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四章✳︎父と子

110「オーヤ嬢の技」

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「なんだおいハルよ、なまりまくってるじゃないか」

「お、おかしいでやすね……、道場にこそ出ていやせんが、剣の訓練は欠かさずにやってんですが……」

 ハルの家にはつい先頃まで、ケーブにナッカにマツが住んでいた。
 そして今は隣に住んでいる。
 三人ともにすっかり剣術バカとなった為、練習相手には事欠かない。


 ハルはなんなら少し上達したとさえ思っていたのに、以前よりももっともっとカシロウに歯が立たなかった。


「なんでぇハル兄貴よぉ。オーヤ姐さんに良いとこ見せる筈だったんじゃねぇのかよぉ」

「うるさいよケーブ。これはアレだ、カシロウさまの剣が一段も二段も上に行っちまってるとしか思えねえ」

「おぉ……? そう言えばそうなのかも知れぬな」


 トザシブに戻ってからというもの、ハコジ柿渋の大きい方に始まってダナン、魔獣にタロウ、パガッツィオの勇者、イチロワにクィントラ。

 強敵ばかりと戦って、そのほとんどを斬ってきた。

 ダナンの言った『殺せば殺すほど強くなる』という言葉を証明するような形であるが、カシロウはそうは思っていない。

 殺す事でなく、強者と戦う事により剣は磨かれるのだと、カシロウは考える。


 実際カシロウは戦うことが嫌いではない。
 嫌いどころか好きな方だと己れでも分かってはいるが、無益な戦いを好むものでは決してない。


「すまんハル。どうやらちとやり過ぎたようだ」

 カシロウはチラリと、ぐるりと二人を囲む他の門下生に目を遣ってそう言った。

「滅相もねぇでやす。あっしみたいな者がカシロウ様の道場に出るなどと百年早かったでやす」

 ハルが自らを卑下してそう言うが、その勘違いを正してやらねばとカシロウが口を開く。

「何を言う? なまったとは言えお主はここでは一番強い部類だぞ?」

「……へ?」


 ハルの視点では自分が、『女連れで道場へやって来たクセにカシロウにあっさりやられたダサい男』となったのだと考えていた。

 しかし実際は、『カシロウの一番弟子という触れ込みに違わぬ剣の冴え』を見せつけていたらしい。


 ザワザワとざわめきを隠せない他の門下生たち。

 その中には高弟と言われる者達もおり、どうやらただ単純にハルの健闘を讃えているらしかった。

 そしてその中、手を挙げてこう言った者が居た。


「ではヤマオ様、次はワタクシですわね」


 先程まではいつもの町娘スタイルだったはずのオーヤ嬢が、そう言った瞬間に黒装束に身を変えた。

「では! お覚悟を!」


 カンカカカンと小気味よい音が鳴る。

 ハルの時もそうだったが、今日は竹刀でなく木剣を使っている。
 実戦に慣れた者にとっては、やはり竹刀では軽過ぎるらしい。

「これは相当な腕前、ハルに負けるとも劣らない」

「……全然余裕ですわね」

 そしてオーヤが少し距離を取り、木剣を下ろして言う。

「なんでもありルールでもよろしくて?」

「結構です。が、飛び道具にはご注意を」

 頷いたカシロウが、二人の周りに座る門下生たちにも注意を促した。

「わざわざ準備して来ましたの。刃は引いてありますわ」

 オーヤが木剣を握る手と反対の手を顔の高さまで上げた。
 そしてその手には、数本の小さな刃物。

「クナイという武器ですわ」

「小さいな……、三本当たれば勝ちでどうです?」

「妥当なところですわ」


 オーヤはそれを一つ、天井へ向けて斜めに緩く放った。

 カシロウを含めた皆の視線がそれへ向いた時、オーヤは床を蹴って走る。

 オーヤが木剣を掲げてカシロウへ斬りかかると同時、ちょうど先ほどのクナイが落ちてくる。

 クナイの落下地点にはカシロウの頭。

「これは面白い戦い方だ」

 にやりと口の端を持ち上げたカシロウは、帯に手挟たばさんだもう一本の木剣を引き抜いて、クナイと木剣のそれぞれを弾いてみせた。

 おおぉっとどよめく門下生たち。
 今日初めて、カシロウに二刀目を抜かせたからだ。


「まだまだ行きますわよ」

 オーヤは逆手に持ったクナイを左で握り、右で巧みに木剣を操る。
 時折りクナイを投げつけてみたりもする。

 しかし、それでも、カシロウには届かなかった。

 木剣、クナイ、クナイ投擲、木剣と攻め立て、その木剣から手を離して懐へやるオーヤ。

 取り出した筒を唇に当てて息を吹き込んだ。

 勢いよく飛んだ矢を、カシロウは冷静に木剣で受ける。
 そして逆の木剣をオーヤ目掛けて振り下ろした。


「参りましたわ」

「いやぁ、最後の最後まで全く油断できない、大変面白い試合でした」

 カシロウの木剣はオーヤの頭上でピタリと止まっている。
 しかしもう一本の、カシロウの眼前に構えられた木剣には、吹き矢とは別の細く長い針が突き立っていた。


「オーヤ! カシロウ様が相手とは言え危ないだろう!」

 ハルがそう言うが、オーヤもカシロウもなんともない様子で言う。

「大丈夫ですわハルさま。当たるとは思えませんもの」

「いや、実際当たっても平気だ。どうやら吹き矢の矢は紙で作ったものだし、最後の鉄針も先が丸い」

 そうでやすか、とハルもホッと一息ついた。
 オーヤがなんでもありルールを提案した時、ハルは気が気でなかったであろう。


「それにしても面白いものですな。これが忍術ですか」

「あまり目にする機会はありませんものね。本来はこんなにガッツリ戦うものでもありませんし」


 オーヤの言葉にカシロウは引っ掛かった。

 『あまり目にする機会はない』

 当然そうだろう。
 特殊な武器も技も、そこら中で見られるものじゃない。

 しかしカシロウは見ている。

 そう、オーヤの技は、あの柿渋に良く似ていた。


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