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90「ロン・リンデルの最期」

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 ご自分の喉の下、左右の鎖骨の間から飛び出した血に染まる刃を見下ろすジフラルトが叫びます。

「……はぁ? なんっだコレはぁぁ!?」

「悪いなジフラルト。お前の核の場所は知っている」

「く、クソ兄貴か――! お、俺様の核を――!」

 ジフラルトの背中から剣を刺したのは、当然ロン・リンデルその人です。

 ギラリと光る目だけに白を残し、ロンのその他の部分、顔も体も剣の鞘も、刀身さえも真っ黒に塗っていました。


「……テメェ隠れてやがったのか!? いつからだ!?」

「最初からだ」


 アレクたちに合流しては実力差的に脚を引っ張るのが間違いないと考えたロンは、最初から身を隠す事を選びました。

 少し迂回して魔の棲む森へと入り、じっと息を潜めて機を窺い続けたのです。
 アレクたち、特にレミちゃんが危機に陥った際には、飛び出すのを我慢するために噛み締めた奥歯から血を流した程です。


「大体なんで! オメエはまた人族のその姿で生きてやがる! 間違いなくあのクソチビ勇者に核を砕かれたはずだろうがぁぁ!」

「……それはこの、トロルの腕輪の――」

「そんなもんの筈ねぇ! 魔族は核を砕かれりゃ死ぬ! 俺様みたいにならともかく! 砕かれりゃ即死だ!」

 ロンの剣はジフラルトの胸を貫いたまま。
 げふっと口からも血を吐いたジフラルトがそう叫びました。


 それはホントそうなんですよね。トロルの腕輪がロン・リンデルの姿を記憶しているからと言って、復活を果たす理由にはならない筈なんですよね。

 先日ロンから同じ質問を受けた際、『魔王の種』がなんらかの作用を引き起こしたものだと回答しましたが、本当にそうなのかは私にさえ分かりません。


「お前は『種』に魔物を産み出す力を求めたらしいが……。俺は『他の種族と仲良く出来る力』を求めた」

「はっ! まだそんな甘っちょろいこと言ってんのかよ! ぶぁぁあかが!」

「その力により、どの種族よりもか弱い人族の姿として復活した……今思えばそんな気がする。正解かどうかは分からんがな」

 魔王の種の力の事は誰もよく分かっていません。

 核を砕かれた事によって作動する何かがあってもおかしくないかも知れませんね。


「ジフラルト。悪いがこのまま核を砕く。せいぜい恨んでくれ」

「……恨み殺してやらぁ――! と言いたいが……好きにしろ。あのトロル女がここにいるって事はフルももう逝ったんだろ。もうどうだって良いさ――」

 あ、私、死んだフルの核を使ってフルゴーレムを生み出したものだと勘違いしていました。
 そうですよね、核を砕かれれば即死ですもの。

 恐らくフルは、事前に自らの核を削り、それをジフラルトに与えたのでしょう。
 恐ろしいほどの忠誠心ですね。

 けれど、確かジフラルトもフルの事をと言っていました。自分以外はゴミだと考える魔族らしい魔族との事でしたが、ジフラルトもフルにだけは心を許していたのでしょうね。


「さらばだ! 弟よ!」

 ロンはその手に握る剣をグリッと捻り、掠めていたジフラルトの核を完全に砕きました。

「…………あばよ、兄貴」

 ざぁっとジフラルトの体が砂粒のように崩れ落ち――

「ロンあった! 胸の前、少しだけ左!」

「ここか!?」

 ――ロンが腕を伸ばして宙空の何かを掴む動きをしましたが、さらに指示が飛びました。

「ここか!?」「もうちょい右!」「ここか!?」
「もうちょい上!!」

「ここか!! ――よしっ! でかしたぞカコナ!」

 ぐっと拳を握ったロンが森へと視線をやり、握った拳を高々と掲げてみせました。

 ロンの視線の先には、ロンと同様、全身を真っ黒に染めたカコナの姿。




「おっ、なんでぇ? ゴーレムの野郎、いきなり砂になりやがったけど……?」

 戦っていたゴーレムが突然砂のように崩れ去り、首を捻ったジンさんとアドおじさん。

「ジン、アドおじさま」

 丘の下を覗いていたレミちゃんが二人を呼び、アレク達の方を指差します。

「なんでぇ、あの真っ黒は……サイズ的にロンとカコナか?」

「やっつけたみたい」
「おぅ! やったじゃねえの!」
「それはめでたい!」

 三人が慌てて崖を駆け下ります。
 それを特に待たずに、アレクがロンへ声を掛けました。


