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スイ

〈7〉

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「人間の方の取り調べはどうなってるんです?」
パトカーの方に向かう間、男が何気なく尋ねた。
「加害者からはいろいろと聞いているわ。けれど被害者がまだ意識を戻していないの」
そう言うと男は難しそうに目を細めた。そしておもむろに口を開く。
「……被害者が亡くなる可能性は?」
愛昼が目を見開く。そして
「縁起でもないことを言わないで!」と大声で男に向かって叫んだ。
その声が低い屋内駐車場の天井や壁に跳ね返ってこだまする。噛みつくような勢いに怯んだ男が両手を前に出して弁解する。
「そ、そんなに怒らないでくださいよ。俺はもしものことを言ったんです。最悪の事態が起こらないとも言い切れないでしょう?」
「それはそうだけど……」と内心ぎくりとしながら愛昼が答える。
そんな愛昼の顔を男が見る。そして、
「もし亡くなったとしたら」と話を切り出した。
「真っ先に俺に教えてください」
そう言った男の顔は真剣そのものだった。まっすぐに瞳を射ぬかれて愛昼は有無を言えず頷いた。
そのとき「凪」と声がした。
愛昼が振り向くと笹木が出入り口に立っている。そしてこちらに小走りで駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
軽く息を弾ませながら笹木が口を開く。
「車の中は探したか?」
笹木の問いに愛昼は首を振る。
「いいえ。まだ車内には入っていないわ」
「そうか。何かないか探してみてくれないか?」
笹木に頼まれ愛昼は頷いた。それから鍵をもらい、加害車の方を振り返ったときには男はいなくなっていた。

再び来た愛昼を見て自家用車がうんざりとした気配を見せる。
彼は愛昼が鍵を開けると驚き、警戒するような声を出した。
「……何をするんだ?」
「少し中を調べさせてもらうわ」
愛昼がそう言うとさらに不審げな表情をする。
「……何のために?」
警戒をとくために何を言うべきかと愛昼は考えた。
「何もないかもしれないけど、持ってこられた車の内部は一応見ないといけないの。一通り見たらすぐに帰るわ」
自家用車は何も答えなかった。
愛昼は車内に入る。まず運転席と助手席をさっと見た後、フロントガラスに目を移す。
そこで目に入ったものに愛昼ははっとした。
(この車、ドライブレコーダーがついてる)
ドライブレコーダーは車のフロントガラスやバック・ドアガラスにつける小型カメラのことだ。事故の原因究明に役立つため最近はつけている人が多い。
しかしカメラを設置する機械はあるものの、カメラ本体が見当たらない。
もしかしたら事故の衝撃でどこかに飛んでいってしまったのかもしれない。そう思い座席の下を覗きこもうとしたとき、急に車体が揺れた。
愛昼は短い悲鳴をあげて手を床につく。床にたまった砂の感触を感じながら体を起こすと、今度は横着をせず車から降り、しゃがんでカメラを探した。
しかし、どこをいくら探してもカメラは見つからなかった。
愛昼は仕方なく自家用車にカメラの場所を尋ねることにした。
「ねえ、ドライブレコーダーがどこに行ったかわかる?」
自家用車は乱暴に「知らねえよ」と答えた。
もしかしたら座席のさらに奥に入ってしまったのかもしれない。愛昼はがっかりしつつもとりあえず報告をしに行くことにした。

笹木にそのことを伝えると眉間に皺を寄せた。
「ドライブレコーダーがあったのか。そんなこと一言も話していなかったが」
「そう。もしかしたら加害者が隠しているのかもしれないわ」
笹木が頷く。
「そうだな。少し調べてみる」
愛昼はその言葉に頷いた。
そのとき、急にスピーカーから放送が流れ出した。また交通事故が起きたようだ。
「凪、俺が調べておくから出動してくれ」
愛昼は頷くとすぐに更衣室に向かい、交通事故捜査勤務員専用の制服を取り出した。

駐車場に向かいパトカーに乗り込む。シートベルトをしている間に二つ隣にいたパトカーがサイレンを鳴らして出ていくのが見えた。
それを横目にエンジンをかけブレーキペダルを踏む。そしてギアをドライブに入れようとしたとき
「また事故ですか」とうんざりとした声が聞こえた。
はっと顔を上げればいつの間にか助手席に男が座っている。彼は憂鬱そうに座席の背もたれにもたれ掛かり窓の外を眺めていた。
「なんで俺ばっかり事故現場に行かなきゃいけないんだろ。あいつらは行かなくていいのに」
愛昼はちらりと男の目線の先を見てから言う。
「あのパトカーは捜査一課のものよ。あなたは交通捜査課のパトカーでしょ?」
「それを決めたのは人間でしょう?俺自らが交通捜査課のパトカーになることを選んだ訳じゃない」
苛立たしそうに言う男を不快に思いつつ愛昼はレバーをドライブに押し込んだ。ハンドブレーキを外そうとする愛昼の手元を一瞥して男が続ける。
「……もしここで俺が動くことを拒否したら、あなた困ります?」
「困るどころか怒るわよ」と愛昼がぴしゃりと言った。男の心理状態が愛昼にはよく分からなかった。
「なんでそんなに不機嫌なのか知らないけど、あなたにはやることをやってもらわないと困るの」
愛昼はハンドブレーキを外しブレーキペダルからアクセルペダルへ足を乗せ変えた。男はそれを見てため息をつき、眉をひそめた。
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