58 / 71
58「うるさい、黙ってろ」
しおりを挟む「さすが……やっぱり違うなぁ」
雪駄を失い追い詰められた筈の裸足の良庵せんせが場違いにのんびりした声で言いました。
「良庵せんせ? なに笑ってるんです? どう考たってそんな場合じゃ……」
「あ、いや、さすがに僕も分かってはいるんです。けど、あんまりにも違ったものだから」
ん? 何が違うってんですか? 少し距離を置いて立つヨルも不思議そうな顔してますよ?
「あの睦美蓉子たる、お葉さんの野巫がですよ。僕の治癒とは格が違う」
「いやそんな褒めたって何にも出しゃしませんよ」
「熊五郎棟梁に渡した呪符……あれに籠められた巫戟は一切の揺れのない美しいものでした。それを体験できたのがなんだか嬉しくなってしまって」
へへ、なんて言いながら頭を掻いた良庵せんせ。
前向いてっから顔見えないけど、きっと良い顔で笑ってんだろね。
せんせは反対の手で胸の辺りをごそごそやって、後ろ手でさりげなくぽいっと焼け焦げた紙……
あ、なるほど。図柄は分かんなかったけど多分あれ、甚兵衛が最後に言ってた呪符の一つ、身代わりの呪符だね。
だからさっきも最初に喰らった左足はほとんど無傷だったって事ですか。
「リョーアン、何をにやにやしてる。状況が分かっていないのか?」
「分かっているさ。けれど依然として僕が優勢だな」
確かにさっきまでは……でもまだせんせが……優勢……?
「強がるな。背にヨーコを庇い、さらには雪駄も失った。貴様にまだ手があるとは思えん」
そ、そうだよ。せんせのあの人間離れした速さはもうない上に、さらに足手纏いのあたしがいちゃ……――
「確かに雪駄を焼かれた事は痛い。予定外だ。けど、僕の後ろにはお葉さんだ。まだやりようはあるさ」
そう自信満々に言ってのけたせんせがあたしの方へ僅かに顔を傾けこそっと続けたんだ。
「少し離れていても癒せますか?」
「――え、えぇ、ちょいと効き目は落ちちまうけど……」
「充分です。ほんとは一人でやりたかったんですが……すみません、力を貸して下さい」
「せんせ――そんなっ、と、当然じゃないですか! あたしはせんせの女房なんですから!」
……せんせがそんなこと言うもんだからさ、あの晩に道場で言われたのを思い出しちまった。せんせと初めて口付けした……あの晩のこと……
「あた、あたしこそ――あたしの問題にせんせ巻き込んじまってごめんなさ――」
謝ろうとするあたしにせんせがにっこり笑って言うんだ。
「それこそ当然ですよ。僕は……僕らは、夫婦なんですから」
それだけ言ったせんせはヨルへと視線をやって、無造作に素振り刀を右手にぶら下げゆっくり歩を進め始めました。
ど…………どうすりゃ良いってんだいあたしは!? そんなちょこっと喋っただけじゃ分かんないじゃないですか!
け、けどゆっくり喋る間なんてある訳ないんだ……そうも言ってられないね。
離れても癒せるかってのは……せんせが怪我すりゃ癒せば良いんだろうけど近付くなってことだよね……。
ほんとにそれだけしか手伝えることないのかい!?
って、あぁっ、もう始まっちまう!
「リョーアン、腕の一本や二本どころか四肢全てくらいは覚悟しろ」
「やれるもんならやって――」
ひゅひゅんと再び手を振るヨル。せんせの話を最後まで聞きなよ!
せんせを襲ういくつものドーマン。それをせんせは避ける事をせず、素振り刀ひとつで打ち据え砕いてく。
けど……一息で砕くのは四つが限度。
どうしたって連続で放たれちまっちゃ被弾しちまう。
「ぐっ――……ぅぅ……痛くない!」
握り込んだ呪符を交換する際の隙、そこを狙われ左肩を打たれても、それでもそう強がって言い放つ良庵せんせ。
痛くないわきゃありません。
上手いこと身代わりの呪符が効いたとしても戟を散らすことしかできないんだ。ぶち当たられたその衝撃はそのまま残っちまう。
それこそ重い鉄の弾ぶつけられてる様なもんだ。
あたしはそれを真後ろから目の当たりにする訳だけど、色失って慌てる訳にもいかない。
即座に治癒の念を籠めてセーマンを指で切り、せんせの左肩を打ち抜き癒す…………こ、こりゃ酷だよせんせ。
さらに二度三度と同じ展開を繰り返し、あたしも負けじと癒しはするけど……
即座に癒すったってせんせが痛いのは変わんないんだから! せんせの体が傷付くのを黙って指くわえて見てろってのかい!
「せんせ! こんな策じゃせんせの体が――!」
「問題ありません! このままお願いします!」
せんせはあたしの言葉を遮りさらにぺたりぺたりと裸足の足でヨルへ近付いてっちまう。
こ、こんなじゃやっぱり駄目だよ……
「ヨル! 一つだけ誓え!」
「誓えだと……? 内容による。言ってみろ」
「僕が参ったと言うまではお葉さんに手を出さないと!」
……せんせ……そんな痛い思いしてるのにあたしの事ばっか……馬鹿だよせんせ……
「ふ、救い難いバカだな。分かった、誓おう。ただし、貴様が参ったと言うか、口も利けん様になるか――までだ!」
せんせに応えたヨルの体の周囲を、囲む様に浮かぶいくつもの格子……
ヨルのやつ……せんせと喋ってる間に格子描いてやがったね――!?