「もしかして、それがアレ? 僕には見えなかったけど、魔王の種ってやつ?」

「ああ、俺にも見えんが上手くいった。カコナのお陰だ。感謝してもしきれん」

 私にも見えませんでした。
 確か、かつてデルモベルトがアレクに核を貫かれた時、魔王城では魔術陣を拵え行っていました。

 今思えばアレは、デルモベルトから抜け出た魔王の種を見える様にするための魔術陣だったのでしょう。9話参照ってやつですね。


「えっへん! そこでワタシのの出番ってワケ! 感謝すると良いよロン!」

 勘の良さだけで魔術陣の代わりが出来るものなんでしょうか……。ぶっちゃけ魔王の種って私と同じ、お化けみたいなものなんですよ。
 あ、この子もしかして私の事も見える様になるんじゃないかしら。

「薄目で見るのがコツなんだ!」

「本当に感謝だ。礼をしたい。なんでも言ってくれ」

「そんなん良いよ! ……でも、そうだなー。レミを幸せにしてあげて! そんで良し!」

「……ふっ。お安い御用だ」


 賑やかに三人もやってきましたよ。賑やかなのはジンさんだけですけれどね。

「やったじゃねえかおい! ってロンもカコナもくっろ! ばはははは! なんだそりゃおい!」

「ひっどーい! ワタシたち森ん中でずーっとずーーっと息殺してジッとしてたんだよ! 戦うより断然しんどいんだから!」

「戦う方のがしんどかったっつうの! 腹に穴空けられっしよ――」

「ジン様だったら出来る!? 三日も四日もジッとジィッとだよ!?」

「……うーん、俺には出来ねえ。確かにオメエらの方がしんどいわそりゃ。許してくれ」

「許す!」

 ほらまたそうやって脱線する。
 見てて楽しくはありますけど、他にやるべき事があるでしょう?

「ほいでよ? その右手に握ってんのがアレなんだろ? それ飲みゃ魔王に戻んのか?」

「恐らく、な。……レミ嬢、飲んでも良いか?」

「良い。どうなってもレミはロン様についてく」

 レミちゃんは本当に男らしいわねぇ。
 私の読みでは十中八九は問題なく魔族の姿に戻るとは思います。
 しかし、万が一の懸念も――

 あっ。

 ひょいっとロンが飲み込みました。レミちゃんが良いならロンも良い、そういう事なんでしょうね。


「…………ぐぅっ! かっ――はっ――」

 苦悶の声を上げるロン! これは!? まさか十中一二の方ですか!?

 かっ! と一瞬光が爆ぜ、そしてそこにロン・リンデルの姿はありませんでした。


 灰褐色の肌、側頭部に対の角、濃いグレーに近い銀髪、ロンの頃より男らしくそれでも綺麗な顔立ち、そしてちょうど良いバルク。

 塗っていた真っ黒もなくなった、かつてのデルモベルトがそこに。


「わざとらしい呻き声やめろやバカ野郎!」

「いや、違うんだ。呻き声はコレのせいだ」

 デルモベルトが示したのは左腕。
 パシっ、パシリっ、と亀裂が入っていくトロルの腕輪が砕け散りました。

「かつてこの姿で身に付けた時にはキツくなかったのだが……」

『トロルの腕輪が記憶していたのが、それを身に付けたロン・リンデルの姿だけだったから、でしょうね』

「出たなお化けトロルババァ」

 まっ! なんて口の悪い! けれどジンさんの言う通りお化けトロルババァですけどね。

『本来なら元のデルモベルトの姿も記憶していて変身に伴い併せて大きくなる物なのですが、核を一度失ったせい……かな? と思います』

「なんでぇ。はっきりしねえのかよ」

 そりゃ、私だってこんなケース初めてですもの。
 でもまぁ良いじゃないですか。ロンも元の姿を取り戻して魔王に戻った訳ですし。

 ただし、ロン・リンデルの姿にはもう戻れないでしょうね。
 レミちゃんは平気でしょうか?



「カコナ。、出た?」

「……う、うん。ちょっと――いや、割りと、ね」

 真っ黒に塗った顔でよく分かりませんが、じっとデルモベルトのちょうどいいバルクを見詰めるカコナが恋する乙女の顔をしている様な。

「一緒に娶られる?」

「そ、それも悪くない、かな? ワタシも幸せにしてもらっちゃう?」

 そんな所に着地するんですか。私びっくりですよ。けれどレミちゃんが平気そうで何よりですね。


「……あーーーっ! リザが――リザがぁ!」

 突然アレクが大声を上げました。もっとびっくりです。

 ……?

 リザがどうかしましたか?
 アレクの隣で驚いた顔ですが、特にこれと言ってなんともありませんけど?

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