踏み出すと、とうとう水に飛び込んだ。
ぱしゃんと水しぶきがあがる。彼は他の仲間と合流すると、心地よさそうに水中を泳いでいった。
(ペンギンさん、頑張ったんだな……)
そのペンギンが泳いでこちらにやってくる。翼をぱたぱたと振り、ティーを応援しているかのようだった。
(そうか、私も……)
ティーはぎゅっと拳を作ると思いきったようにリオンの方を見た。
「リオンさん」
ティーはリオンを真正面から見据えた。いつものびくびくした顔ではない。リオンはそれを見て戸惑った。
ティーはゆっくりと手を伸ばすとリオンの手をとった。そしてその手を両手で包み込み微笑む。
「泣いても、いいんですよ」
リオンはぱちりと瞬きをした。一瞬、彼女が何を言ったのか分からなかった。
ティーに握られた手が温かい。なんだか熱いものが心の奥からこみ上げてくる感覚がする。
リオンは何も言えずティーを見つめていた。

「よう、何しているんだ?」
急に上から声をかけられてリオンははっとした。顔をあげると、朝陽が面白そうな顔をして覗きこんでいるのが見えた。
弱点を見られたような気がして、リオンがさっと手を引っ込める。ティーもそれを受けて、ゆっくり手を自分の膝の上に戻した。
すっかり無言になってしまった二人を見て朝陽が腕を組む。
(しまった。せっかく良い感じだったのに、まずいことをしたな……)
とはいっても、自分の行動を今更後悔しても仕方がない。朝陽は気分を切り替えるために、二人を次の部屋へ移動するよう促した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...