上 下
93 / 103

87「バカ」

しおりを挟む

「止まれ! そこを動くな!」

 縛られたままのアドおじさんが丘の下へ向けて叫びました。
 それに驚いたのは割りと呑気してたジンさんとレミちゃん。

「驚いた」
「な、なんでえオッサン。やっぱあっちの味方――」

 しかしアレクがアドおじさんの言葉に従ってピタリと止まると、アレクの眼前すぐのところに大きな魔力弾が爆ぜ、地面を大きく抉りました。

「――おい、なんだよありゃ! 凄えじゃねえか!」

「……ジフラルトだ」

「もう来やがったか!?」

「今の彼奴あやつAssezあっせ fortふぉー。油断するとやられるぞ」

 かなり強い、だそうです。
 今の一撃を見てもそれが容易に知れますね。


「なーんだよぉ! 当たっとけよクソがぁ!」

 森を出てすぐの所に一際大きな、それこそ魔竜の倍はあろうかという大きさの、岩の体を持つ魔物の肩の上、悔しそうに地団駄を踏む白髪の魔族がそう言ってその魔物の頭をガンガンと叩いていました。

 アドおじさんの言う通りなら、あれが新たな魔王ジフラルトですか。けっこうあっさり姿を見せましたね。

 十年前、ザイザールを襲った魔族と雰囲気が確かによく似ています。
 長めの白髪に卑屈そうなやや垂れた目、引き締まってはいますがカコナの言うちょうどいいよりは少し少ないバルク。
 デルモベルトの濃いグレーの髪色とはずいぶんと違いますから、当時は髪染めでもしていたんでしょう。


「君がジフラルト?」

「『さん』を付けろ『さん』をよぉ! クソチビが! 目上の者を敬えやコラぁ!」

 言ってる事は間違いじゃありませんけど、あの方には言われたくない気がするのは私だけでしょうか。

 けれど、かなり拙いことになりましたね。

 リザがここへ来るまでにはもう少し時間が掛かります。
 ジンさんもまだ戦えそうにはありませんし、レミちゃんの魔力量も頼りないこの状況でのジフラルト戦突入は避けたかったところです。


「おいオッサン。アイツに帰れって言えよ。オッサン目上の者だろ?」

Tromperとんぺえ言うな。アイツに目上の者を敬う心なんぞないわ!」

 でしょうねぇ。
 確かロン実の兄の評では、『自分以外の全てをゴミとしか考えない魔族らしい魔族』でしたっけね。

 目上も何もあったものじゃ無さそうですよ。


「そっか。ごめんねジフラルトさん。じゃあさ、目下の者を慈しむ心で今日は一旦帰ってくれない?」

「ぶぁーーか! せーっかくアドのおっさんやら使ってオマエら削ったのに、帰る訳ねーぇだろが!」

 あら、魔族にもおっさん言われてますのね、アドおじさんたら。

「良ーい感じに疲労して……疲弊して、か? ――してるじゃねぇかよぉぉ! ギャハハハハハハ!」

 疲労も疲弊もこの場合それほど大差ありませんよ。無理に難しい言葉を使おうとしてるのが手に取るように分かってちょっと辛いです。


「ボラギノ姉ちゃんが言ってた通りバカっぽいな」
「ジンもあんな感じ」
「ばっ、オメ――あんなんじゃねえよ俺は!」

 ジンさんの方が少~しマシですかね。
 別に良いんですけど、ラスボスであろう彼があんな感じで緊張感が霧散して嫌ですねぇ。


「ごちゃごちゃうるせえぞ外野! 黙って殺されてろや!」

 ジフラルトが叫び、纏う魔力を一気に増大させると彼の眼前、中空に大きく複雑な魔術陣が垂直に立ち上がりました。

「オレは女は殺さねえ主義なんだ。だからそこの女ぁ!」

 ジンさんがレミちゃんへ視線を遣り、当のレミちゃんも自分の顔を指差して小首を傾げています。

「ちょっと退いてろ。後で可愛がってやるからよぉ! ってかぁ!? ギャハハハハ!」

 優しい所もあるのかしら、なんて思った私が馬鹿でした。
 レミちゃんも少し体を震わせて、標準の無表情にさらに汚物を見るように蔑んだ瞳を加えて言いました。

「死んで」

「死ぬかよ、ぶぁあああか!」

 魔術陣がカッと光を放ち、ジフラルトが肩に乗る岩の魔物と同種の魔物が魔術陣からヌルリと姿を現し――

「ギャハハハハハハ! オレはコイツを幾らでも創り出せるん――」

 ――ドシャっと腹這いで地に落ちました。

 さらにもう一体が現れその上にドシャっ。さらにもう一体もドシャっ。さらにドシャっ。ドシャっ。
 六体目が現れた時には、積み上がった岩の魔物を押し出して前方にドシャドシャドシャリと前方へ向けて雪崩なだれ落ち、トドメとばかりに七体目がドシャっ。

「止まれ! ストップだ! もういい! 出てくんな!」

 慌てたジフラルトが魔術陣を消し去りました。

 少し頬を染めたジフラルトは何も言いません。
 アレクも、ジンさんもレミちゃんもアドおじさんも何も言いません。

 岩の魔物が苦しそうに蠢く音が辺りに響くのみです。

 ……どうでも良いですけど、もう少し真面目にやりませんか?


「ばはははははは! アホ過ぎんだろうが! 自分が立ってるとこ考えろっつうの! ばはははははは! ばははははー、腹が痛えんだよ俺は! 笑わすんじゃね――ばははははは!」

 ひーひー言いながら転げ回るジンさんの隣で、蹲ってプルプルと笑いを堪えるレミちゃん。

 そして頭を抱えるアドおじさんがブツブツと何か仰っています。

「……こ、こんなバカが今代の魔王……魔族の恥だ……」

 その気持ち、よーく分かりますよ。


 けれど、アレクだけは笑っていません。
 あれで笑わないってどこかおかしいんじゃないかと逆に心配になりますよ。


「笑ってる場合じゃない! 魔王バカはともかく、この!」
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

処理中です...