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エース
〈11〉
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車を走らせながら叶夜は関の言ったことを思い出す。
『もう少しエースのわがままに付き合ってあげてください』
(車もわがままを言うのか)と叶夜は考える。しかし、もし彼等がわがままを言ったとしても、車というのは人間に操作される機械なのだから、そのわがままは普通は絶対に聞いてもられないものだろう。
だからこそ今回はエースのわがままに付き合うのもいいかもしれないと叶夜は思った。いつもは教官と教習車という関係で教習生のために働いているが、エースが望むのならたまには普通のドライバーと車という関係で好きなように走ってもいいだろう。そんな風に考えを変えながら叶夜は車を走らせた。
叶夜には全くエースの声は聞こえなかったが、なんとなくエースもドライブを楽しんでいるような気がした。それを感じとって叶夜もうれしくなってきた。今、一人で出掛けているわけではない。叶夜はエースと共にドライブをしているのだ。
赤信号で止まったとき、叶夜はエースに聞こえるよう話しかけた。
「エース。たまにはこんな感じもいいね。いつも君にはお世話になっていることだし、君の行きたいところに行こうか。どこかある?」
返事の代わりに、助手席においてあったフォルダが風によって開いた。そのフォルダには、自主経路に使う地図が数枚綴じられていた。
叶夜は開いたページに示された経路を見て「ははあ」と思った。そして頷く。
「いいよ、そこに行こうか」
喜びを表すように室内灯がチカチカと数回点滅した。
いつもの叶夜だったらポルターガイストかと思って飛び上がって驚くところだが、今の叶夜には怖くもなんともなかった。「エースが答えてくれたのだな」と嬉しくなるだけであった。
エースが希望した場所は川沿いの道だった。その川は水の澄んだきれいな川で、それを横目に走るのは教習生に人気だった。どうやらすっかりエースもその道の虜になってしまったらしい。叶夜は慣れた手つきでそこまでの道を進む。
少々道幅が狭い所を走っていたとき、少し先の反対車線に大きな宅配便のトラックが停まっているのが見えた。
(トラックの後ろから歩行者が出てくるかもしれない)と予想して叶夜はブレーキペダルに足を乗せかえ速度を落とす。
しかし、トラックの後ろから出てきたのは歩行者ではなかった。対向車がトラックを避けるためにこちらの車線を走ってきたのだ。
「!」
叶夜ははっとしてブレーキペダルを強く踏みこもうとした。その一足先に勝手にブレーキがかかる。
車はトラックの数メートル手前で停止し、なんとか対向車との正面衝突は免れた。また、幸い後続車からの追突もなかった。
横を通り抜けていく対向車を横目に、叶夜は背もたれにもたれかかり息をついた。
「……危なかったな」
額の汗を拭い小声で呟く。歩行者に気をとられ、トラックの死角に隠れた対向車のことがすっかり頭から抜け落ちていた。自動車学校の教官として情けないと叶夜は自分を叱咤する。
今度こそ対向車がトラックの後ろで待っていることを確認し、叶夜はブレーキペダルから足を離してアクセルペダルに乗せかえた。
車が動き出す……はずだった。
「?」
いつまでたってもエースは動き出さなかった。それもそのはず、ブレーキペダルが踏まれたままの状態になっている。
「え?エース?」
ブレーキペダルが戻らなくなってしまったのかと叶夜は何度もブレーキペダルを踏む。しかし、何をやってもブレーキペダルは押されたままの状態のまま止まっている。
アクセルペダルを押したがびくともしなかった。アクセルペダルの下に何か噛ませてあるかのように踏み込むことが出来ない。
トラックの後ろで停まっていた対向車がどうしたのかとこちらの様子を伺っている。後続車が「何をしているんだ」と言うようにクラクションを鳴らした。
叶夜は焦ってエースに話しかける。
「エース、どうしたの?もう進んでいいんだよ」
しかし、ぴくりともエースは動かない。叶夜はさらに焦りが募ってきた。
冷や汗を流す叶夜の頭に関の言葉が浮かぶ。
『エースはあなたに事故に遭ってほしくないのです』
それを思い出して「なるほど」と叶夜は合点が言ったように呟いた。
確かにさっきは危ないところだった。エースは『対向車と衝突する』、つまり『事故に遭う』と思い、叶夜よりさらにヒヤリとしたのだろう。そして今、事故が起きないように車を動けなくしてしまったらしい。
(事故なんて滅多に起こらないことを証明しようと思ったんだけどな)
しまったな、と思いつつ叶夜はどうしようかと考えた。
ただ、『車も走れば事故に当たる』とは言ってもここにいるのはさらに危ない。叶夜は運転席の窓ガラスに優しく触れながら言った。
「エース、確かにさっきは危なかったね。不安に思わせてごめんね。僕のことを心配してくれたんだよね、ありがとう。だけど、ここにいるとさらに危ないんだ。車の流れを乱してしまうからね」
叶夜はゆっくり諭すように続ける。
「ほら、教習生にも言ってるでしょ?速度を出すのが怖くてゆっくり走っていると、逆に事故を起こしやすいって。今エースがやっていることのほうがよっぽど危ないことだよ」
叶夜の言葉を聞いて、ゆっくりとブレーキペダルが元の位置に戻った。それと同時に車が動き出す。
