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ティー〈第一部〉
〈7〉
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天守を通り過ぎると大小様々な岩がおいてある場所に出た。
その場所を取り囲むように植わっている桜の木を見てティーが歓声をあげた。淡いピンク色をした満開の桜の花がまるでカーテンのように辺りを取り囲んでいる。その美しさに基本無感動な朝陽でさえ思わずため息をついた。
そこでは人々が思い思いに花見を楽しんでいた。女性三人が岩の上にお弁当を広げ話に花を咲かせていたり、女子高生の二人組が自撮り棒で写真を撮っていたり、立派な一眼レフを持った男性がどうやったら桜の美しさを最大限写真に閉じ込められるか試行錯誤していたりするのが見えた。
朝陽とティーはしばらく言葉をなくしてその場に立ち尽くしていた。こんなに綺麗な桜を見たのはいつぶりだろう、と朝陽は頭の隅で考えた。
一通り景色を堪能した後、口を半開きにしているティーに話しかける。
「……ティー。とりあえず一通り見て回ろう。その後一番綺麗だと思ったところでゆっくり花見をすることにしよう」
朝陽の提案にティーは頷いた。そして写真を撮る人の邪魔をしないよう慎重にその場から立ち去った。
「やっぱりここが一番綺麗だな」
朝陽が周辺を包み込む桜の木を見ながら言う。
彼等は城の周りを一周した後、元の場所に戻ってきていた。ここの桜が花の密度も咲き加減もちょうどいいと感じたのだ。
「ここで休憩しよう」
朝陽の言葉にティーが頷いた。そして朝陽について行き、彼が座った隣の岩の上にちょこんと腰掛けた。
「レジャーシートは不要だったな」
苦笑しながら朝陽が近くの岩にレジャーシートを立てかけた。レジャーシートは不安定そうに岩に寄りかかってふらふらしていた。
朝陽は鞄を置くと水筒を取り出して蓋をあけた。コーヒーの匂いがあたりにふわりと広がる。
コーヒーを飲む朝陽を見てティーが尋ねる。
「何を飲んでいるんですか?」
「これか?コーヒーだよ。お前も飲むか?」
ティーがふるふると首を横に振った。やはり車はガソリンしか口にしないらしい。
水筒を片手にくつろぐ朝陽を見ながらティーが微笑んだ。
「……あなたはコーヒーが好きなんですね」
「ああ」と朝陽が桜を見ながら答える。
風に舞って桜の花が一つひらひらと落ちてきた。それを手のひらに乗せて、ティーは口を開く。
「雅人さんは紅茶が好きだったんです。特にミルクティーが」
茎の部分のところを持ってくるくる回す。
「『コーヒーは苦くて飲めないから紅茶にした』と一緒にツーリングに行ったお友達に言っていました。その時に、『ミルクを入れておけば背が伸びるんじゃないかと思ったからミルクティーにした』とも言っていました。お友達には笑われていましたけど」
ティーが手元にある花を見ながら懐かしそうに話す。
朝陽は黙ってコーヒーを口の中で転がしていた。その時、強い風が吹き桜の花びらが雨のように降り注いできた。向こうの方で子供が精一杯手を伸ばしその花びらをキャッチしようとしているのが見える。
その様子を眺めながらティーがまた話し出す。
「雅人さん、友達とのツーリングと同じくらい小さい子供が好きだったのです。だから彼女さんと一緒にお出かけしたとき、『結婚したら子供が欲しい』と言っていました」
「雅人さんは結婚したのか?」と朝陽が尋ねた。
「はい。彼女さんと結婚しました。とても幸せそうでした。私はそんな雅人さんを見てとてもうれしかったのです」
ティーはその時のことを思い出して柔らかい笑みをこぼした。
桜の花はティーの手の中でひらひらと揺れている。
朝陽は近くに落ちてきた花びらをそっと手にとった。それはすこしでも強く握ったら破れてしまうほど柔らかく薄かった。
「雅人さんはよく名古屋城に花見に来ました。私は駐車場で待っていたので、桜を見ることは出来ませんでしたけど……。花見から帰ってきた雅人さんは、花見をする前にどれだけ気持ちが沈んでいても晴れやかな顔をしていました。それを見るたびに私は花見というのはすごい力を持っているんだなあ、と思いました」
朝陽は花びらを一通り撫でた後、ティーの手に移した。ティーの手には桜の花と花びらが乗っている。
ティーは顔をあげ朝陽を見た。その顔は少しだけ寂しそうでもあり、うれしそうでもあった。
「朝陽さん。私を花見に連れてきてくださってありがとうございます。こんなに綺麗な桜を見られて、私は今とても幸せです」
そう言って笑った。桜のように儚くふんわりとした笑みだった。
