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ティー〈第一部〉
〈4〉
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次の日。私服姿でレジャーシートを持って出てきた朝陽をリオンが不可解な面持ちで見た。
「ピクニックにでも行くのですか?」
「ああ。名古屋城で花見をしようと思う」
朝陽の言葉に「名古屋城ですか?」とリオンが首をかしげる。
「ああ。カーナビの行き先に登録しておいてくれないか」
朝陽に頼まれリオンが「分かりました」と頷いた。
車体にレジャーシートをもたれかからせて、朝陽はティーに近づく。そして彼女の前に立ち、話しかけた。
「ティー。花見に行くが、お前も来るか?」
少し経ってからティーが姿を現した。その顔はキョトンとしている。
「花見ですか?」
「ああ。家にいたって暇だろ?外出したいならお前もリオンに乗せて連れて行ってやる。どうだ?」
ティーが困った顔をした。どうしようかと考え込んでいるようだった。
「まあ、俺達と一緒に来ると、本体から遠く離れることになるが……」
ティーの様子を見て朝陽が付け加えた。
ティーは少し考えたあと、こくりと頷いた。朝陽はそれを見てほっとする。
「よし。なら来い」
朝陽がリオンの方に向かって歩き出した。ティーがその後に続いた。
「どこに花見に行くんですか?」とティーがぎこちない手つきでシートベルトをしめながら尋ねる。
「名古屋城だ」
「名古屋城、ですか……」
ティーは少し黙ってから微笑んだ。
「あそこの桜、綺麗らしいですからね。私も昔、よく雅人さんと一緒に……」
ティーがそこまで言って口を閉じた。そしてうつむいた。
「雅人っていうのが、お前の前の持ち主か」
朝陽が発車前の準備をしながら尋ねる。
「……はい」
ティーが顔を下に向けたまま頷く。
朝陽はティーの方を一瞥した。それから助手席に座って発車を待っているリオンに声をかけた。
「リオン。ティーの隣に座ってやってくれ」
それを聞いてリオンが怪訝な顔をする。
「何故です?」
「お前は車だからな。ティーには、俺には話せなくてもお前にだったら話せることがあるかもしれない」
リオンはちらりとティーを見やったあと続ける。
「ですが、彼女は私に怯えているようです。私が隣に座ったら余計口を閉ざしてしまうかもしれません」
「まあ、物は試しだ。やってみてくれ」
朝陽が顎をしゃくる。リオンは仕方なくといった様子で助手席から姿を消し、代わりにティーの隣に現われた。ティーがびくりと肩を震わせ、恐る恐るリオンの顔色を伺った。
リオンは何も言わず腕を組んで座っている。ティーは少し様子を伺ったあと、またうつむいてしまった。
リオンと打ち解けるにもまだまだ時間がかかりそうだな、と朝陽は心の中で呟いた。
準備が終わると朝陽は車を発車させた。
しばらく住宅街を走ったあと、交通量の多い道に出た。あちこちでぺちゃくちゃとおしゃべりをする声が聞こえてくる。朝陽はできるだけその音が入ってこないよう耳にフィルターをかけた。
前にも言ったかもしれないが、車はしゃべる“生き物”である。
だから人間と同じで一つの場所にたくさんの車が集まると随分と賑やかになる。
朝陽のように車の言葉が分かる人間は、人間の声と共に車同士の会話までもが耳に入ってきてしまうのだ。
主に車は信号待ちをしていたり、駐車場で止まっていたりするときに会話をする。会話の内容は当たり障りのない天気の話だったり、運転手の話、車自身が見聞きした話だったりと多様である。
普通お喋りをする相手は友達だったり知り合いだったりするが、人間と違って車は自分の意志で友達と話す機会を作れるわけではない。だからお喋り好きな車は、面識がない初めて会った車にさえも臆さず話しかける。
その証拠に、今日だけでリオンは信号待ちの間に、数回も顔も知らない隣の車に話しかけられていた。彼のナンバープレートが福岡で、愛知の車達にとって珍しいからという理由もあるだろうが。
