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エース
〈12〉
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そこを通りすぎてすぐに、目の端に見えるフォルダのページがめくれたのに気づいた。何事かと信号で止まったときに見れば、地図が□□自動車学校までの経路を示すものに変わっていた。
疑問に思いエースに問いかける。
「川沿いの道には行かないの?」
肯定を示すように室内灯が一回点滅する。
すっかり気持ちがしぼんでしまったエースを見て、叶夜は申し訳なく思い話しかける。
「さっきのことなら気にしなくていいんだよ。事故にはならなかったからね」
そう言ってハンドルを優しく擦った時、叶夜の耳に子供の声が聞こえてきた。叶夜はぎょっとして目を見開く。
「でも、今度は事故になるかもしれない。叶夜が危ないかもしれない」
その声はそう不安そうに言った。
(まさか、エース……?)
エースの声が聞こえたことに驚きながらも叶夜は言葉を返す。
「今度はさっきよりも一層気を付けるから大丈夫だよ」
エースがふるふると首を振った気がした。
「でも、いつかは事故に遭うかもしれない。だって事故は完全には防げないって、あの人が言ったから。怖いよ。叶夜が死んじゃうのは怖い」
叶夜は青信号でゆっくり車を発進させながら言う。
「そうだね。確かに事故が起こるのは怖いことだ。でもね、人間が運転をする限りやっぱり事故は起きちゃうんだ。だけど努力をすれば事故の数は少なくできる。事故を起こさないようにするにはどうすればいいか、それを教えているのが自動車学校なんだよ」
エースは黙って話を聞く。脳内にたたき込まれた地図に従って、叶夜は左折のウィンカーを出す。
「『車は、左折しようとするときは、あらかじめできるだけ道路の左端に寄る』。これは後続する原動機付自転車や自動二輪車の巻き込み事故を防ぐためだ。そして、『徐行する』。こうすれば横断歩道を渡っている歩行者を見つけたときにすぐに止まれるからね。いつもそうやって教習生に教えてるでしょ?」
エースが頷いた。
「これは事故を起こさないようにするためにやらなきゃいけないことだ」
歩行者がゆっくり横断歩道を歩いている。それを見つけて叶夜は車を停止させた。母親と手を繋いだ子供が片手をあげて横断していく。
「ほらね、これで事故が一つ減った」
親子を目で追いながら叶夜は言った。黙ってエースも彼等を目で追う。
横断歩道を渡る人間がいなくなったのを確認してから、叶夜は車を発車させた。
「……でもさ、叶夜はそうするからいいけどさ、他の人がそうしなかったらどうするの?」
エースが不満そうに言う。
叶夜がそれを聞いて苦笑いをした。
「あはは、そう考え出したらきりがないね。まあ、他の運転手も教習を受けているから、皆守らなければいけないことを知っているはずだ。それを守って運転していることをお互いが信じるしかない」
エースがそれを聞いて口を尖らせる。
「なんでそんなに曖昧なの?"絶対"じゃないと安心できないよ!」
エースの主張を聞きながら叶夜は困った顔をした。
「僕も出来れば"絶対"がいいんだけどね……。けれど他人は他人だし、そういうわけにはいかない。だから、とにかく自分はしっかり規則を守る。そして他人も守ることを信じるしかない。もっとも、皆安全を望んでいれば安全運転はしようとしなくても出来るものなんだろうけどね」
赤信号で車を止める。□□自動車学校の看板が見えてきた。
「……」
叶夜がすっと表情を暗くした。そして口を開く。
「事故はすべてを奪っていく。大切な人の命も笑顔も財産も信頼も。『これくらいいいや』、『自分は大丈夫だろう』。そんな安易な気持ちで犯した一瞬の過ちで失うものはとても大きい。だからふつう、人間は事故を起こしたがらない」
叶夜の脳内に暗く、静かな室内が幻灯のように浮かび上がった。叶夜は頭を振り、その映像をかき消す。
エースはいつもと雰囲気の違う叶夜を不安げに見た。それに気づいた叶夜が安心させるように優しげな顔をする。
「だけどね、人間の目は車の速度にはついていけない。だから、事故は起きる。それを知っているから僕たちは事故が起きてしまった後にすべきことも教えている。『備えあれば憂いなし』って言葉があるんだけど、まさにそれだよ。僕たち教官は、車に乗るために必要な知識をきちんと教習生に教えているんだ」
叶夜の言葉を黙って聞いていたあと、エースが口を開いた。
「なんでそんなに危険なのに、人間は車に乗るの?」
叶夜はさも不思議そうに尋ねられた言葉を聞いて微笑んだ。幼い自分も父親にそう尋ねた時のことを、昨日のことのように鮮明に覚えている。
「それはね、楽しいからだよ。車に乗ればあちこちに行って、色々な景色を見ることができる。色々な経験が出来るし、色々な人に会うことが出来る。事故に遭いたくない気持ちより、よっぽど車を運転したい気持ちのほうが強いんだ」
叶夜が「エースは僕とドライブするのは嫌?」と尋ねると、エースは慌てて首を振って否定した。
「そんなわけないよ!すっごく楽しいよ!」
ぶんぶんと首がとれるほど振るエースに叶夜は笑みをこぼす。
「そっか。それならこれからもどこかに行こう。それはそうと、もう自動車学校に帰っちゃっていいの?」
車内が静かになった。自動車学校までもう少し、という所でフォルダのページが再び変わる。
ちらりと地図を見て、叶夜は微笑んだ。
「よし。じゃあそこに行こう」
疑問に思いエースに問いかける。
「川沿いの道には行かないの?」
肯定を示すように室内灯が一回点滅する。
すっかり気持ちがしぼんでしまったエースを見て、叶夜は申し訳なく思い話しかける。
「さっきのことなら気にしなくていいんだよ。事故にはならなかったからね」
そう言ってハンドルを優しく擦った時、叶夜の耳に子供の声が聞こえてきた。叶夜はぎょっとして目を見開く。
「でも、今度は事故になるかもしれない。叶夜が危ないかもしれない」
その声はそう不安そうに言った。
(まさか、エース……?)
