A happy drive day!

シュレディンガーのうさぎ

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エース

〈14〉

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「永谷さん!迷惑かけてすみませ……」
そう言い終わる前に叶夜は永谷に抱きしめられていた。
「よかった~!要くんが無事で!」
迷子の子供が見つかったかのような永谷の行動に、叶夜が頬を染めて慌てる。
「な、永谷さん!ちょっと恥ずかしいです!」
そう腕の中でじたばたする叶夜に気づいて、永谷が我に返ったように
「あら、ごめんなさい。ほっとしてつい抱きついちゃったわ」と言い叶夜から離れた。
永谷の後ろから、状況がよめないといった顔をした車屋が現れる。
「えーっと、直ったんですか?」
朝陽が振り向き、頷いた。
「ええ。ご覧の通り」
朝陽はエースに近づき扉を開け閉めする。それを見て車屋は納得のいかないような顔をしながら
「そうですか、それなら良かったです。ですが念のために検査しておきますね」と言った。
エースの扉を検査する車屋を背にして朝陽が歩き出す。建物内に戻ろうとする朝陽を叶夜が呼び止めた。
「あの、関さん。本当にありがとうございました。なにかお礼をしたいのですが……」
叶夜の言葉に朝陽は振り返り首を振る。
「いえ、私は大したことをしていませんので」
仕事が終わったことに気づいたリオンが、朝陽たちの方に近づいてくる。
「でも……。エースを説得するやり方を教えてくれたのはあなたですから、何かしらはお礼を……」
「そのとおりだ」と誰かが叶夜の言葉に賛成した。
はっとして叶夜と永谷が振り返る。
「所長!」
所長と呼ばれたその男はゆっくりとこちらに近づいてきた。そして朝陽とリオンを見る。
随分と背の高い男性だ。朝陽とリオンは彼の顔を見上げる状態になる。
「やあ、こんにちは。教習車の不具合を直してくれたのは君かい?」
穏やかそうな顔で朝陽を見る。朝陽は所長の顔を見ながら
「私はお手伝いをしたくらいです。本当に直したのは叶夜さんですよ」と言った。
所長は首を振り朝陽の顔を見つめる。
「いや、しかし直す手解きをしてくれたのは君だ。感謝するよ。ところで……」
所長がちらりとリオンを見る。リオンは何の用かと所長を見上げる。
所長がリオンのことを興味深げに見ているのに気づいた朝陽が怪訝な顔をして
「何か気になることがありますか?」と尋ねた。
「いや、目を引く容姿の青年だからね」
「よく注目されます」と朝陽が頷く。
所長は朝陽に視線を戻し腕を組む。
「君は関朝陽さんと言ったね。私の思い違いでなければ『車なんでも相談所』を経営していたような……」
「よくご存じで」と朝陽が言う。永谷と叶夜が話が読めず顔を見合わせる。
「それなら今日は教習車を直すために来てくれたのだろう。そのご足労のためにもやはりお金は払わなくては」
所長の言葉に朝陽は首を振る。
「いえ、今日は依頼を受けて来たわけではないのです」
そう言うと所長は不思議そうな顔をした。朝陽が説明する。
「今日は貴校に入校する手続きをしに来たのです。手続きが終わるのを待っている間、何やら外が騒がしいと思い見たところ、車屋の方が苦労をしていたので、私もお手伝い出来たらいいかと思い首を突っ込んだ次第です」
朝陽の言葉に所長は「なるほど」と納得した。
「けれど手伝いをしてくれたことは確かだ。……そうだ、それならこうしよう。入校金を報酬金としようではないか」
「……そう申しますと?」と朝陽が首をひねる。
「教習車を直してくれたお礼に、入校金全額免除で弊校に入校してもらうということだ。いかがかね?悪くない提案だと思うのだが」
朝陽はそれを聞いて一瞬ためらったあと
「それでいいのなら助かるのですが」と言いづらそうに言った。
所長は満足そうな顔をする。
「よし、それなら決まりだ。そうだ、そちらのお坊ちゃんもどうかな?」
急に話を振られてリオンは顔には出さないが驚く。所長は気の良さそうな顔でリオンを見つめている。
「……」
リオンは所長の視線を避けて、ちらりと朝陽の表情を伺った。朝陽はリオンの視線には返さず
「ありがたいお言葉ですが、こいつはまだ運転免許をとれるような年ではないのです」と言った。
朝陽の言葉に所長は残念そうな顔をする。
「そうか、それは残念だ。では、免許の取れる年齢になったらぜひうちに来てくれたまえ」
そう言う所長に、朝陽は「ぜひそうさせていただきます」といい、続けてお礼を述べた。
所長が叶夜と永谷の方を振り返る。
「要くん。関さんと共に受付に行って、事情を説明してきてくれないか」
所長に言われ、叶夜は弾かれたように「はい」と返事をすると、朝陽に近づいた。
受付に歩いていく朝陽と叶夜をリオンは目で追う。しかし途中で視界が遮られ、二人は見えなくなってしまった。目の前に所長が立ったためである。
「やあ、お坊ちゃん。あちこちを見ていたけど、ここの自動車学校に興味があるのかな?」
にこやかに話しかけられ、リオンが戸惑いぎみに「ええ」と頷く。
「そうか。運転免許に興味があることはいいことだ。たとえ君が人間でなかろうとね」
リオンが目を見開いて所長を見た。所長は人が良さそうににこにこ笑っている。
「また興味があったならここに見学においで。いつでも案内してあげよう」
そう言うと所長は踵を返し、永谷と話しながら歩いていった。
リオンだけがその場に取り残される。
「……」
(何故私が人間ではないと分かったのだろう)
リオンは首をひねり考えた。その答えが出てくることはなかったのだが。
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