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リオン
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関は冷蔵庫をあけてコーヒー缶を取り出した。そして鼻歌を歌いながらソファに向かう。
珍しく仕事が立て込んでしまい、今日やっと全てが片付いたのだ。彼にとっては久しぶりの休日となる。疲れた体を思いきり癒そう、と思ってソファに倒れこんだとき固定電話がけたたましくなった。重い体を持ち上げて覗き込めば表示されているのは見たことのない番号。
やれやれ、どうやら休日が来るのはもう少し先になりそうだ、と関はため息をついた。
約一時間のフライトを終え、関は福岡空港に立っていた。それから電車に乗って天神へ向かった。
今回の依頼は天神駅の近くにあるレンタカー会社からであった。メモしてあった会社名と自分の目の前にある看板の文字を見比べて、関は頷いた。
レンタカー会社は春休み前のわりに賑わっていた。学生のグループやら家族連れやらが狭い店内でひしめきあっているのが見える。
関は店内がすくのを待ってから入店した。
用件を受け付けの女性に話すと彼女は奥に引っ込み、代わりに困り果てた顔の男性が出てきた。
「わざわざ遠くまで足を運んでくださりありがとうございます」
申し訳なさそうな顔でお辞儀をする男性を横目に関は視線を巡らせた。
「問題の車というのは?」
「ああ、案内します。こちらへ」
傍若無人な態度の関に嫌な顔をする余裕もないのだろう。男性はおずおずと関を駐車場に案内した。
「……綺麗な車ですね」
案内された場所に駐車されていた車を見て関がぼそりと呟く。こんなことを彼が言うのは珍しいことだった。
何より関の目をひいたのはその車の色であった。
それは素直に青色と言い切るにはもったいない色をしていた。青色に紺色、群青色が溶け合ったような色と言ってもまだ説明しきれない。それくらい深みのある色をしていた。しかも、日の光によってチラチラと緑や紺、水色のラメのような粒があちこちで光った。
しばらく外見を眺めたあと、関は男性に尋ねた。
「それで、この車にどんな問題が?」
関が振り返ると男性は神妙な面持ちで口を開いた。
「この車は先月わが社にやって来たものなのですが……。貸し出した当初からお客様方から『不快な音がなる』と苦情が寄せられているのです」
関はスーツの胸ポケットからメモ帳を取りだしボールペンを走らせた。
「不快な音というのは、どんな音です?」
男性は持っていた書類に目を落として首をひねる。
「それが……。とても言葉で説明しにくい音なのだそうです。アンケートを書いているお客様方も表現の仕方がばらばらで、全くどんな音なのか想像出来ないのです」
「なるほど、分かりました」
男性の言葉を聞いて、ここまでは予想通りだと関は思う。『例の音あり』とメモに書き込むと「他には?」と尋ねた。
「ええと……。『不快な音がやんだと思ったら今度は突然車が停止するようになった』とお客様方は口を揃えて仰っています」
それを聞いて関は素早く顔をあげる。
「停止する、というのは……。どんな風に?」
「ええっとですね」と男が書類に目を走らせる。
「お客様方の話によりますと、『突然エンジンが停止して、車が止まってしまう』らしいのです。しかも、そうなるとしばらくの間エンジンがかからなくなってしまうのです」
「……どういうときに停止するんですか?」
関はペンを走らせて汚い文字を書きながら聞く。
「ええと、どういうとき、ですか?」
「ええ。何か特定のことをしたときであるとか特定の場所であるとか」
男性は狼狽しながら答えた。
「いえ、それが全く予想がつかないのですよ。お客様方の話を聞きますと、本当に突然止まるらしいのです。道路状態が悪いときではありません。ガソリンもたっぷりあるときなんですよ。どれだけスムーズに走っていても、突然エンジンが止まるのです」
男性の話を関は一言一句漏らさないようにメモをとりながら聞く。
「最初はエンジンの故障かと思ったのです。しかしいくら車屋に出してもおかしなところはなにもないと言われるんです。しかし、おかしな現象は止まらないのです」
男性は額の汗を拭った。本当に困り果てているようであった。
「もう少しで春休みです。幸いなことに多くのお客様が車を借りに弊社へいらっしゃいます。このままでは車が足りなくなってしまいます。ですから、この車も正常に動いてくれないと困るのです。しかしどうやっても車は直りません。もはや打つ手なし、もう駄目かと諦めかけていたとき、ちょうどうちの社員があなた様のホームページを見つけましたので、最後の頼みの綱として助けを求めた次第です」
関は男性が話したことを見直した後、顔をあげた。
「なるほど、大体分かりました。一つ質問しても?」
「ええ、もちろんです」と男性が食い気味に言う。
「ありがとうございます。……これは、中古車ですね?」
男性はその言葉にひどく驚いたようだった。目を泳がせ、しどろもどろになって答えた。
「ええ、そうです。よくおわかりになられましたね。けれど、決して事故車ではありません。それに、念のためにお祓いもきちんとして……」
「幽霊とか呪いとかそんなものではありませんよ」と関は男性の言葉を遮って言った。
そして車を指差し、
「この車、しばらくお借りできますか?」と尋ねた。
「え?いいですけど……」
男性が最後まで言い終わる前に、関はメモ帳をポケットに滑り込ませ口を開いた。
「ではこの車を二日ほどお借りします。おいくらで?」
「いえ、お金はいりません。……それで、この車は直るのでしょうか?」
男性が心配そうに尋ねる。
「"話して"みないと分かりませんが、恐らく直ると思います」
