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23.5『ロン・リンデル 1』
しおりを挟む昨日は勇者アレクに蹴り飛ばされた。
けれどそんな俺をギルドの連中は心配してくれて、ギルドから宿へ戻る道すがら当時を知る老婦人トロルから感謝され、夜は三番亭で猪獣人と楽しく酒を呑んだ。
蹴り飛ばされたり鼻血の少女によくわからない事を言われたりはしたものの、トータルで言えばそう悪い日でもなかったな。
これも全て人族の姿となったおかげだ。
それこそ十年前、トロルの腕輪で人に化けてこちら側で冒険者をやっていた頃のように――、いや、それよりもさらに、今の楽しさが勝る。
恐らく今俺の魂は、化けている訳ではない人族の姿に宿っている。
姿形も存在も全て、生まれ変わったというのが近い。
……勿論、魔の棲む森へ行けば魔族の姿に戻ってはしまうのだが、この際それは忘れておく。
忘れた上で、ロン・リンデルとしていま何を為すべきか、何を楽しむべきか、何を大事にするべきか、きちんと考えて今を過ごそうと思う。
魔族として過ごしたほんの百年ほど。
かつての魔王を排出した、それなりに名門と呼ばれる一族に生まれはしたが、俺は嫌でしょうがなかった。
他の種族を蔑み、憎み、虐げ、そして支配するか殺してしまうか。それだけを考えて生きる魔族に生まれた事が。
俺の『全ての種族と手を取り合いたい』という考えは、俺以外の魔族の誰にも認められる事も共感してもらう事もなかった。
しかし、幸い力だけはあった。
誰よりも強いという程ではないが、自らの我をなんとか通し通せる程度の力だけは。
百年近くを俺は魔族の中でただ一人浮いた存在のまま過ごし、そして全てを捨てて魔族の地ロステライドを一人離れた。
魔王城でたまたま見つけたトロルの腕輪だけを携えて。
そのまま数年ほど人族に化けて冒険者として過ごした。
そして、今から数えて十年と少し前、ほんの百年ほどしか生きていない魔族だった俺に、唐突に、なぜか『魔王の種』は芽吹いた。
俺は全く望んでいなかった。
このままトロルの腕輪の力で人族として生き、そしていつかそのまま野垂れ死ねばそれで良かったのに。
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