7 / 71
7「つねきななお」
しおりを挟むその日、訪いも告げずにがらりと扉を開いて顔を覗かせたのは、良庵せんせの幼馴染の賢哲さん。
「よぉ! お葉ちゃんは今日もすこぶるべっぴんさんだねぇ!」
「まぁ賢哲さんたら。お上手なんですから」
うふふ、と微笑んで軽くいなすに留めておきます。真に受けたってしょうがありませんし、あたしが別嬪なのはあたしも十分承知の事実ですから。
なんてね。
「ところで良人の奴ぁいるかい?」
よしひと、って良庵せんせの本名ですよ。御存じなかったですか?
庵良人が本名なんですよ。後出しでごめんなさいね。
良庵せんせのご両親はご健在だそうですが、今はお二人で旅に出られているんです。
そして旅に出る際、
『道場は良人、お前に任せる。好きにして良いが、出来る事なら細々とでも畳まずに続けてくれ』
そう言って全てをすぽんと良庵せんせに放り投げて、二人仲良く旅立ったのが一年ほど前だそう。
良庵せんせは『好きにして良い』をこれ幸いと喜んで、道場の倉庫を診察室に作り替え、門には例のあの札『痛みや病いに効く呪い、有り〼』をぶら下げて、勝手に野巫医者を名乗ったんです。
同時に名前の方も――
「賢哲、僕はもう良人ではないと言っているじゃないか。良庵と呼んでくれ」
こちらも勝手に医者っぽい名前を名乗る事に変えたそうなんです。まぁ、ぶっちゃけ可笑しな人ですよね。
「それで? 今日はどうしたんだ? どう見たって元気そうなお前が診察って訳でもないんだろう?」
「違ぇよ。今日はよ、おめぇに会わせたい人がいるんで連れてきてんのよ」
あら、お連れ様がありましたか。という事は門の外でお待ちなんですね。
この間から我が家の敷地には結界が張ってありますからね、何者かが門を潜ればあたしはいつでも気付けるんですよ。
そう言えばあの、あたしにぶち当たった大男はどうなりましたかね?
あれから数日経ちましたが特にやって来る気配もありませんし、例のあの木札の〼に施した結界もこれまでなんの役にも立っていませんよ。
強いて言えばお客さまがお見えになられた時、先に気付ける事だけですね。
「菜々緒ちゃん、入っておくれ!」
賢哲さんのその声に反応したどなたかが、あたしの結界をぐにょんと通り抜け、それに合わせてあたしの背すじがびくんと跳ねます。
………………。
ごめんなさい、黙ってしまいました。だって……この方――
「どうだ良人! お葉ちゃんに負けず劣らずべっぴんさんだろう!」
「こんにちは。菜々緒と申します。久しぶりねぇ、お葉ちゃん」
にこりと微笑むとっても綺麗なこの女性。
だってあたしの姉なんですもの。
「え? 菜々緒ちゃん、久しぶりってぇ事は知り合いかよ?」
「ええ、妹なんです。ね、お葉ちゃん?」
猫かぶってやがりますねぇ、この女。
何しに来たのか知りませんが、どうやら先手を打たれちまった様です。話を合わせるしかありませんね、これは。
「ほんとお久しぶりですね、菜々緒姉さん」
そう言ってにこりと微笑んだつもりでしたが、心の奥が少し表情に出ていたようです。
「お葉ちゃんったら怖い顔。安心してちょうだい、私は常木の家に貴女の事を告げ口する気はないから」
ツネキ……という事は姉は今、常木菜々緒と名乗っているんですね。
姉は私より数十年ほど年上です。つまり尾っぽは七つ。七つの尾だから菜々緒。
なんて安易な名前でしょうね。
って、かつて睦美蓉子を名乗っていたあたしも偉そうな事を言えませんか。
「お葉さんのお姉さんでしたか。道場の稽古までまだ暇がある。お茶くらいしかありませんが、賢哲はともかくどうぞ上がって下さい」
「いや俺だって上げろっての」
あたしに姉がいる事も、旧姓が常木である事さえも、良庵せんせは今初めて耳にした筈ですのに堂々と一つの動揺もない自然体です。
ほんと凄いお人だなって、また少しキュンとしちまいますねぇ。
ま、あたしの旧姓が常木というのはあたしもいま初めて知りましたけどね。
「賢哲さん」
姉がくいくいっと賢哲さんの袖を引いて呼び掛けました。
「上がりたいのはやまやまですけど、あまりお時間が……」
「え? あ、あぁ、そうだったそうだった。すまん良人、お茶はまた今度だ」
「なんだ。忙しいのか?」
「おぅよ。これから町長のとこ行ってよ、アレ頼まなきゃなんねんだよ」
「アレ?」
なんだか頬から頭の先っちょまでを薄赤く染めた賢哲さんが言い淀みます。
あ、言い忘れてました。
賢哲さんもお医者さまっぽいお名前ですけど、その実、お医者さまでなくってお坊さまです。
ですから頭つるつる、それでもお顔立ちはなかなかの、良庵せんせの垂れ目とは対照的なキリッと切長の二枚目でいらっしゃいます。
良庵せんせの方がカッコいいですけどね。
「その、アレだ。な……仲人をな」
うぇっ!? ――っと、あたしらしくない心の声が出ちまいました。危うくうっかり口からも出るところです。
「うぇっ!? って事は賢哲が僕の義兄さんになるって事!?」
良庵せんせもらしくない口調で変な声が出ちゃいましたね。
「あ、そう言われりゃそうなるな。ま、よろしく頼むぜ義弟よ!」
ふははははは! と笑いながら出て行く賢哲さんの後ろをついて行く姉が、一度振り向きこちらへぺこり。
釣られて良庵せんせもぺこり。
あたしは頭も下げずに見詰めていましたが、上げた姉の顔には艶やかな妖しい笑みが張り付いていました。
ややこしいのがやって来ましたねぇ。
一体なにをしに来たんでしょうねあの女狐。
嫌な予感しかしませんよ。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
スコップ1つで異世界征服
葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。
その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。
怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい......
※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。
※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。
※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。
※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる