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スイ
〈4〉
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バイクと自家用車は横に並んで停まっていた。どちらも一言も発さずたたずんでいる。
こんなに近くに被害車と加害車を置くなんて、と愛昼は憤慨するが、人間にとって車はただの“物”なのだから仕方ない。
愛昼はバイクのサイドスタンドを外し、自家用車から離れたところに連れて行った。そしてしゃがみ込み、小さい子に話しかけるようにバイクに目線を合わせた。
「こんにちは。私の名前は凪愛昼っていうの。あなたとお話したいのだけど、いいかしら?」
何も答えず、バイクは沈黙している。
(さて、どう仲良くなろうかしら……)
愛昼は色々考えたあと、まず外見を褒めることにした。
とはいえども、愛昼はあまりバイクに詳しくない。だから何が褒め言葉になるのかさっぱり分からない。
「えーっと……あなた、ボディカラーが素敵ね。それがピカピカに磨かれていてさらにかっこいいと思うわ。それに、座席も座り心地がよさそう。きっと女の子にモテるでしょうね」
とりあえず思いつくままの褒め言葉を並べてみた。車にモテるモテないがあるのかは不明だが。
しばらくどこか居心地の悪い沈黙が流れたあと、後ろから吹き出すような音がした。
振り返れば男が立っていて、笑いをこらえているのが見えた。よく笑う車だ、と愛昼は半目でにらみつけながら思う。
目尻に浮かんだ涙を指でぬぐいながら男が言う。
「車を口説くのはやめてくれませんか?」
「口説いてなんかないわ。仲良くしようと思っているだけよ」
「いやいや、今のは口説いていましたよ」
「違うって言ってるでしょ!」
言い合いを始めた愛昼と男におずおずと割って入るように「あの……」と声がした。
二人ははっとしてバイクの方を振り返る。バイクが申し訳なさそうに続けた。
「あの、私、男性じゃないです」
てっきりバイクは男性のイメージだったため、かよわい女性の声に愛昼は驚く。
「ごめんなさい、あなた女性だったのね」
愛昼は慌てて謝る。それにまた男が吹き出した。
「い、いえ。別にいいんです」
顔を真っ赤にして男をにらみつける愛昼を見ながらバイクがおどおどと続ける。
すっかり失敗してしまったが、とりあえず話の出来る状態になった。愛昼はほっとしてさっそく話しかける。
「あなたとお話してもいいかしら?」
バイクは「は、はい」と頷いた。
「ありがとう。そうねー、何について話そうかな……」
愛昼は考える。相手が人間の女性だったら好きな芸能人とかドラマとかを聞けばいいのだが。
考えあぐねて男を見る。見られたことに気づいた男が営業スマイルを浮かべて首をかしげる。
「なんです?」
「車同士って普段どんな話をするの?」
バイクに聞こえないようひそひそ話す。
「そうですね。お天気のこととか運転手が話していたこととか」
「運転手が話していたこと!?」
愛昼が驚く。男がこくりと頷くのを見て、「これからは車内で変なことは言わないようにしないと」と愛昼は強く思った。
男はそんな愛昼の様子を見た後、腰を曲げて姿勢を低くすると、優しい声でバイクに話しかけた。
「お怪我はないですか?」
「は、はい。ちょっとお尻が痛いですけど……」
バイクがどぎまぎしながら答える。追突されたからだな、と愛昼は思う。
「そうですか、それなら良かった。けれど、一応故障していないか調べておきますね」
そう言って男がバイクに近づく。何をするのか、とビクリとバイクが体をこわばらせたのが分かった。それに気づいて男が足を止める。
「ああ、すみません。驚かせてしまいましたね。故障していないかあちこち触って確かめようと思ったのですよ」
甘ったるいほど優しい声音で言うと「あ、そうだったんですね、すみません」とバイクが恥ずかしそうに言った。
「いえいえ、こちらこそ不安を与えるようなことをしてすみません。確かめてもいいですか?」
バイクはしばらく考えたあと、「お願いします」と消えそうな声で言った。
壊れ物でも扱うかのようにバイクに触る男を愛昼は腕を組んで眺める。男はあちこち見たり触ったりエンジンを動かしてみたりして一通り確認した後、
「うん。大丈夫そうですね。問題なく動けそうです」と言った。
バイクがほっとしたのが雰囲気で分かる。「ありがとうございます」と言うバイクに「いえいえ」と男がさも当然なことをしたかのように返す。
「ねえ、ちょっと」
点検を終えて戻ってきた男に話しかける。
「なんでそんなにバイクに詳しいの?」
男はそれを聞いてキョトンとしたあと笑った。
「そんなたいした知識は持っていませんよ。白バイの友人から少し聞いているぐらいです」
なるほどね、と愛昼は内心感心しながら頷く。
(今や車がバイクの点検方法を知っている時代になったのかあ)
そんなことを考えている愛昼にバイクが遠慮がちに声をかけた。
「……あの」
「何かしら?」
愛昼が尋ねると、バイクは少しためらったあと
「私の運転手さん……雅人さんはどこにいるのですか?」と尋ねた。
愛昼がそれを聞いて一瞬悲しげな顔をする。しかしすぐに元の表情に戻した。
「あなたの運転手さんは今病院にいるわ」
「病院、って病気になったり怪我したりしたら行くところ、ですよね……」
バイクの言葉に愛昼は頷く。それを見てバイクが涙ぐんだ。
「……じゃあ、雅人さん、やっぱり怪我して……」
そう言うやいなや泣き始めた。しくしく泣くバイクにどう声をかけようか考える。
「……今ね、怪我の治療をしている最中なの。あなたの運転手さんはとても頑張っているはずだから、応援してあげてちょうだい」