「その時はすぐに訪れる! 喰らえリョーアン!」
「せんせ――!」
右手に素振り刀、左手にはハナから呪符を持ち、素早く素振り刀を持ち替える事でこれまでの倍の数の格子を砕いて見せた――――んだけど……
「ぐ……うぅぅぁああ!」
べきぃっ――と音立てて素振り刀を叩き折られ、三発四発と立て続けに喰らっちまった……
吹き飛ばされて横たわるせんせに セーマン飛ばして癒した方が良いんだろうけど、とにかくもう、頭ん中しっちゃかめっちゃかになっちまって駆け寄っちまった。
「せんせっ! あたし置いて逝っちまっちゃいけませんよ!」
がばりと覆い被さり、とにかく治癒を――
「ヨーコ。どけ。それでは誓いを守れん。それともリョーアンは既に口も利けんか?」
うるさい! 黙ってろ! とにかくせんせだ!
幸い死んじゃいない……道着に呪符の効果がなきゃ危なかった……
「……う、うぅ、お、お葉――さん……」
「せんせ! すぐ癒しますから! ちょいと辛抱して下さい!」
って、んなこと言ってもこれはもう駄目だ。
癒したってせんせにこのまま戦わせるなんて、どう考えたって出来ないよ――
どうにかせんせの折れた骨や内臓の損傷を癒したとこで、頭上高くから声が聞こえたんだ。
「よーし! 俺が来たからには安心しろー!」
だ――誰だい!? 助っ人かい!?
がばりと顔を上げて見ると、狐に乗った声の主が、ずしゃっ、と地に降り立つとこでした――けど……
「賢哲さんかぃ……期待薄だねぇ……」
「そりゃひでぇなお葉ちゃんよぉ!」
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
家族もチート!?な貴族に転生しました。
夢見
ファンタジー
月神 詩は神の手違いで死んでしまった…
そのお詫びにチート付きで異世界に転生することになった。
詩は異世界何を思い、何をするのかそれは誰にも分からない。
※※※※※※※※※
チート過ぎる転生貴族の改訂版です。
内容がものすごく変わっている部分と変わっていない部分が入り交じっております
※※※※※※※※※
前世は最悪だったのに神の世界に行ったら神々全員&転生先の家族から溺愛されて幸せ!?しかも最強➕契約した者、創られた者は過保護すぎ!他者も!?
a.m.
ファンタジー
主人公柳沢 尊(やなぎさわ たける)は最悪な人生だった・・耐えられず心が壊れ自殺してしまう。
気が付くと神の世界にいた。
そして目の前には、多数の神々いて「柳沢尊よ、幸せに出来なくてすまなかった転生の前に前の人生で壊れてしまった心を一緒に治そう」
そうして神々たちとの生活が始まるのだった...
もちろん転生もします
神の逆鱗は、尊を傷つけること。
神「我々の子、愛し子を傷つける者は何であろうと容赦しない!」
神々&転生先の家族から溺愛!
成長速度は遅いです。
じっくり成長させようと思います。
一年一年丁寧に書いていきます。
二年後等とはしません。
今のところ。
前世で味わえなかった幸せを!
家族との思い出を大切に。
現在転生後···· 0歳
1章物語の要点······神々との出会い
1章②物語の要点······家族&神々の愛情
現在1章③物語の要点······?
想像力が9/25日から爆発しまして増えたための変えました。
学校編&冒険編はもう少し進んでから
―――編、―――編―――編まだまだ色んなのを書く予定―――は秘密
処女作なのでお手柔らかにお願いします。文章を書くのが下手なので誤字脱字や比例していたらコメントに書いていただけたらすぐに直しますのでお願いします。(背景などの細かいところはまだ全く書けないのですいません。)主人公以外の目線は、お気に入り100になり次第別に書きますのでそちらの方もよろしくお願いします。(詳細は200)
感想お願いいたします。
❕只今話を繋げ中なためしおりの方は注意❕
目線、詳細は本編の間に入れました
2020年9月毎日投稿予定(何もなければ)
頑張ります
(心の中で読んでくださる皆さんに物語の何か案があれば教えてほしい~~🙏)と思ってしまいました。人物、魔物、物語の流れなど何でも、皆さんの理想に追いつくために!
旧 転生したら最強だったし幸せだった
万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?
Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。
貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。
貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。
ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。
「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」
基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。
さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・
タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。
クラス転移したひきこもり、僕だけシステムがゲームと同じなんですが・・・ログアウトしたら地球に帰れるみたいです
こたろう文庫
ファンタジー
学校をズル休みしてオンラインゲームをプレイするクオンこと斉藤悠人は、登校していなかったのにも関わらずクラス転移させられた。
異世界に来たはずなのに、ステータス画面はさっきやっていたゲームそのもので…。
ドラゴン☆マドリガーレ
月齢
ファンタジー
遥か昔。月と星々が竜たちを生み、竜たちが人の生きる世界を創った。そして現在も、運が良ければ空を往く竜に逢える。そんな世界にラピスは生まれた。
心身共に愛らしい、何不自由ないお坊ちゃまだったラピス。
なのに気づけば天涯孤独。継母たちに家を乗っ取られ、しかし本人はイマイチ虐げられている自覚がない。おっとり構えていたら、危うく過酷な職場に売られそうに!
けれど、『竜のお導き』か。
ある夜出会った「大魔法使い」なる(見た目は)美青年に、竜と交流する才能を見出され、弟子入りへ。美味しいものを食べたり、楽しく遊んだりする授業を受けて、幸せ弟子生活を満喫していたら、事態急変。いきなり「世界を救う旅」に出ることになった。
世界は大変な状況。でもどこまでもおっとりマイペースなラピス少年と、こじらせ師匠が隙あらばイチャつく、ほっこりドラゴンファンタジー。
☆感想欄は基本的にネタバレチェックを入れておりません。ご留意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる