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スイ
〈6〉
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次の日。愛昼は出勤するとさっそく笹木に被害者の容態について聞いてみた。笹木は残念そうに「あまりよろしくはないそうだ」とだけ言った。しかし愛昼は彼の表情と口調から、被害者が回復が見込めないほど悪い状況であることを感じ取っていた。
愛昼は内心がっかりしつつも今だ微かな希望を抱いていた。それが現実になるなどどこにも証拠はないのだが。
数枚の紙を挟んだフォルダを持って屋内駐車場に行くと、パトカーの擬人化と自称する昨日の男とバイクが話しているのが見えた。何を話しているかは聞き取ることは出来なかったが、男の顔はとても晴れやかで、バイクからも時おり楽しそうな笑い声が聞こえた。
愛昼が近づくと男がこちらを向き「おはようございます」と会釈をした。
「おはよう。何を話していたの?」
愛昼が尋ねると男は「いろいろとですよ」と悪戯っぽく笑い、「ね?」と同意を求めるようバイクの方を見た。
それを受けて「はい!お話楽しかったです」とバイクが嬉しそうに言った。
何を話しているか気になりはしたが、どうやら車同士の秘密のようなので詮索はやめておいた。
「まあ、楽しそうで良かったわ」
そう言う愛昼にバイクがおずおずと話しかける。
「あの……。あなたはケイカン?という人なのですか?」
幼い子供のようなたどたどしい言い方に思わず頬を緩めて愛昼は頷く。
「ええ、そうよ。事件や事故が起こったときになぜそれが起こったか、ということを調べるのが私たちのお仕事なの。だから私はあなたに会いに来たのよ」
愛昼はそう言ってフォルダを脇に挟むとバイクのハンドルを掴み駐車場の脇に寄せた。そしてバイクの前で体操座りをした。男はバイクの隣に行き、愛昼と向かい合う形で立った。
何をするのかとバイクが少し戸惑っているのが気配で分かる。
愛昼はバイクを安心させるよう微笑んだ。
「そんなに緊張しなくていいわ。昨日のことについて少し聞きたいだけ」
バイクが黙りこんだ。あるはずもない彼女の心臓が緊張と不安でドクドクと動いている音がする。
「……はい」
少したってからバイクが返事をした。愛昼はまず事故の起きる前のことから順番に聞いていくことにした。
「昨日はどこに行く予定だったの?」
「雅人さんの職場に、行く予定でした」
「そう。いつもと同じ時間だった?」
「いえ、少しだけ出発が遅れていました。雅人さんが私に乗るとき焦っているのが分かりました」
愛昼はバイクの返答をさらさらと紙に書いていく。
「急いでいること以外にいつもと違ったことはある?」
そう尋ねるとバイクは黙りこんだ。
遠くで突然サイレンが鳴り出した。男が眉をよせる。
「場所を変える?」
サイレンの音を気にして愛昼が尋ねる。
「……いえ、大丈夫です」
弱々しくバイクが答える。しかし、先程の問いについては答えが帰ってこなかった。
見かねたように男が愛昼の隣に座込み耳打ちした。
「まだ事故の内容を話すのに抵抗があるみたいです。もう少し待った方がいいかと」
「でも、今尋ねたのは事故の内容じゃないわ」
愛昼が言い返すと男は首を振った。
「その質問に答えるのに躊躇するということは、それが事故と関わりがあるということでしょう」
それを聞いて愛昼ははっとした。バイクは質問には答えなかったが、事故が起こった原因のヒントはくれたのだ。
愛昼は考え直すと立ち上がった。そしてお礼をいう。
「ご協力ありがとう。嫌なことを思い出させてしまってごめんね」
愛昼を見てバイクは悲しそうな声で「ごめんなさい」と言った。
加害車にも尋ねてみたが有用な返答は帰ってこなかった。何を聞いても「運転手に聞いてくれ」の一点張りだった。愛昼は仕方なくこちらの事情聴取も切り上げることにした。
愛昼は内心がっかりしつつも今だ微かな希望を抱いていた。それが現実になるなどどこにも証拠はないのだが。
数枚の紙を挟んだフォルダを持って屋内駐車場に行くと、パトカーの擬人化と自称する昨日の男とバイクが話しているのが見えた。何を話しているかは聞き取ることは出来なかったが、男の顔はとても晴れやかで、バイクからも時おり楽しそうな笑い声が聞こえた。
愛昼が近づくと男がこちらを向き「おはようございます」と会釈をした。
「おはよう。何を話していたの?」
愛昼が尋ねると男は「いろいろとですよ」と悪戯っぽく笑い、「ね?」と同意を求めるようバイクの方を見た。
それを受けて「はい!お話楽しかったです」とバイクが嬉しそうに言った。
何を話しているか気になりはしたが、どうやら車同士の秘密のようなので詮索はやめておいた。
「まあ、楽しそうで良かったわ」
そう言う愛昼にバイクがおずおずと話しかける。
「あの……。あなたはケイカン?という人なのですか?」
幼い子供のようなたどたどしい言い方に思わず頬を緩めて愛昼は頷く。
「ええ、そうよ。事件や事故が起こったときになぜそれが起こったか、ということを調べるのが私たちのお仕事なの。だから私はあなたに会いに来たのよ」
愛昼はそう言ってフォルダを脇に挟むとバイクのハンドルを掴み駐車場の脇に寄せた。そしてバイクの前で体操座りをした。男はバイクの隣に行き、愛昼と向かい合う形で立った。
何をするのかとバイクが少し戸惑っているのが気配で分かる。
愛昼はバイクを安心させるよう微笑んだ。
「そんなに緊張しなくていいわ。昨日のことについて少し聞きたいだけ」
バイクが黙りこんだ。あるはずもない彼女の心臓が緊張と不安でドクドクと動いている音がする。
「……はい」
少したってからバイクが返事をした。愛昼はまず事故の起きる前のことから順番に聞いていくことにした。
「昨日はどこに行く予定だったの?」
「雅人さんの職場に、行く予定でした」
「そう。いつもと同じ時間だった?」
「いえ、少しだけ出発が遅れていました。雅人さんが私に乗るとき焦っているのが分かりました」
愛昼はバイクの返答をさらさらと紙に書いていく。
「急いでいること以外にいつもと違ったことはある?」
そう尋ねるとバイクは黙りこんだ。
遠くで突然サイレンが鳴り出した。男が眉をよせる。
「場所を変える?」
サイレンの音を気にして愛昼が尋ねる。
「……いえ、大丈夫です」
弱々しくバイクが答える。しかし、先程の問いについては答えが帰ってこなかった。
見かねたように男が愛昼の隣に座込み耳打ちした。
「まだ事故の内容を話すのに抵抗があるみたいです。もう少し待った方がいいかと」
「でも、今尋ねたのは事故の内容じゃないわ」
愛昼が言い返すと男は首を振った。
「その質問に答えるのに躊躇するということは、それが事故と関わりがあるということでしょう」
それを聞いて愛昼ははっとした。バイクは質問には答えなかったが、事故が起こった原因のヒントはくれたのだ。
愛昼は考え直すと立ち上がった。そしてお礼をいう。
「ご協力ありがとう。嫌なことを思い出させてしまってごめんね」
愛昼を見てバイクは悲しそうな声で「ごめんなさい」と言った。
加害車にも尋ねてみたが有用な返答は帰ってこなかった。何を聞いても「運転手に聞いてくれ」の一点張りだった。愛昼は仕方なくこちらの事情聴取も切り上げることにした。
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