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エース
〈5〉
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どうやら例の教習車は、技能教習に使われているようで今はいなかった。
朝陽は腕時計を見る。一限目が始まったばかりで、教習車はしばらく帰ってきそうにない。
(参ったな……)
朝陽は顔をしかめる。しかし何もせずに待っているのも時間の無駄なので、左に停まっている教習車に聞いてみることにした。
「ちょっと話があるんだが、いいか?」
「なにかしら?」とその教習車が返す。お高くとまった感じの女性の声だった。
「お前の隣の教習車についてなんだが」
そうにべもなく朝陽が言うとその車はムッとした。
「ちょっと、レディーに対して『お前』はないんじゃありません?」
そうとがめるように言われて朝陽は頭をかいた。
「ああ、悪い。えっと……それじゃあセラって呼んでもいいか?」
「ええ、どうぞ」とツンとしてセラが言う。
「えーっと、セラ。ここに停まっていた教習車が右隣の教習車に冗談半分に怖がらせられて、それを本気にしてしまっているみたいなんだが」
そう言うとセラがあきれた顔をした。
「まあ、あの教習車ったらまたあの子のことをからかっていたのね。しょうのないこと」
そのまま困った顔をして続ける。
「あの子、とっても素直だからなんでもかんでも信じちゃうのよ。かわいそうだからやめなさいってあの教習車に言っても、すっかり楽しんじゃって聞きやしないし」
「ああ、今回もすっかり信じこんでしまって、『叶夜が自分から降りたら死んでしまう』と思い込んでいるんだ」
セラが顔をしかめる。
「あの事故のことを話したのね。彼のことだから何か余計なことも言ったんだわ。全く、またあの子を怖がらせるようなこと言って」
プリプリとセラが怒る。
「それを言った奴に冗談だったと言って欲しいんだ」
「そうね。そして、あの教習車には一度本気で反省してもらわないといけないわね」
セラが頷いて言う。
「まあ、そうだな。……技能教習が終わるのは三十五分だったか?」
「ええ」
「じゃあそれまで待つしかないか……」
朝陽はセラの前にあるベンチに腰かけると携帯電話を取り出した。そして叶夜に電話を掛ける。
「はい、要です」と叶夜の疲れた声がした。
「すみません、まだ三十分ほど時間がかかりそうです」
朝陽の言葉を聞いて叶夜はため息をついた。朝陽は申し訳なく思いつつ電話をきる。
「叶夜さんが閉じ込められているのね?」
朝陽が携帯電話を胸ポケットにしまったのを見届けてからセラが声を掛ける。
「ああ。事故に遭ってほしくないみたいでな」
セラがそれを聞いて少し悲しそうな顔をした。
「あの子、本当に叶夜さんが大好きなんですのよ。叶夜さんのことを実のお兄さんか何かだと思っているんです」
セラが続ける。
「私たち教習車は、事故の怖さというものをよく聞くのです。教官が教習生に仰るのの又聞きですけどね。また、教習生は皆びくびくして私たちを運転します。自家用車はそんなことありませんわよね。けれど、私たちに乗るような人間は皆運転初心者です。私たちは車を運転することが容易いことではないと身をもって知っています」
朝陽は黙って話を聞く。
「私たちは他の車よりも事故に対する恐怖の大きさが違うのです。自分達は人を殺しうる道具だと身をもって知っている。人は簡単に死んでしまう生き物だと分かっている。だから大好きな叶夜さんが事故に巻き込まれて死にうることも分かっている。それが怖くてあんな行動をとっているのです。彼なりに叶夜さんを守っているつもりなのですよ」
セラの言葉を聞いて朝陽は考える。
(本当に車はどこまでも運転手が大好きなんだな。……だが)
それは朝陽も知っていたのだが、所有車でもない教習車がそこまで運転手のことを愛しているとは驚きだった。
朝陽の言いたいことを察したセラが付け足す。
「他の自動車学校は知りませんが、この学校は教官と教習車が一対一で定まっているのです。ですから仕事のパートナーと言えども、私たちは運転手になつくのですよ。彼のようにさみしがりやな車は特に」
セラの言葉に朝陽は納得する。
「なるほどな。だからあいつは頑なに叶夜さんを外に出すのを拒むわけだ。……ということは、あいつは自分の中は安全だと思っているってことか?」
セラが肩をすくめる。
「今のところはそうですわね。車から降りた途端に轢かれたって話を聞いているだけですから。だから駄目ですよ、これ以上変なことを言ったら。車の中も安全じゃないって分かったら、あの子今度は何をするか分からないわよ?」
朝陽はそれを聞いて考え込む。
「まあ、車の外よりは中の方が安心だろうけどな」
「まあ、そうですわね」とセラが頷いた。そしてちらりと右を見る。