そう言うとすすり泣く声に混じって「はい」と返事をする声が聞こえた。
こんなに近くに被害車と加害車を置くなんて、と愛昼は憤慨するが、人間にとって車はただの“物”なのだから仕方ない。
愛昼はバイクのサイドスタンドを外し、自家用車から離れたところに連れて行った。そしてしゃがみ込み、小さい子に話しかけるようにバイクに目線を合わせた。
「こんにちは。私の名前は凪愛昼っていうの。あなたとお話したいのだけど、いいかしら?」
何も答えず、バイクは沈黙している。
(さて、どう仲良くなろうかしら……)
愛昼は色々考えたあと、まず外見を褒めることにした。
とはいえども、愛昼はあまりバイクに詳しくない。だから何が褒め言葉になるのかさっぱり分からない。
「えーっと……あなた、ボディカラーが素敵ね。それがピカピカに磨かれていてさらにかっこいいと思うわ。それに、座席も座り心地がよさそう。きっと女の子にモテるでしょうね」
とりあえず思いつくままの褒め言葉を並べてみた。車にモテるモテないがあるのかは不明だが。
しばらくどこか居心地の悪い沈黙が流れたあと、後ろから吹き出すような音がした。
振り返れば男が立っていて、笑いをこらえているのが見えた。よく笑う車だ、と愛昼は半目でにらみつけながら思う。
目尻に浮かんだ涙を指でぬぐいながら男が言う。
「車を口説くのはやめてくれませんか?」
「口説いてなんかないわ。仲良くしようと思っているだけよ」
「いやいや、今のは口説いていましたよ」
「違うって言ってるでしょ!」
言い合いを始めた愛昼と男におずおずと割って入るように「あの……」と声がした。
二人ははっとしてバイクの方を振り返る。バイクが申し訳なさそうに続けた。
「あの、私、男性じゃないです」
てっきりバイクは男性のイメージだったため、かよわい女性の声に愛昼は驚く。
「ごめんなさい、あなた女性だったのね」
愛昼は慌てて謝る。それにまた男が吹き出した。
「い、いえ。別にいいんです」
顔を真っ赤にして男をにらみつける愛昼を見ながらバイクがおどおどと続ける。
すっかり失敗してしまったが、とりあえず話の出来る状態になった。愛昼はほっとしてさっそく話しかける。
「あなたとお話してもいいかしら?」
バイクは「は、はい」と頷いた。
「ありがとう。そうねー、何について話そうかな……」
愛昼は考える。相手が人間の女性だったら好きな芸能人とかドラマとかを聞けばいいのだが。
考えあぐねて男を見る。見られたことに気づいた男が営業スマイルを浮かべて首をかしげる。
「なんです?」
「車同士って普段どんな話をするの?」
バイクに聞こえないようひそひそ話す。
「そうですね。お天気のこととか運転手が話していたこととか」
「運転手が話していたこと!?」
愛昼が驚く。男がこくりと頷くのを見て、「これからは車内で変なことは言わないようにしないと」と愛昼は強く思った。
男はそんな愛昼の様子を見た後、腰を曲げて姿勢を低くすると、優しい声でバイクに話しかけた。
「お怪我はないですか?」
「は、はい。ちょっとお尻が痛いですけど……」
バイクがどぎまぎしながら答える。追突されたからだな、と愛昼は思う。
「そうですか、それなら良かった。けれど、一応故障していないか調べておきますね」
そう言って男がバイクに近づく。何をするのか、とビクリとバイクが体をこわばらせたのが分かった。それに気づいて男が足を止める。
「ああ、すみません。驚かせてしまいましたね。故障していないかあちこち触って確かめようと思ったのですよ」
甘ったるいほど優しい声音で言うと「あ、そうだったんですね、すみません」とバイクが恥ずかしそうに言った。
「いえいえ、こちらこそ不安を与えるようなことをしてすみません。確かめてもいいですか?」
バイクはしばらく考えたあと、「お願いします」と消えそうな声で言った。
壊れ物でも扱うかのようにバイクに触る男を愛昼は腕を組んで眺める。男はあちこち見たり触ったりエンジンを動かしてみたりして一通り確認した後、
「うん。大丈夫そうですね。問題なく動けそうです」と言った。
バイクがほっとしたのが雰囲気で分かる。「ありがとうございます」と言うバイクに「いえいえ」と男がさも当然なことをしたかのように返す。
「ねえ、ちょっと」
点検を終えて戻ってきた男に話しかける。
「なんでそんなにバイクに詳しいの?」
男はそれを聞いてキョトンとしたあと笑った。
「そんなたいした知識は持っていませんよ。白バイの友人から少し聞いているぐらいです」
なるほどね、と愛昼は内心感心しながら頷く。
(今や車がバイクの点検方法を知っている時代になったのかあ)
そんなことを考えている愛昼にバイクが遠慮がちに声をかけた。
「……あの」
「何かしら?」
愛昼が尋ねると、バイクは少しためらったあと
「私の運転手さん……雅人さんはどこにいるのですか?」と尋ねた。
愛昼がそれを聞いて一瞬悲しげな顔をする。しかしすぐに元の表情に戻した。
「あなたの運転手さんは今病院にいるわ」
「病院、って病気になったり怪我したりしたら行くところ、ですよね……」
バイクの言葉に愛昼は頷く。それを見てバイクが涙ぐんだ。
「……じゃあ、雅人さん、やっぱり怪我して……」
そう言うやいなや泣き始めた。しくしく泣くバイクにどう声をかけようか考える。
「……今ね、怪我の治療をしている最中なの。あなたの運転手さんはとても頑張っているはずだから、応援してあげてちょうだい」
そう言うとすすり泣く声に混じって「はい」と返事をする声が聞こえた。
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