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3「呪い、有り〼」
しおりを挟む今日の良庵せんせはもう一つの方のお仕事です。
良庵せんせは毎日ずっと野巫三才図絵を読んで過ごしたいそうですけれど、それだとおまんまの食い上げです。
野巫医者では口に糊するほども稼げていませんからね。
こう見えてこのせんせ、剣術の先生なんぞもやっておるのです。
巫戟の才はからきしですけど、やっとうの才は大したもの。稼ぎの九割方はそちらですから、もっとしっかり働いて頂きませんとね。
えいやっ! とう!
なぞと威勢の良い掛け声が私の耳にまで届きますが、その中には良庵せんせのお声はありません。
この田舎町にいくつかある剣術道場の中でも一等良い腕なんですが、良庵せんせには覇気が全くありませんから聞こえてくるのは全て門下生の声。
らしいっちゃらしいですけどね。
それでこそ良庵せんせ、なんて感想すら抱くあたしが居ますもの。
稽古も終わって門下生を帰し、良庵せんせがお庭で汗を拭っていたところにご近所の定吉がひょっこり顔を覗かせました。
門の所から顔だけ出してお庭を覗く定吉少年。
三度の飯どころか六度の飯よりやっとう好き、そう公言して止まないちょっと可笑しな子供なんです。
「おう定吉、遅かったじゃないか」
汗を拭う良庵せんせを目にした定吉少年は、あからさまにがくーんと肩を落としてこう言いました。
「おいら配達が長引いちまって……、良庵先生のとこだけだよ! こんなに短い時間でお開きなのは!」
それは確かに定吉の言う通り。
こんな田舎町にも――田舎町だからですかね――あと三つ四つの道場がありますけど、週に二日だけ、しかもせいぜい一刻ほど稽古するのみなのはここだけ。
高くはありませんが勿論お月謝も頂いていますから、定吉少年は見学だけでもさせてもらおうと頻繁に駆けて来るんです。今日は間に合わなかったようですけどね。
「そりゃしょうがないよ。僕の本業は医者なんだから」
……医者の方が本業だったんですね。
夫婦でちょっと認識にずれがあったみたいで戸惑いを隠せませんが、まぁ副業だろうとなんだろうと稼いで頂ければ特に問題ありませんか。
「医者ったってこれだろ?」
門の所にぶら下げた縦長二尺ほどの札の文字――
『痛みや病いに効く呪い、有り〼』
――を指差す定吉少年。
「呪いってなんか怖いじゃん」
「それは呪いでなく呪いと読むんだ」
やはり居ましたね。
『まじない』でなく『のろい』と読んでる人が。
つい先日もね、良庵せんせとその話をしたところだったんですよ。
やはり振り仮名を振るべきか……、そう呟いた良庵せんせがバッとお顔を上げてあたしを見るなり言いました。
「お葉さん、すみませんが僕の筆入れを」
「ええ、ただいまお持ちしますね」
庭から縁側の床に腰を下ろし、ヒョイと手を伸ばして文机の上の筆入れを取り上げて、よいしょと小さく声を上げてお庭に戻ります。
すると良庵せんせも定吉少年も、ぽぉっと頬を染めてあたしを見詰めていました。
「なんです二人して? ちょいと端なかったとは思いますけど」
「だって……なぁ定吉」
「うん……ねぇ良庵先生」
二人揃って頬を染めてそんな曖昧なお返事。
あ、もしや筆入れを取るときに裾が割れて中身でも見えちまってたかしら。
「すらりと伸びた腕が色っぽくて……」
「真っ白いふくらはぎが色っぽくて……」
「――あ、こら定吉! 僕のお葉さんのそんなとこ見ちゃいかん!」
あらあら。あたしが思った以上に初心なお二人さんでしたね。
「ごめんなさい、気をつけますね。はい良庵せんせ」
おほんと空咳ひとつを挟んだ良庵せんせが受け取った筆入れを帯に手挟んで、それの頭のところをずらして筆を取り出しました。
「定吉、ちょっと札を支えておくれ」
「こうかい?」
良庵せんせは定吉少年が支えた札に手を添えて、さらに筆入れの先端をパチンと開いて筆先に墨を染ませます。
「あ、矢立になってんだ」
「なかなか良いだろう? これ僕のお手製」
良庵せんせお手製の筆入れは一見するとただの木箱なんですけど、先端にそれと分からないような墨壺もついてて洒落てるんですよね。
思えばこの筆入れと看板が縁であたし達は出逢ったんですよ。
サラサラスラリン、と『呪』の横に『まじな』とルビを振りました。
これでお客さんがもっと来てくれます――
――と良いんですけれどねぇ。
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