風が吹き、ティーの手から桜の花びらが滑り落ちた。ティーは残った桜の花を指で優しくつまんだ。そして黙って桃色の雨が降り注ぐ景色を見ていた。朝陽も水筒の蓋をしめ、彼等を温かく包み込む桜の花を目に痛いほど焼き付けた。
その場所を取り囲むように植わっている桜の木を見てティーが歓声をあげた。淡いピンク色をした満開の桜の花がまるでカーテンのように辺りを取り囲んでいる。その美しさに基本無感動な朝陽でさえ思わずため息をついた。
そこでは人々が思い思いに花見を楽しんでいた。女性三人が岩の上にお弁当を広げ話に花を咲かせていたり、女子高生の二人組が自撮り棒で写真を撮っていたり、立派な一眼レフを持った男性がどうやったら桜の美しさを最大限写真に閉じ込められるか試行錯誤していたりするのが見えた。
朝陽とティーはしばらく言葉をなくしてその場に立ち尽くしていた。こんなに綺麗な桜を見たのはいつぶりだろう、と朝陽は頭の隅で考えた。
一通り景色を堪能した後、口を半開きにしているティーに話しかける。
「……ティー。とりあえず一通り見て回ろう。その後一番綺麗だと思ったところでゆっくり花見をすることにしよう」
朝陽の提案にティーは頷いた。そして写真を撮る人の邪魔をしないよう慎重にその場から立ち去った。
「やっぱりここが一番綺麗だな」
朝陽が周辺を包み込む桜の木を見ながら言う。
彼等は城の周りを一周した後、元の場所に戻ってきていた。ここの桜が花の密度も咲き加減もちょうどいいと感じたのだ。
「ここで休憩しよう」
朝陽の言葉にティーが頷いた。そして朝陽について行き、彼が座った隣の岩の上にちょこんと腰掛けた。
「レジャーシートは不要だったな」
苦笑しながら朝陽が近くの岩にレジャーシートを立てかけた。レジャーシートは不安定そうに岩に寄りかかってふらふらしていた。
朝陽は鞄を置くと水筒を取り出して蓋をあけた。コーヒーの匂いがあたりにふわりと広がる。
コーヒーを飲む朝陽を見てティーが尋ねる。
「何を飲んでいるんですか?」
「これか?コーヒーだよ。お前も飲むか?」
ティーがふるふると首を横に振った。やはり車はガソリンしか口にしないらしい。
水筒を片手にくつろぐ朝陽を見ながらティーが微笑んだ。
「……あなたはコーヒーが好きなんですね」
「ああ」と朝陽が桜を見ながら答える。
風に舞って桜の花が一つひらひらと落ちてきた。それを手のひらに乗せて、ティーは口を開く。
「雅人さんは紅茶が好きだったんです。特にミルクティーが」
茎の部分のところを持ってくるくる回す。
「『コーヒーは苦くて飲めないから紅茶にした』と一緒にツーリングに行ったお友達に言っていました。その時に、『ミルクを入れておけば背が伸びるんじゃないかと思ったからミルクティーにした』とも言っていました。お友達には笑われていましたけど」
ティーが手元にある花を見ながら懐かしそうに話す。
朝陽は黙ってコーヒーを口の中で転がしていた。その時、強い風が吹き桜の花びらが雨のように降り注いできた。向こうの方で子供が精一杯手を伸ばしその花びらをキャッチしようとしているのが見える。
その様子を眺めながらティーがまた話し出す。
「雅人さん、友達とのツーリングと同じくらい小さい子供が好きだったのです。だから彼女さんと一緒にお出かけしたとき、『結婚したら子供が欲しい』と言っていました」
「雅人さんは結婚したのか?」と朝陽が尋ねた。
「はい。彼女さんと結婚しました。とても幸せそうでした。私はそんな雅人さんを見てとてもうれしかったのです」
ティーはその時のことを思い出して柔らかい笑みをこぼした。
桜の花はティーの手の中でひらひらと揺れている。
朝陽は近くに落ちてきた花びらをそっと手にとった。それはすこしでも強く握ったら破れてしまうほど柔らかく薄かった。
「雅人さんはよく名古屋城に花見に来ました。私は駐車場で待っていたので、桜を見ることは出来ませんでしたけど……。花見から帰ってきた雅人さんは、花見をする前にどれだけ気持ちが沈んでいても晴れやかな顔をしていました。それを見るたびに私は花見というのはすごい力を持っているんだなあ、と思いました」
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「朝陽さん。私を花見に連れてきてくださってありがとうございます。こんなに綺麗な桜を見られて、私は今とても幸せです」
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風が吹き、ティーの手から桜の花びらが滑り落ちた。ティーは残った桜の花を指で優しくつまんだ。そして黙って桃色の雨が降り注ぐ景色を見ていた。朝陽も水筒の蓋をしめ、彼等を温かく包み込む桜の花を目に痛いほど焼き付けた。
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