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スイ

〈2〉

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「……あなた、いつまでそこにいるの?」
愛昼は車の間をすり抜けながら、助手席に我が物顔で座る男に話しかける。
「いつまで、ってここは俺の中ですからね。俺がいたいときまでいるつもりですよ」
その答えを聞いて愛昼は苦い顔をする。隣に知人でない男が乗っているのがなんだか落ち着かない。
しばらくして現場が見えてきた。先に到着していたパトカーや警官の間から自家用車が見える。
「道路が封鎖されていますね。随分大きな事故だったんでしょうかね」
男が顔をしかめて言う。
愛昼はパトカーを車道の脇に止めると到着時間を確認し、道路に飛び降りて現場に走った。男は走って行く愛昼の後ろ姿を見ながら鍵をかけた。

現場には自家用車が一台と、そこから少し離れて横倒しになっているバイクがあるのが見えた。自家用車に乗っていた男性は今警官達と話をしていた。
朝だというのに黄色いテープを貼った周りに野次馬達が集まっていた。愛昼はそれを横目に現場の様子を観察する。
自家用車は少しだけ前がへこんでいるように見えた。バイクとの位置関係を考えると恐らく追突だろう。
今度はバイクの方へ向かう。そのとき野次馬達の会話が聞こえてきた。
「バイクの運転手さん、病院に運ばれたんでしょう?」
「ええ。血だらけだったって話よ」
愛昼はバイクの近くに立った。道路に赤い染みができているのが見える。
愛昼はそれを見て顔をしかめた。まだ付着してから時間の経っていないそれは、朝日を受けて生々しい真紅色をしていた。
バイクは自動車と違い、事故に遭った時全身で衝撃を受ける。だから追突されたときの体への衝撃は、自動車と比べものにならないほど大きい。
恐らくバイクの運転手は弾き飛ばされ道路で強く体を打ったのではないだろうか。そしてアスファルトで体を擦り出血したのではないだろうか。
バイクの運転手は果たして無事だろうかと思いやっていると、「凪」と名前を呼ばれた。振り返ると同じ課で同僚の笹木が立っていた。
「どういうことだったの?」
そう尋ねると笹木はちらりと後ろを見た。パトカーが走り去っていくのが見える。愛昼はそれを見送った。
「自家用車に乗っていた男を過失運転致傷容疑で現行犯逮捕をした。詳しいことはこれから聞くが、現時点で分かっていることは、男が前方不注意で前を走っていたバイクにぶつかったことだ」
話を聞きながら愛昼は頷く。
「なるほど、そういうことね。それにしても結構な速さでぶつかったみたいね。あんなにバイクが離れた場所にあるなんて」
愛昼の言葉に笹木が顔をしかめる。
「ああ、そうだな。とりあえず現場の調査をさっさとしよう。この道路を早めに開放しなければ」
愛昼は「そうね」と頷いた。そして笹木とは反対にバイクに近づくとしゃがみこんだ。
「あなた、私の声が聞こえる?聞こえたら返事をして欲しいのだけど」
小さな声で優しく声をかける。しかしバイクは何も言わない。
愛昼は少しの間返事を待った後立ち上がった。そして今度は自家用車の方に向かう。
笹木には聞こえないようささやくように言う。
「ねえ、あなた、話せる?少し聞きたいことがあるの」
暫く間があってから「何?」とぶっきらぼうな男の声がした。
「私、交通部交通捜査課の凪愛昼って言って、この事故の調査をしているの。事故について分かることがあったら教えて欲しいのだけど」
愛昼の問いに、「そんなの、俺の運転手に聞けばいいだろ」と自家用車は乱暴に言い返した。
それきり話そうとしなくなってしまったため愛昼は諦めた。まあ、事故現場にいる車が話さなくなるのは経験済みだ。何が起こったか分からずパニックになっているうえに人間に話しかけられるのだから。
愛昼はまだ調べている笹木のほうを向いた。そして先に戻る旨を伝え、バイクと自家用車が警察本部に届いたら連絡をするように頼んだ。

「なんだか嫌な感じがしますね」
愛昼がパトカーに戻ったとき、男は暗い顔でそう言った。
「そうね」
愛昼はそう答えたあと、ふと思いついて
「ねえ、あなたから彼等に話しかけてみてくれない?」と言った。
愛昼の言葉に男が不思議そうな顔をする。
「彼等って誰のことです?」
愛昼は体を男の方にむける。
「被害車と加害車のことよ。あなたも車だから、彼等も私に事故のことを話すよりは少しは話しやすいかと思って」
それを聞いて男は目を丸くした。そして信じられないといった様子で
「車に事情聴取をしろと仰るんですか?」と言った。
「そうよ」
それを聞いて男が素早く首を振る。
「どうせ車の言ったことなんて証言になりませんよ。するだけ無駄です」
そう言い放つ男を愛昼はキッとにらむ。
「無駄ではないわ。今まで車に聞いたおかげで見つけられなかったものを見つけられたり、分からなかったことが分かったりしたもの」
そう言い切る愛昼を男は無感情に眺めていた。愛昼は顔をそらす。
「……とりあえず帰りましょう。事情聴取は車が警察本部に来てからすればいいわ」
愛昼はきびきびとシートベルトを締めた。そして方向転換をし、現場を立ち去った。
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