しかしリオンは世間話に興味がないようで適当な返事で済ませることが多く、もはや面倒だと返事をしないときさえあった。
「ピクニックにでも行くのですか?」
「ああ。名古屋城で花見をしようと思う」
朝陽の言葉に「名古屋城ですか?」とリオンが首をかしげる。
「ああ。カーナビの行き先に登録しておいてくれないか」
朝陽に頼まれリオンが「分かりました」と頷いた。
車体にレジャーシートをもたれかからせて、朝陽はティーに近づく。そして彼女の前に立ち、話しかけた。
「ティー。花見に行くが、お前も来るか?」
少し経ってからティーが姿を現した。その顔はキョトンとしている。
「花見ですか?」
「ああ。家にいたって暇だろ?外出したいならお前もリオンに乗せて連れて行ってやる。どうだ?」
ティーが困った顔をした。どうしようかと考え込んでいるようだった。
「まあ、俺達と一緒に来ると、本体から遠く離れることになるが……」
ティーの様子を見て朝陽が付け加えた。
ティーは少し考えたあと、こくりと頷いた。朝陽はそれを見てほっとする。
「よし。なら来い」
朝陽がリオンの方に向かって歩き出した。ティーがその後に続いた。
「どこに花見に行くんですか?」とティーがぎこちない手つきでシートベルトをしめながら尋ねる。
「名古屋城だ」
「名古屋城、ですか……」
ティーは少し黙ってから微笑んだ。
「あそこの桜、綺麗らしいですからね。私も昔、よく雅人さんと一緒に……」
ティーがそこまで言って口を閉じた。そしてうつむいた。
「雅人っていうのが、お前の前の持ち主か」
朝陽が発車前の準備をしながら尋ねる。
「……はい」
ティーが顔を下に向けたまま頷く。
朝陽はティーの方を一瞥した。それから助手席に座って発車を待っているリオンに声をかけた。
「リオン。ティーの隣に座ってやってくれ」
それを聞いてリオンが怪訝な顔をする。
「何故です?」
「お前は車だからな。ティーには、俺には話せなくてもお前にだったら話せることがあるかもしれない」
リオンはちらりとティーを見やったあと続ける。
「ですが、彼女は私に怯えているようです。私が隣に座ったら余計口を閉ざしてしまうかもしれません」
「まあ、物は試しだ。やってみてくれ」
朝陽が顎をしゃくる。リオンは仕方なくといった様子で助手席から姿を消し、代わりにティーの隣に現われた。ティーがびくりと肩を震わせ、恐る恐るリオンの顔色を伺った。
リオンは何も言わず腕を組んで座っている。ティーは少し様子を伺ったあと、またうつむいてしまった。
リオンと打ち解けるにもまだまだ時間がかかりそうだな、と朝陽は心の中で呟いた。
準備が終わると朝陽は車を発車させた。
しばらく住宅街を走ったあと、交通量の多い道に出た。あちこちでぺちゃくちゃとおしゃべりをする声が聞こえてくる。朝陽はできるだけその音が入ってこないよう耳にフィルターをかけた。
前にも言ったかもしれないが、車はしゃべる“生き物”である。
だから人間と同じで一つの場所にたくさんの車が集まると随分と賑やかになる。
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主に車は信号待ちをしていたり、駐車場で止まっていたりするときに会話をする。会話の内容は当たり障りのない天気の話だったり、運転手の話、車自身が見聞きした話だったりと多様である。
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その証拠に、今日だけでリオンは信号待ちの間に、数回も顔も知らない隣の車に話しかけられていた。彼のナンバープレートが福岡で、愛知の車達にとって珍しいからという理由もあるだろうが。
しかしリオンは世間話に興味がないようで適当な返事で済ませることが多く、もはや面倒だと返事をしないときさえあった。
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