「あら、彼ったらもう戻ってきましたわ」
朝陽も視線を動かすと、隣の隣に車がバックで帰ってきたのが見えた。そして駐車する。中で教官と教習生が話しているのが見えた。
朝陽は腕時計を見る。一限目が始まったばかりで、教習車はしばらく帰ってきそうにない。
(参ったな……)
朝陽は顔をしかめる。しかし何もせずに待っているのも時間の無駄なので、左に停まっている教習車に聞いてみることにした。
「ちょっと話があるんだが、いいか?」
「なにかしら?」とその教習車が返す。お高くとまった感じの女性の声だった。
「お前の隣の教習車についてなんだが」
そうにべもなく朝陽が言うとその車はムッとした。
「ちょっと、レディーに対して『お前』はないんじゃありません?」
そうとがめるように言われて朝陽は頭をかいた。
「ああ、悪い。えっと……それじゃあセラって呼んでもいいか?」
「ええ、どうぞ」とツンとしてセラが言う。
「えーっと、セラ。ここに停まっていた教習車が右隣の教習車に冗談半分に怖がらせられて、それを本気にしてしまっているみたいなんだが」
そう言うとセラがあきれた顔をした。
「まあ、あの教習車ったらまたあの子のことをからかっていたのね。しょうのないこと」
そのまま困った顔をして続ける。
「あの子、とっても素直だからなんでもかんでも信じちゃうのよ。かわいそうだからやめなさいってあの教習車に言っても、すっかり楽しんじゃって聞きやしないし」
「ああ、今回もすっかり信じこんでしまって、『叶夜が自分から降りたら死んでしまう』と思い込んでいるんだ」
セラが顔をしかめる。
「あの事故のことを話したのね。彼のことだから何か余計なことも言ったんだわ。全く、またあの子を怖がらせるようなこと言って」
プリプリとセラが怒る。
「それを言った奴に冗談だったと言って欲しいんだ」
「そうね。そして、あの教習車には一度本気で反省してもらわないといけないわね」
セラが頷いて言う。
「まあ、そうだな。……技能教習が終わるのは三十五分だったか?」
「ええ」
「じゃあそれまで待つしかないか……」
朝陽はセラの前にあるベンチに腰かけると携帯電話を取り出した。そして叶夜に電話を掛ける。
「はい、要です」と叶夜の疲れた声がした。
「すみません、まだ三十分ほど時間がかかりそうです」
朝陽の言葉を聞いて叶夜はため息をついた。朝陽は申し訳なく思いつつ電話をきる。
「叶夜さんが閉じ込められているのね?」
朝陽が携帯電話を胸ポケットにしまったのを見届けてからセラが声を掛ける。
「ああ。事故に遭ってほしくないみたいでな」
セラがそれを聞いて少し悲しそうな顔をした。
「あの子、本当に叶夜さんが大好きなんですのよ。叶夜さんのことを実のお兄さんか何かだと思っているんです」
セラが続ける。
「私たち教習車は、事故の怖さというものをよく聞くのです。教官が教習生に仰るのの又聞きですけどね。また、教習生は皆びくびくして私たちを運転します。自家用車はそんなことありませんわよね。けれど、私たちに乗るような人間は皆運転初心者です。私たちは車を運転することが容易いことではないと身をもって知っています」
朝陽は黙って話を聞く。
「私たちは他の車よりも事故に対する恐怖の大きさが違うのです。自分達は人を殺しうる道具だと身をもって知っている。人は簡単に死んでしまう生き物だと分かっている。だから大好きな叶夜さんが事故に巻き込まれて死にうることも分かっている。それが怖くてあんな行動をとっているのです。彼なりに叶夜さんを守っているつもりなのですよ」
セラの言葉を聞いて朝陽は考える。
(本当に車はどこまでも運転手が大好きなんだな。……だが)
それは朝陽も知っていたのだが、所有車でもない教習車がそこまで運転手のことを愛しているとは驚きだった。
朝陽の言いたいことを察したセラが付け足す。
「他の自動車学校は知りませんが、この学校は教官と教習車が一対一で定まっているのです。ですから仕事のパートナーと言えども、私たちは運転手になつくのですよ。彼のようにさみしがりやな車は特に」
セラの言葉に朝陽は納得する。
「なるほどな。だからあいつは頑なに叶夜さんを外に出すのを拒むわけだ。……ということは、あいつは自分の中は安全だと思っているってことか?」
セラが肩をすくめる。
「今のところはそうですわね。車から降りた途端に轢かれたって話を聞いているだけですから。だから駄目ですよ、これ以上変なことを言ったら。車の中も安全じゃないって分かったら、あの子今度は何をするか分からないわよ?」
朝陽はそれを聞いて考え込む。
「まあ、車の外よりは中の方が安心だろうけどな」
「まあ、そうですわね」とセラが頷いた。そしてちらりと右を見る。
「あら、彼ったらもう戻ってきましたわ」
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