上 下
20 / 103

18「オドとマナとロンの目的」

しおりを挟む

「でも勘違いしないで」

 十年前にザイザールを襲った魔族の名は、デルモベルトという名だったと、そう言ったアレクが慌ててそう付け加えました。


「僕は去年、魔王デルモベルトを討った。急襲作戦が実ってロクに会話もしなかったけど、明らかにウル姉弟から聞いたデルモベルト像とは様子が違ってたんだ」

 私が抱いていた魔王デルモベルトのイメージは、
『子供っぽくて落ち着きのない思慮魔族』、というものです。


「ウル姉弟からはこう聞いてる。『下品で野蛮なバカ』って」

 私の評価も大概ですけど、ウル姉弟にさらにボロクソに言われてますね、魔王デルモベルト。


「それって僕が仕留めた魔王デルモベルトとは真逆なんだ。僕のデルモベルト像はまさにこの、ロン・リンデルの落ち着きようがぴったりなんだよね」


「……それは一体……どういう事ですの?」


 激しい動揺でこんがらがったリザの頭では話についていけない様ですね。
 アレク、リザのために噛み砕いて説明してあげて下さいませね。


「リザ、分かりやすく言えばね。このロン・リンデルという彼は『ザイザールを滅ぼした魔族』じゃなくて、『アイトーロルを救った元魔族』だってこと。それだけはこの僕が請け合うよ、リザ」

 リザへ向けて、にこりと安心させるような笑顔でそう言ったアレク。
 美少年勇者アレクの真骨頂、恐ろしいほどの美しさに私までメロメロになりそうですよ。

 この十日ほどで、私が持っていた美少年勇者アレクの評価は変態だストーカーだなんだと急降下だったんですけどね、ちょっとこの男らしさは評価を持ち直したかもしれませんね。


「安心して良いと思うよ、リザ。この彼は元魔族で元魔王だけど信用できる、僕はそう思う。たぶんだけどね」

「――アレク……」


 良い話ですね。
 アレクったらリザの為に、どう見ても恋敵であるロンの肩を持ってフォローしたりなんかして、少し大人になったような気がしますね。

 いまだ困惑の表情のリザですけれど、アレクのおかげで幾分すっきりした顔になりましたか。

「……では、ロンはあの時のままのロンだと考えても問題ない訳でしょうか?」

「問題はないんじゃない? そこんとこどうなの?」

「姫、すみません。俺は確かにアイトーロルの為にかつて戦った。しかし俺は貴女方の敵、魔族の王、魔王だったのも確かなのです」


 いたって真面目な顔でそう言ったロンを尻目に、ため息を一つ溢したアレクが紅茶を一口飲んでこう言い放ちました。

「だから何なのさ。僕はね、君の苦悩なんて知らない。ただとにかく僕のリザを悲しませる事だけは許さない」

 さりげなく『僕の』をアピールするあたりも抜け目がありませんね。
 でもやっぱり、ちょっとカッコ良いんじゃありませんか?


「……そうだな。勇者アレックスの言う通りだ。俺のつまらない感情さえ考慮しなければ……、姫、俺はあの頃のロン・リンデルと何も変わりません」


「――ロンっ!」


 感極まったリザがローテーブルに身を乗り出させ、ロンの手を取り涙ぐんで喜びの声を上げました。

 若いって、ホント良いものですよねぇ。


「ぅおっほん! おほんおほん!」

 アレクのわざとらしい咳払いで冷静になったリザ。
 頬を染めて握ったままのロンの手を慌てて離し、今度はそおっと腰を下ろしました。

 また『ぎゅむんぼよん』にならない様にそおっとね。


「ロン・リンデル。一つ聞いておきたいんだけど、良い?」

「勇者アレックス・ザイザール。答えられる事ならば」

「……ねえ。その勇者アレックスってめてくれない? アレクで良いよ」

「分かった。ならば俺もロンで良い」


 なんとなく仲良しですよね、この二人。
 かつては殺しあって実際に殺し殺されしてる筈なんですけどね。


「魔の棲む森で僕が見た魔王デルモベルトは何なんだい? 姿も魔力の波長も、かつてのデルモベルトそのものだったんだけど?」

「……? 森で魔王を? 一体なんのこと?」

 そう言えばリザはアレク達がデルモベルトを見たという件は知らないんでしたね。カルベとデート中でしたから。

 そう言えばカルベはどうしましたかしらね? 今頃はヤケ酒でしょうか。


「それも俺だ」

「え? 貴方、もう変身出来ないって……」


 確かに仰いましたね。
 リザの『今ここで魔族に、魔王になってごらんなさい』という言葉の後に。


「『ここで』は出来ないのです」

「……ははぁん、僕分かっちゃった。だね?」

「その通り。魔の棲む森はそれぞれのオドが膨れ上がるパワースポット――」

 首を捻るリザが一つ声を挟みました。

「オドって何でしたっけ?」

「オドって言うのは、僕ら人族や魔族の体の中にある魔力の源だよ」

じゃなくって?」

「マナは精霊力の源さ。マナは自然界のどこにでも存在する、オドとは全く別物だよ」

 アレクにそう教えられて、ふむふむと頷いたリザ。
 もうちょっと勉強しなければいけませんね、と思いもしますが、大抵のトロルは理性的ではあるけれど知的探究心は薄いのが標準なんですよね。


「俺のオドが膨れ上がるとかつてのデルモベルトの姿に戻ってしまうらしい。しかし力の大きさは今の人族の姿に毛が生えた程度だった」

「うん、分かった。とりあえず大きな疑問はなくなったよ」


 アレクはそう言って、すっかり冷めた紅茶を飲み干しました。
 それに倣うようにロンもカップを空にしてこう聞きました。

「小さな疑問はあるのか?」

「あるよ。ロン、君がここアイトーロルに何をしにきたか、とかね」

「何をしに……、それはこれまでの話と違ってシンプルだ」


 カップをテーブルに戻したロンはおもむろに立ち上がり、二歩ほど進んでソファに座るリザの横で片膝を床につけました。


「エリザベータ姫。貴女に逢うためにここへ来たのです」


 あらあらあら。
 なんだか意味深な発言ね。

 これは荒れるんじゃないでしょうかねぇ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...