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スイ

〈13〉

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愛昼は男の隣に立ち、耳打ちする。
「ねえ、あなたから彼女に聞いてみてくれないかしら」
男は愛昼を苦々しげに見た後、首を振った。
「遠慮させていただきます」
それを見て愛昼はムッとする。こんなに切羽詰まっている状況だと言うのに。
愛昼は男の腕をつかむ。そして何をするのかと僅かな抵抗をする男を引っ張ってバイクからかなりの距離をとった。
駄々をこねる子供のような男を睨み付ける。
男も愛昼を睨み付ける。
「何を言い出すのかと思えば……。あなたは彼女にもっと詳しく事故の記憶を思い出せと仰るのですか?そんなことをしたらさらに彼女は傷つきます。あんな記憶は忘れるべきなんです!」
男の剣幕に怯まず愛昼が言い返す。
「忘れたって彼女の運転手は戻ってきはしないわ。このままじゃ失ったものばかりになってしまうのよ。お願い、あなたが質問をしてちょうだい。私には話しにくいことがあるのかもしれない」
「俺は警察じゃないんですよ!」と男が噛みつくように言う。
「そうだけど、彼女はあなたになら話せることがあるかもしれないじゃない!」
愛昼は止まることなく言葉を紡ぐ。
「彼女を助けたくないの!?」
愛昼は叫んだ。男が唇を噛む。
少し気持ちを高ぶらせ過ぎた愛昼が、落ち着かせようと息をつく。はあはあと息を整えながら、男の顔を見据えて口を開く。
「私は彼女を助けたい。もちろん被害者の方と、その家族も。このままだと被害者が不利になってしまうかもしれないのよ」
男がうつむいた。そして吐き捨てるように
「前にも言いましたが、車は"物"なんです。証言になるはずがない」と言った。
愛昼が素早く反論する。
「そんなことないわ。確かに直接的には証言として使えないけれど、新たな事実を引き出せるかもしれない。今みたいに」
男はそれを聞いて深く考え込んだ。愛昼はもう一押しとばかりに口を開く。
「哀しむ姿を避けていてもなにも変わらないわ。それを乗り越えなければ」
しばらくたって男がため息をついた。そして嫌そうな顔で愛昼を見る。
「……今回だけですよ」
その言葉を聞いて愛昼はほっとしたように微笑んだ。

バイクのところに戻ると愛昼は男を見た。男もちらりと愛昼を見てから渋々と言ったように頷き、バイクの前に座り込んだ。そしてしくしく泣いているバイクに優しい声音で話しかける。
「先程クラクションがなったと言いましたが……。ということは、何か車が言葉を発しているはずです。後ろの車は何を言っていましたか?」
バイクはその問いに答えなかった。嗚咽が静かな駐車場に響く。男がなにかを察したように悲しげに微笑んだ。
「何か酷いことを言われたのですね」
幼い子供を慰めるようにグリップを撫でながら男が言う。バイクが泣きじゃくりながら頷く気配がした。
「他には何かされましたか?」
バイクは答えられないようだった。男が愛昼を見て首を振る。
(これ以上俺にやらせるのはやめてください)
彼の顔はそう訴えているようだった。
なかなか真実に近づけそうで近づけない。それがとてももどかしい。
愛昼はどうしようかと考えた。どうしたら彼女は話してくれるのだろうか。
(彼女の証言が聞けなければ、被害者が救われないかもしれない)
そう思うといても立ってもいられなくなって、愛昼はとうとう決意した。そして口を開く。
「あなたの運転手さんは、」
男がはっと顔をあげた。そして「それはいけない」と言うように首を振る。しかし、さすがにずっと黙って隠しておくわけにはいかない。
バイクが不思議そうに顔をあげた。愛昼はバイクをしっかり見据えた。
「あなたの運転手さんは、亡くなったわ」
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