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7「デートと決闘と」

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 なんだかんだ言ってリザはお姫様ですからね、当然箱入り娘な訳なんですけど、それに輪を掛けて拍車を掛けた事件があったのよ。

 それはリザが十四歳、今のアレクより二つ歳上だった十年前のこと。
 二頭のはぐれ魔竜にアイトーロルが襲われたんです。

 当然トロル騎士団ナイツの総力を上げてそれに当たったのですけど、今よりも騎士団の規模も小さく戦える者全てが当たっても魔竜一頭に対するのが精一杯。
 だからもう一頭に当たったのが、王太子だったリザの父、それに王太子妃であるリザの母。

 二人は当時のアイトーロルで一、ニの戦士。

 トロル騎士団ナイツの総力でなんとか一頭、リザの両親に数人の冒険者の助力を得てなんとか一頭。
 それぞれが辛くも魔竜を打ち倒したのです。

 多数の怪我人を出しはしましたが、死者はただの二人だけ。

 それが王太子と王太子妃だったのです。


 国民から太陽のように愛された二人でしたから、アイトーロルは涙に沈みました。
 それはもう、国中が塞ぎ込むほどに。


 しかしその葬儀の日。
 十四のリザは国民に向かってこう言い放ちました。

「これからはわたくしが、アイトーロルの、みんなの、太陽になりますわ」

 誰よりも深い哀しみの中にあったリザは、健気にも涙を堪えてそう宣言しましたの。

 そしてその言葉を実現するため、リザは涙も食いしばる歯も見せぬよう、にこやかになごやかに笑みをたやさず、厳しく自らを律して生きてきました。

 そうしていつの事か、そんなリザを取り巻く国民たちの涙は徐々に渇いて活力を取り戻したの。


 そんなリザですから、国中の者からの愛を受けて育ち、トロルの男どもはお互いを牽制し合ってこれまでリザに言い寄る者は居ませんでした。

 ですからデートなんて生まれて初めてなんですよ。



「で、ではお爺様。わたくし、ちょっとデートに行って参りますわね」

 今日のリザの装いは、黒のオフショルダーニットに白いフレアスカート、それにつたを編み込んで作った小さめのカゴポーチ。

『こんな可愛い服なんて、わたくしにはどうせ似合わないわ……』

 以前この服を試着したリザは、オフショルから覗く肩回りの筋肉を見ながらそんな事を言ってはいましたが、かねてからここぞという時の為に考えていた勝負服です。


「おぉ、おぉ。行っておいで。遅くなっても構わんからな」

 アイトーロル王であるリザの祖父がベッドの上で半身を起こしてそう言いました。

 今すぐにどうこうと言う事はないのですけど、ニコラ以上の高齢ですからね。
 若い頃にはニコラ以上の筋肉を誇ったものなんですけどね、この数年は政務なんかもベッド上で執る日々なんですよ。


 王の言葉にふんわり微笑んだリザ。

「お夕飯には間に合うように帰りますわ。お爺様とご一緒したいですから」

 オホンとしわぶき一つを挟んだニコラが口を開きました。

「ご安心くだされ王よ。この儂が姫のお供を致しま――」

「馬鹿言ってんでねぇこのクソ爺い! どこの世界にデートについてく爺いがおるんじゃ!」

「……な、何をこのクソばばぁ――」

「当たり前じゃろうが! 王も姫もそんな事望んどりゃせんわ!」


 この口の悪い元気な婆あ……もとい、お婆さんトロルの名はジル・チアゼン。
 王やリザの身の回りの世話を取り仕切ってくれています。

 トロルの中では割りと珍しく、背が低めでふっくらと太ったトロルなんですよ。
 低いと言ってもジンさんよりちょっと低いくらいでレミちゃんよりもずいぶんと高いですけどね。


「――なぬっ!?」

「ちったあ頭使え! このボケ爺い!」

 ニコラとジルは大抵こんな感じです。
 ニコラ・ジルとジル・チアゼン。
 姓と名ではありますが、同じ「ジル」が付いている事で若い頃に一悶着あったんですけど、それもまたお話しする機会があるかも知れませんね。