叶夜はほっとして、エースに「ありがとう」と言った。そして、心のなかで周りの車に謝罪しながらその場を通りすぎた。
『もう少しエースのわがままに付き合ってあげてください』
(車もわがままを言うのか)と叶夜は考える。しかし、もし彼等がわがままを言ったとしても、車というのは人間に操作される機械なのだから、そのわがままは普通は絶対に聞いてもられないものだろう。
だからこそ今回はエースのわがままに付き合うのもいいかもしれないと叶夜は思った。いつもは教官と教習車という関係で教習生のために働いているが、エースが望むのならたまには普通のドライバーと車という関係で好きなように走ってもいいだろう。そんな風に考えを変えながら叶夜は車を走らせた。
叶夜には全くエースの声は聞こえなかったが、なんとなくエースもドライブを楽しんでいるような気がした。それを感じとって叶夜もうれしくなってきた。今、一人で出掛けているわけではない。叶夜はエースと共にドライブをしているのだ。
赤信号で止まったとき、叶夜はエースに聞こえるよう話しかけた。
「エース。たまにはこんな感じもいいね。いつも君にはお世話になっていることだし、君の行きたいところに行こうか。どこかある?」
返事の代わりに、助手席においてあったフォルダが風によって開いた。そのフォルダには、自主経路に使う地図が数枚綴じられていた。
叶夜は開いたページに示された経路を見て「ははあ」と思った。そして頷く。
「いいよ、そこに行こうか」
喜びを表すように室内灯がチカチカと数回点滅した。
いつもの叶夜だったらポルターガイストかと思って飛び上がって驚くところだが、今の叶夜には怖くもなんともなかった。「エースが答えてくれたのだな」と嬉しくなるだけであった。
エースが希望した場所は川沿いの道だった。その川は水の澄んだきれいな川で、それを横目に走るのは教習生に人気だった。どうやらすっかりエースもその道の虜になってしまったらしい。叶夜は慣れた手つきでそこまでの道を進む。
少々道幅が狭い所を走っていたとき、少し先の反対車線に大きな宅配便のトラックが停まっているのが見えた。
(トラックの後ろから歩行者が出てくるかもしれない)と予想して叶夜はブレーキペダルに足を乗せかえ速度を落とす。
しかし、トラックの後ろから出てきたのは歩行者ではなかった。対向車がトラックを避けるためにこちらの車線を走ってきたのだ。
「!」
叶夜ははっとしてブレーキペダルを強く踏みこもうとした。その一足先に勝手にブレーキがかかる。
車はトラックの数メートル手前で停止し、なんとか対向車との正面衝突は免れた。また、幸い後続車からの追突もなかった。
横を通り抜けていく対向車を横目に、叶夜は背もたれにもたれかかり息をついた。
「……危なかったな」
額の汗を拭い小声で呟く。歩行者に気をとられ、トラックの死角に隠れた対向車のことがすっかり頭から抜け落ちていた。自動車学校の教官として情けないと叶夜は自分を叱咤する。
今度こそ対向車がトラックの後ろで待っていることを確認し、叶夜はブレーキペダルから足を離してアクセルペダルに乗せかえた。
車が動き出す……はずだった。
「?」
いつまでたってもエースは動き出さなかった。それもそのはず、ブレーキペダルが踏まれたままの状態になっている。
「え?エース?」
ブレーキペダルが戻らなくなってしまったのかと叶夜は何度もブレーキペダルを踏む。しかし、何をやってもブレーキペダルは押されたままの状態のまま止まっている。
アクセルペダルを押したがびくともしなかった。アクセルペダルの下に何か噛ませてあるかのように踏み込むことが出来ない。
トラックの後ろで停まっていた対向車がどうしたのかとこちらの様子を伺っている。後続車が「何をしているんだ」と言うようにクラクションを鳴らした。
叶夜は焦ってエースに話しかける。
「エース、どうしたの?もう進んでいいんだよ」
しかし、ぴくりともエースは動かない。叶夜はさらに焦りが募ってきた。
冷や汗を流す叶夜の頭に関の言葉が浮かぶ。
『エースはあなたに事故に遭ってほしくないのです』
それを思い出して「なるほど」と叶夜は合点が言ったように呟いた。
確かにさっきは危ないところだった。エースは『対向車と衝突する』、つまり『事故に遭う』と思い、叶夜よりさらにヒヤリとしたのだろう。そして今、事故が起きないように車を動けなくしてしまったらしい。
(事故なんて滅多に起こらないことを証明しようと思ったんだけどな)
しまったな、と思いつつ叶夜はどうしようかと考えた。
ただ、『車も走れば事故に当たる』とは言ってもここにいるのはさらに危ない。叶夜は運転席の窓ガラスに優しく触れながら言った。
「エース、確かにさっきは危なかったね。不安に思わせてごめんね。僕のことを心配してくれたんだよね、ありがとう。だけど、ここにいるとさらに危ないんだ。車の流れを乱してしまうからね」
叶夜はゆっくり諭すように続ける。
「ほら、教習生にも言ってるでしょ?速度を出すのが怖くてゆっくり走っていると、逆に事故を起こしやすいって。今エースがやっていることのほうがよっぽど危ないことだよ」
叶夜の言葉を聞いて、ゆっくりとブレーキペダルが元の位置に戻った。それと同時に車が動き出す。
叶夜はほっとして、エースに「ありがとう」と言った。そして、心のなかで周りの車に謝罪しながらその場を通りすぎた。
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