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5「嫁いで半年」
しおりを挟む「お葉ちゃん、良庵先生いらっしゃるかい?」
「あら女将さん。もう戻ると思いますけど、ちょいと紙問屋さんへ買い出しに出てるんですよ」
呪符に使う紙の在庫が少し頼りなくなったそうなんです。
楮の紙でも良いんですけど、三椏の紙が一等良いと野巫三才図絵にありますから、良庵せんせはいつも三椏の紙を切らさないようにしてるんですよね。
ここらじゃ三椏の紙はお高いんですけどねぇ。
「お葉ちゃんに預けても良いんだけど、せっかくだから待たせてもらっても良いかい?」
「そりゃ構いませんけど、預けるって何をです?」
これだよ、と口にした女将さんが手にしていた巾着から畳まれた紙を取り出しました。
「ちゃんと墨が薄くなったもんだからさ」
膝の治療の際にお渡しした呪符でしたか。ちゃんと薄くなったと聞けば喜ぶでしょうね良庵せんせ。
「まぁ。ご面倒おかけしまして相すいやせん。ちょうどお茶でも飲もうと湯を沸かしたところなんで上がって下さいな」
「そうかい? じゃ頂こうかしら」
けれど縁側で充分だと言う女将さんを庭に面した縁側に招き入れて腰掛けて貰って、ちょうど取り込んだところの洗濯ものを座敷に放り込み、そうしてからお茶の準備を整えて戻ります。
「あら美味しい。良いお茶っ葉だねぇ」
「良庵せんせがお茶っぱだけはうるさくって。稼ぎに見合った好みだと助かるんですけどねぇ」
「所帯のことはどこもおんなじだね」
「男どもはどいつもこいつもねぇ」
ウチと違って女将さんとこの棟梁は高給取りなんですけどね、きっぷが良すぎて困るんですって。
「けどまぁだからこそ『熊五郎』ってなとこかね」
女将さんところころ笑って愚痴ったり惚気たりしていると、いろんな話題になりました。
遂にはちょっと照れちゃう話題まで。
「お葉ちゃんは良庵先生のとこに嫁いで半年ほどだっけ?」
「ちょうどそんなところです」
「じゃ、そろそろかねぇ?」
「そろそろ?」
女将さんがご自分の丸いお腹を手のひらで、くるんとまぁるく上から下へ撫でるような仕草。
まぁ、そういう意味でしたのね。
「なによお葉ちゃん、ほっぺ赤くしちゃって。まさかまだって事ないん――」
女将さんの言葉に、迂闊にもどんどん頬が赤くなるのが感じられます。
「――あ、まだなんだね……、悪いこと言っちまったね、ごめんよ」
……おかしいですね。
あたしは初心なんてのとは程遠い、齢五百近い歳経た妖魔の筈なんですけれど。
夫婦になって半年で未だにもつれこまないなんてどこかに異常があるんじゃなかろうか、そう思われるかも知れませんけどそうでもないとあたしは思うんですよ。
「だって女将さん! 夫婦になって半年ですけど、出逢ってからも半年なんですから!」
「そういやそんな可笑しな夫婦だったね――っても初心には違いないけどねぇ」
そう言った女将さんがケラケラ笑って赤い顔したあたしのほっぺを指でグニグニ押さえてきますが、不思議とちっとも嫌な気がしませんね。
「ごめんごめん、慌てるこっちゃないもんね」
それでもようやく最近は、一つの布団に入って良庵せんせの腕枕でお昼寝したりもする様にはなったんですけどねぇ。
新しくお茶を淹れようと縁側を離れた際に、良庵せんせがお戻りになりました。
「戻りました――おや女将さん、いらっしゃってましたか」
「悪いね、ちょいとお葉ちゃんを借りてましたよ」
「ちゃんと返して頂ければ構いませんよ」
ま、良庵せんせったら真顔でそんなこと。
「その後、膝の具合はいかがです?」
この間の熊五郎棟梁とおんなじように、ぱしんとご自分の膝を叩いて女将さんが返します。
「もうばっちりさ! ちぃとも痛くないどころかぴんしゃんしてるよ」
「そいつは良かった。で……、あの呪符は……?」
膝の痛みがひいたと聞けば、良庵せんせの興味はそちらへ移りますよねぇ。
女将さんが徐に、巾着から折り畳まれた使い古しの呪符を取り出し良庵せんせに手渡しました。
「持ってきてますよ。開いてご覧なすって下さいな」
カサリカサリと呪符を開き、食い入るように見詰める良庵せんせが大きめの声を上げました。
「うぉぉっ! ちゃんと薄くなってる!」
治癒力を増幅させる呪符と違ってこの女将さんの膝の痛みを癒すには、巫戟の力と呪符自体の力の両方が必要です。
巫戟の力は無くなろうが最初から見えませんけど、呪符の効果は無くなると図柄が薄くなるんです。
ちなみに熊五郎棟梁に使った呪符にしたって図柄が必要ない訳ではありません。
巫戟の力を正しく及ぼす為には正しい図柄が必要なのです。
「お葉さん見てよこれ! ちゃんと薄くなった!」
「ええ、ほんとに。良かったですねぇ良庵せんせ」
あたしは自信ありましたよ。
巫戟の力はともかく、良庵せんせの描く呪符はどこに出しても恥ずかしくないところまで来ていますからね。
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