エースの声が聞こえたことに驚きながらも叶夜は言葉を返す。
「今度はさっきよりも一層気を付けるから大丈夫だよ」
エースがふるふると首を振った気がした。
「でも、いつかは事故に遭うかもしれない。だって事故は完全には防げないって、あの人が言ったから。怖いよ。叶夜が死んじゃうのは怖い」
叶夜は青信号でゆっくり車を発進させながら言う。
「そうだね。確かに事故が起こるのは怖いことだ。でもね、人間が運転をする限りやっぱり事故は起きちゃうんだ。だけど努力をすれば事故の数は少なくできる。事故を起こさないようにするにはどうすればいいか、それを教えているのが自動車学校なんだよ」
エースは黙って話を聞く。脳内にたたき込まれた地図に従って、叶夜は左折のウィンカーを出す。
「『車は、左折しようとするときは、あらかじめできるだけ道路の左端に寄る』。これは後続する原動機付自転車や自動二輪車の巻き込み事故を防ぐためだ。そして、『徐行する』。こうすれば横断歩道を渡っている歩行者を見つけたときにすぐに止まれるからね。いつもそうやって教習生に教えてるでしょ?」
エースが頷いた。
「これは事故を起こさないようにするためにやらなきゃいけないことだ」
歩行者がゆっくり横断歩道を歩いている。それを見つけて叶夜は車を停止させた。母親と手を繋いだ子供が片手をあげて横断していく。
「ほらね、これで事故が一つ減った」
親子を目で追いながら叶夜は言った。黙ってエースも彼等を目で追う。
横断歩道を渡る人間がいなくなったのを確認してから、叶夜は車を発車させた。
「……でもさ、叶夜はそうするからいいけどさ、他の人がそうしなかったらどうするの?」
エースが不満そうに言う。
叶夜がそれを聞いて苦笑いをした。
「あはは、そう考え出したらきりがないね。まあ、他の運転手も教習を受けているから、皆守らなければいけないことを知っているはずだ。それを守って運転していることをお互いが信じるしかない」
エースがそれを聞いて口を尖らせる。
「なんでそんなに曖昧なの?"絶対"じゃないと安心できないよ!」
エースの主張を聞きながら叶夜は困った顔をした。
「僕も出来れば"絶対"がいいんだけどね……。けれど他人は他人だし、そういうわけにはいかない。だから、とにかく自分はしっかり規則を守る。そして他人も守ることを信じるしかない。もっとも、皆安全を望んでいれば安全運転はしようとしなくても出来るものなんだろうけどね」
赤信号で車を止める。□□自動車学校の看板が見えてきた。
「……」
叶夜がすっと表情を暗くした。そして口を開く。
「事故はすべてを奪っていく。大切な人の命も笑顔も財産も信頼も。『これくらいいいや』、『自分は大丈夫だろう』。そんな安易な気持ちで犯した一瞬の過ちで失うものはとても大きい。だからふつう、人間は事故を起こしたがらない」
叶夜の脳内に暗く、静かな室内が幻灯のように浮かび上がった。叶夜は頭を振り、その映像をかき消す。
エースはいつもと雰囲気の違う叶夜を不安げに見た。それに気づいた叶夜が安心させるように優しげな顔をする。
「だけどね、人間の目は車の速度にはついていけない。だから、事故は起きる。それを知っているから僕たちは事故が起きてしまった後にすべきことも教えている。『備えあれば憂いなし』って言葉があるんだけど、まさにそれだよ。僕たち教官は、車に乗るために必要な知識をきちんと教習生に教えているんだ」
叶夜の言葉を黙って聞いていたあと、エースが口を開いた。
「なんでそんなに危険なのに、人間は車に乗るの?」
叶夜はさも不思議そうに尋ねられた言葉を聞いて微笑んだ。幼い自分も父親にそう尋ねた時のことを、昨日のことのように鮮明に覚えている。
「それはね、楽しいからだよ。車に乗ればあちこちに行って、色々な景色を見ることができる。色々な経験が出来るし、色々な人に会うことが出来る。事故に遭いたくない気持ちより、よっぽど車を運転したい気持ちのほうが強いんだ」
叶夜が「エースは僕とドライブするのは嫌?」と尋ねると、エースは慌てて首を振って否定した。
「そんなわけないよ!すっごく楽しいよ!」
ぶんぶんと首がとれるほど振るエースに叶夜は笑みをこぼす。
「そっか。それならこれからもどこかに行こう。それはそうと、もう自動車学校に帰っちゃっていいの?」
車内が静かになった。自動車学校までもう少し、という所でフォルダのページが再び変わる。
ちらりと地図を見て、叶夜は微笑んだ。
「よし。じゃあそこに行こう」
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