 こんなやり取りも大体いつも通りですから、二人を見守る王もリザも苦笑するだけで特に驚くこともありません。


「もう良いもう良い。二人の仲が良いのは分かったよ。さ、リザ」

「ええ、行って参りますわ」




 小高い丘の上にあるアイトーロルの形は東西に伸びた楕円状。
 外側をぐるりと高い石塀で囲い、国の中央から東側におうちやお店、広場なんかのある町があって、最も西にトロルナイツの詰所である砦が幾つか並び、その真ん中西寄りに王城があるの。

 アイトーロルは大きな国ではありませんから、もちろん王城もこじんまりと慎ましく、少し大きめの砦の様な規模なんです。


 リザが王城から東――、広場側へと出ると緊張した面持ちのカルベが一人。

「おはようリザ。今日は僕のためにありがとう」

「……カルベ? おかしな物でも召し上がったの?」


 リザのリアクションももっともです。
 普段のカルベは自分の事を「自分」と呼び、リザの事は当然「姫」と呼びます。

 それに、いつもボサボサと整える事もない茶色い髪も撫でつけられて、小粋なボタンダウンのシャツにストレートの黒いパンツ。

 とってもお洒落ではありますけど、トロルにしては少なめの筋肉とは言えパツンパツンですよ。


「そりゃないっすよ姫。これでも自分なりにしたんすから」


 くすっ、と微笑んだリザが駆け寄って、そっとカルベの肘のあたりに手を添えて言いました。

「ごめんなさいね。カルベ、とってもカッコいいですわよ」

「――っ!」

 優しくリザに触れられたカルベは大慌て。
 焦ってなんだかワチャワチャしてる内に、スッと肘を張ってリザに差し出す形に。

 あら、これって――。

 それを見たリザ、緑の頬をほんのり染めて、とても自然に自分の腕をカルベの腕に絡めたの。

 そして二人はお互いに初々しくはにかんで、腕を組んだまま東の町へと歩み始めました。

 二人ですから、どうせ大したデートにならないと思っていましたが、これはちょっと良い感じなんじゃありません?


 アレク危うし!

 アレクにとっては大変な事件でしょうけど、私はアレクとカルベのどちらの味方もしませんからね。



 と思ったのも束の間、二人が歩み去った方から大きな声が聞こえてきました。


「リ、リザ姫! 僕というものがありながら! その男は何者なのですか!?」

 ……あぁ、やっぱりそうなっちゃうのですね。
 早くても明日の帰還だと思っていたのですけどねぇ。
 アレクの後から追いついてきたジンさんとレミちゃんが、額に手をやって空を仰ぎ見ていますね。

 その気持ち、分かります。


「ち、違うのアレク――、こ、これは以前からのお約束で――!」

「何者か知らないけれど……、僕の姫に手を出すとは! 許せない!」

「え? 姫さまに勇者さま? 何を仰ってるんすか?」


 可哀そうなのはカルベですね。
 憧れの姫とデートの筈が、あの子カルベは何一つ悪くないんですけど、世界を救った美少年勇者から姫を奪った間男のように弾劾される羽目に陥っていますわ。

 リザとアレクの顔へ交互に視線をやり続ける、状況の掴めないカルベ。

 アレクは左手首の腕輪へ右手を添えて魔力を流し、精霊武装を解き放って細身の剣レイピアを抜いて構えました。

「貴方も抜きなさい! こらしめてやる!」

「……え、いや、今日はデートなんで帯剣してないっす」

「デ、で、ででででデートだってぇ!? ジン! ジンの剣を彼へ! 決闘するしかな――」


「――ぐはぁっ」

 アレクは後ろに控えたジンさんへそう声を掛け、そしてゴツンと頭に拳骨ゲンコツを落とされました。

「何が、ぐはぁ、だ。渡す訳ねぇだろうが」
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