車を眺めながら発せられた関の言葉に男性は一瞬首をかしげたが、「よろしくお願いします」と深々とお辞儀をした。
珍しく仕事が立て込んでしまい、今日やっと全てが片付いたのだ。彼にとっては久しぶりの休日となる。疲れた体を思いきり癒そう、と思ってソファに倒れこんだとき固定電話がけたたましくなった。重い体を持ち上げて覗き込めば表示されているのは見たことのない番号。
やれやれ、どうやら休日が来るのはもう少し先になりそうだ、と関はため息をついた。
約一時間のフライトを終え、関は福岡空港に立っていた。それから電車に乗って天神へ向かった。
今回の依頼は天神駅の近くにあるレンタカー会社からであった。メモしてあった会社名と自分の目の前にある看板の文字を見比べて、関は頷いた。
レンタカー会社は春休み前のわりに賑わっていた。学生のグループやら家族連れやらが狭い店内でひしめきあっているのが見える。
関は店内がすくのを待ってから入店した。
用件を受け付けの女性に話すと彼女は奥に引っ込み、代わりに困り果てた顔の男性が出てきた。
「わざわざ遠くまで足を運んでくださりありがとうございます」
申し訳なさそうな顔でお辞儀をする男性を横目に関は視線を巡らせた。
「問題の車というのは?」
「ああ、案内します。こちらへ」
傍若無人な態度の関に嫌な顔をする余裕もないのだろう。男性はおずおずと関を駐車場に案内した。
「……綺麗な車ですね」
案内された場所に駐車されていた車を見て関がぼそりと呟く。こんなことを彼が言うのは珍しいことだった。
何より関の目をひいたのはその車の色であった。
それは素直に青色と言い切るにはもったいない色をしていた。青色に紺色、群青色が溶け合ったような色と言ってもまだ説明しきれない。それくらい深みのある色をしていた。しかも、日の光によってチラチラと緑や紺、水色のラメのような粒があちこちで光った。
しばらく外見を眺めたあと、関は男性に尋ねた。
「それで、この車にどんな問題が?」
関が振り返ると男性は神妙な面持ちで口を開いた。
「この車は先月わが社にやって来たものなのですが……。貸し出した当初からお客様方から『不快な音がなる』と苦情が寄せられているのです」
関はスーツの胸ポケットからメモ帳を取りだしボールペンを走らせた。
「不快な音というのは、どんな音です?」
男性は持っていた書類に目を落として首をひねる。
「それが……。とても言葉で説明しにくい音なのだそうです。アンケートを書いているお客様方も表現の仕方がばらばらで、全くどんな音なのか想像出来ないのです」
「なるほど、分かりました」
男性の言葉を聞いて、ここまでは予想通りだと関は思う。『例の音あり』とメモに書き込むと「他には?」と尋ねた。
「ええと……。『不快な音がやんだと思ったら今度は突然車が停止するようになった』とお客様方は口を揃えて仰っています」
それを聞いて関は素早く顔をあげる。
「停止する、というのは……。どんな風に?」
「ええっとですね」と男が書類に目を走らせる。
「お客様方の話によりますと、『突然エンジンが停止して、車が止まってしまう』らしいのです。しかも、そうなるとしばらくの間エンジンがかからなくなってしまうのです」
「……どういうときに停止するんですか?」
関はペンを走らせて汚い文字を書きながら聞く。
「ええと、どういうとき、ですか?」
「ええ。何か特定のことをしたときであるとか特定の場所であるとか」
男性は狼狽しながら答えた。
「いえ、それが全く予想がつかないのですよ。お客様方の話を聞きますと、本当に突然止まるらしいのです。道路状態が悪いときではありません。ガソリンもたっぷりあるときなんですよ。どれだけスムーズに走っていても、突然エンジンが止まるのです」
男性の話を関は一言一句漏らさないようにメモをとりながら聞く。
「最初はエンジンの故障かと思ったのです。しかしいくら車屋に出してもおかしなところはなにもないと言われるんです。しかし、おかしな現象は止まらないのです」
男性は額の汗を拭った。本当に困り果てているようであった。
「もう少しで春休みです。幸いなことに多くのお客様が車を借りに弊社へいらっしゃいます。このままでは車が足りなくなってしまいます。ですから、この車も正常に動いてくれないと困るのです。しかしどうやっても車は直りません。もはや打つ手なし、もう駄目かと諦めかけていたとき、ちょうどうちの社員があなた様のホームページを見つけましたので、最後の頼みの綱として助けを求めた次第です」
関は男性が話したことを見直した後、顔をあげた。
「なるほど、大体分かりました。一つ質問しても?」
「ええ、もちろんです」と男性が食い気味に言う。
「ありがとうございます。……これは、中古車ですね?」
男性はその言葉にひどく驚いたようだった。目を泳がせ、しどろもどろになって答えた。
「ええ、そうです。よくおわかりになられましたね。けれど、決して事故車ではありません。それに、念のためにお祓いもきちんとして……」
「幽霊とか呪いとかそんなものではありませんよ」と関は男性の言葉を遮って言った。
そして車を指差し、
「この車、しばらくお借りできますか?」と尋ねた。
「え?いいですけど……」
男性が最後まで言い終わる前に、関はメモ帳をポケットに滑り込ませ口を開いた。
「ではこの車を二日ほどお借りします。おいくらで?」
「いえ、お金はいりません。……それで、この車は直るのでしょうか?」
男性が心配そうに尋ねる。
「"話して"みないと分かりませんが、恐らく直ると思います」
車を眺めながら発せられた関の言葉に男性は一瞬首をかしげたが、「よろしくお願いします」と深々とお辞儀をした。
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